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『東方の医師』
ka1140

 志鷹 都(ka1140)と言われれば、天ノ都では10人に半分は知っていると答えるだろう。
 邪神戦争で名を轟かせたハンター達にも引けを取らない。彼女自身がハンターであった事よりも、医師としての活躍が彼女を有名にしていた。
 今は恩師から継承した医院で人々の生活を守りながら、朝廷からの要請で国立病院にも赴いている。国立病院では人手が不足している時は、都自身も診察に回るが、どちらかというと“病院”というシステムの構築を託されていた。
 リアルブルーからコンサルタントをという話もあったが、環境が全く違う為、リアルブルーの医業を学んだ都に白羽の矢が立ったのだ。
 そんな訳で都の責任は重い――今後、十数年、いや百年以上、東方の医療を支える仕組みを作るのだから。
(元気にやっている? 昼ご飯、食べた?)
 短い昼のひと時、配られた握り飯を小さく頬張りながら、都は心の中で家族に呼びかける。
 一先ずは直近の仕事を早く終わらせるためには、どうするべきかとぼんやりと考えていた時だった、慌ただしい様子で若い医師が駆け込んできた。
「都先生! 大変です!」
「そんなに息を切らして慌てていると患者様が心配されるでしょう」
「は、はい……すみません」
 遠くから走ってきたのか、若い医師は呼吸を整える。
「患者様が、包丁を手にして病室に立てこもっています」
「……リーレンさんですか?」
 若い医師は都の推測に驚く。
 都は普段、病室を回診しない。人手が居ない時だけ回るが、その時に把握した患者の全てを覚えているようだ。
「はい。あいにく、理事長は不在でして……偉い医者を呼べと叫び、包丁を振り回しています」
「分かりました。私が向かいます」
 若い医師を伴い、問題が発生した病棟へと向かう都。
 その表情はいつも通りだ。患者一人ひとりとゆっくり会話する事はできなくても、少しでも安心感を持ってもらう為に、微笑を浮かべる。
 病は気から……という訳ではないが、気の持ちようが大切な事を都はよく知っていた。
「病室には他の患者様も……寝たきりのご老人もご一緒で」
「急ぎの症状は出ているのですか?」
「いえ……ただ……」
 口を濁す若い医師。どうやら、直接、見て判断するしかないようだ。
 長い廊下を抜けて問題のある病室へと到着すると、病院のスタッフが十数名、入り口付近を封鎖しており、その周りに動ける患者が野次馬のように取り巻いていた。
 都は歩きながら手を明るく叩く。
「はい。皆さん、こういう事はよくありません」
「「「都先生!!」」」
 スタッフも患者も都をワッと囲う。
 この状況を何とかしたいという皆の想いは感じ取れた事は、嬉しかった。
「リーレンが死にたいって。バンズ婆さんも一緒に逝くって!」
「病気でいつまでも足を引っ張るくらいならって言い張るんですよ!」
 口々に状況を話してくれるスタッフや患者に、ゆっくりと頷きながら、都は病室の扉の前に立った。
 開けっ放しの扉の奥。高齢のお婆さんの隣で包丁を握り締めている若い女性。
 足元に転がっているのは面会者が持ち込んだ果物のようだ。
 窓も全開のようだが、この部屋は2階。飛び降りても簡単には死ねない高さでもある。
「私は医師です。命を救う事が使命であり、命を失う事はお手伝いできません」
 部屋に一歩入るなり、都はそう告げると深く頭を下げた。
 死にたいと主張する二人の気持ちを察する事は出来る。若い女性は現在の東方の医学では完治は難しい奇病に掛かり、老人は足腰が弱りベッドから降りられない。
 しかし、一方で東方の地は大復興を成し遂げようとしている。働ける者はどんどん働く。それこそ怪我の有無も関係ない程に。
 そんな状況下で、彼女らの気持ちは……痛いほど理解できた。
「都先生! お願いです。私達を切り捨てて下さい!」
「お願いしますじゃ。こんな老体。何の役にも立ちませぬ」
「リーレンさん、バンズさん。お二人の想いに、私は応える事は難しいのです。ですが……」
 懇願する患者の言葉に応えながら、都は部屋の中に入る。
 哀し気な表情を浮かべて両手を広げた。
 包丁を持った若い女性が、鋭い先端を都へと向ける。これ以上、近寄って欲しくないようだ。
「……一緒にどうするべきか、お話する事はできます。それが何の役に立つか、立たないのか、分かりませんが……それでも、きっと、意味だけでもある事を、私は信じています」
 ゆっくりとした口調で語りかけながら一歩一歩、歩調を落とさずに近付く都。
 女性は刃先を向けたまま、後退り、ついには壁に背を当てた。
 なお、距離を詰める都に老女が悲痛な声を挙げて叫ぶ。
「都先生!」
「私達、医業に関わる者も完璧ではありません。分からない事は分からない。けど、共に答えを求める事はできます。この先、死が待っていたとしても諦めずに歩み続ける事が出来るはずです」
 都の歩みは止まらず、突き出された包丁の鋭い先端が都の胸にスっと刺さる。
 ジワっと真っ赤な血が滲み、白衣を染め――若い女性はその時点で包丁を手放した。乾いた音を立てて床に落ちる包丁。
「せ、せんせぃ、わ、わた、わたし……わたし……」
「大丈夫です。血が流れるのは生きようとする証。そして、それはリーレンさん、バンズさんも同じなのです」
 そして、都は若い女性を優しく抱き締めた。
 彼女らが病で苦しむ事をすぐにでも解決する事は難しい。だが、病以外の苦しみであれば、違うはずだ。
「だから、私も一緒に分かち合わせて下さい」
 都の台詞に二人は泣きながら応える。
 人々の役に立たないと自らを見捨てたいと思った彼女らの心に、都の想いが、静かな水面に広がる波面のように染み渡ったのだろう。
「はい……先生ぇ」
「こんな老いぼれに勿体ないお言葉です、先生」
 病室の外で様子を見守っていたスタッフも患者もホッとした様相で見守っている。
 都が来るまで張りつめていた空気は、開いた窓から入ってくる春の暖かい風に包まれていた。


 ――数ヶ月後。
 都の元に一通の手紙が届いた。送り主は包丁を握り締めていた若い女性だ。
 現在の東方の医療では完治が難しい為、寄付を募り、リゼリオの病院へと転院したのだ。治療の経過は良く、間もなく帰郷する事ができるという。
 帰ってきたら、医業に関わりたい旨も記されていた。
「都先生、新鮮な野菜が取れましたじゃ」
 老女の声に都は顔を挙げる。
 刻令式の車椅子に乗った老女。膝の上の籠には取れたて野菜の数々。病院のバルコニーに作られた野菜畑で育てたものだ。スタッフの協力を得て車椅子のままで野菜を育てやすいように工夫されているという。
「いただいていいのですか?」
「勿論ですじゃ。お子さんにも、是非」
 野菜いっぱいの籠を差し出され、都は手にしていた手紙を机に置くと、確かに籠を受け取った。この籠もこの病院の患者の一人が編んだものである。
 皆が皆、出来る事を行う。それが日常となる病院となった。これこそ、朝廷から都に託された最大の仕事であった。都が自分の医院に専念できる日も近いだろう。
「ありがとうございます」
 満面の笑みを浮かべ、都は瑞々しい野菜が入った籠を受け取る。
 自然の優しい香りを喜ばしく感じながら。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
都せんせぇぇぇぇぇいぃぃぃぃぃぃぃって叫びたい。というか、こんな女医さん、自分の近くにいない。都市伝説……かな。
本編では主にハンター関連の依頼が多く(シナリオ上、当然の事なのですが)、お医者さんとしての活躍を描く事があまりなかったので、良い機会をいただいたとばかりに描きました。
ちなみに私はお医者さんではないので外科的な処置とか分からず、医療ドラマにありがちなヒューマンドラマ風味にしました。
顛末まで描きたのは私の趣味ですが、少しでも温かな気持ちになっていただければ幸いです。


この度は、ご依頼の程、ありがとうございました!
おまかせノベル -
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ファナティックブラッド
2020年05月07日

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