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『受難物語』
鞍馬 真ka5819

 鞍馬 真(ka5819)は今以上に『時間よ止まれ』と祈ったことはなかった。

 多忙を極める彼が『年内のスケジュールが決まった』と連絡をくれたのがひと月前。
 丁度友人が運営するハンターの私設互助団体での活動に一つの目処がついた頃だった。
 『小さな劇場だが、主演が決まった』との近況連絡に添えられた『チケットを贈る』の一言にすぐに返事を出していた。
「じゃあ、来月の今日の分はまだあるかい?」
 そう手紙で尋ねれば彼は「早速だね。いいよ」と快諾してくれたのだった。
 もう二度と会うことは無いと、本気でそう思った別れがあった。
 それでも、生きていればこんな再会の仕方があったのだ。
 欲深い。そう思う反面、再会を喜ばずには居られない自分もいる。

 それなのに、大失態だ。

 いや、異世界転移門を潜ったときには間違いなく十分な時間的余裕があった。
 久しぶりのリアルブルーは人混みに溢れていて、忙しなく歩く人の群れに紛れるように駅へと向かう。
 その途中、横断歩道を渡ろうとしている老女が人の多さに目を回しているのが目に入った。
「大丈夫ですか?」
「田舎から出てきたもんじゃけぇ、さっぱどわがんねぇだ」
 聞き慣れない方言に少し動揺しつつも、根気よく話しを聞いてみれば道が分からなくなってしまったということらしかった。
 とりあえず横断歩道を渡るのを手助けし、渡された紙に書かれた地図もまるで何かの暗号のようで、異邦人の自分には解読出来なかったため、ついでに近所の交番まで送り届けた。
「あんがとね」
 両手を合わせて拝み倒しそうになる老女に手を振って別れ、再度駅へと向かってみれば、大型百貨店の前で泣いている子どもを見つけてしまった。
 逡巡の後、「どうしたの?」と問いかけてみれば、男の子は自分を見るなり更に涙目になると抱き付いてきた。
「マ〜マぁ〜!!」
「待て。私はきみのお母さんじゃない!」
 通りすがる人の視線が刺さるように痛い。
 引き剥がして泣き止むよう声を掛け続け。話しが出来るようになって確認すれば、案の定迷子になったとのことだった。
「仕方が無いな、交番まで行こうか」
 男の子に背を向け、おんぶを促せば、男の子は申し訳なさそうに首を振った。
「お姉さんが潰れちゃうよ」
「お・に・い・さ・ん、だからね? 安心して良いよ。これでも身体は鍛えている方なんだ」
 衝撃を受けたような表情をしている男の子を、肩車して交番へと向かい始めたその時。
「うちの子に何してるの!?」
「あ、ママだ!」
 『あ、これ人さらいか何かと勘違いされているパターンだ』と察して、事の成り行きを話す。
「お姉さんがママを探すの手伝ってくれるって言ってくれたんだよ!」
「お・に・い・さ・ん、だからね?」
 丁寧に修正を加えつつも男の子の掩護射撃の甲斐もあって、状況を理解してくれた母親は顔色を変えて頭を下げた。
「それは、飛んだ失礼を……! 申し訳ありません。有り難うございます」
「いえ、無事再会できてよかった」
「是非お礼をさせて下さい……!」
「いえ、お気持ちだけで……」
「そうおっしゃらずに。近所に紅茶の美味しいケーキ屋さんがありますの」
「わーい、ケーキー!!」
「いえ、先を急ぎますので」
「そうおっしゃらずに!」
 困った。かなりしつこい。
 丁重に断り続け、最終的にはその場から逃げる様に走り出した。
 そして、そうこうしているうちに乗る予定だった電車を幾つも乗り過ごしてしまったのだった。

 時計を見れば、開演の時間までもう間もない。
「……こういう所がリアルブルーの弱点だよな……」
 クリムゾンウエストなら、馬とか飛龍とかで飛んでいけるのに。
 平和になったリアルブルーではライセンスを持たない限り彼らを自由に使うことは出来ない。
 しかも何が痛いかと言えば、服に合わせて鞄を変えるなんてやった結果、魔導スマートフォンを入れ忘れた為、相手に連絡も出来ないところだ。
 駅で公衆電話を見つけ、慌てて駆け寄るも、番号を押そうとして手が止まった。
「……電話番号なんて覚えてないよ……」
 最初の3桁は分かる。末尾4桁も何となく。だが、間の4桁が全く思い出せない。
 そうこうしているうちに電車が来てしまって、慌てて飛び込んで今に至る。

 気ばかりが急いているのに、実際には扉にもたれるようにして流れる景色を見ていることしか出来ないのがもどかしい。
 深い溜息を一つ。視線を車内に戻せば、“優先席”と書かれた席に座っている女性が目に入った。
 大きな腹部が、新しい命の誕生を想像させて、思わず目を細め……そして気付いた時には女性へと駆け寄っていた。
「あの、大丈夫かい?」
 彼女の呼吸は明らかに乱れていて、額にも玉の汗がびっしりと浮かんでいたのだ。
「陣痛が……来たみたいで……まだ、予定日じゃないのに……!」
「な……っ!?」
 何て事だ!? 喉まで出掛けたこの言葉を飲み込んで、周囲に視線を向ける。
 何人もの人が居るのに、誰もこちらと視線を合わせようとしない。……何故だ!?
 彼女がもたれ掛かる壁の上部に“SOS”と書かれた非常用ボタンを発見して、間髪入れずにそれを押した。
 ボタンの横に付けられたスピーカーからブツブツという音声が繋がった音が響いた。
『どうされました?』
「陣痛が来たらしい女性がいます!」
『わかりました。次の駅に連絡を入れ、到着次第対応いたします』
「お願いします」
 通話が切れるのと同時に、安堵する自分もいた。
「次の駅で駅員が助けてくれる。あともう少しの辛抱だよ、頑張って」
 必死で励まし続け、長い3分間後、ようやく駅に滑り込んだ電車は、扉が開くと同時に駅員達が飛び込んで来たので、「こっちです」と手を振り呼んで、対応を依頼する。
「有り難う、ございました」
 額に汗を浮かべ、苦悶の表情の女性は、それでも気丈に微笑んで告げた。
 担架で運ばれていく彼女をホームに出て見送り、気がつけば乗っていた電車が数分の遅れの後出発していた。

「嘘だろ……?」
 途方に暮れつつ、次の電車まであと5分を待つ。
 もうとっくに開演時間は過ぎていた。
 ここから最寄り駅まで電車で25分弱。駅から劇場までは走って5分程度。……迷わなければ、という注訳付き。
 1時間ちょっとの芝居だと聞いていたから、終盤にはギリギリ間に合うだろうか。
「……逢うな、ということだろうか」
 お互いが住むと決めた世界でお互いの道を行こうと誓ったのに、こうしてのこのこやってきてしまった自分が悪いのだろうか。
 折角招待してくれたのに、間に合わなかったと知ったら、ガッカリさせてしまうのではないだろうか。
 鬱々とした気持ちを抱え、滑り込んできた電車に乗り込む。
 「舞台からは案外お客の顔も見えるんだ」そう彼が言っていたのを思い出した。

 彼から貰ったバングルを撫でる。
 重なった手が離れていったあの時を思い出せば、バングルが微熱を宿す。

 扉が開くと同時に飛び出した。
 改札を抜け、頭に叩き込んだ地図をなぞって走る。
 小さな、古めかしい劇場が見えた。


 ――きみの声が、もう聞こえる。




━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka5819/鞍馬 真/男/外見年齢22歳】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 この度はご依頼いただき、ありがとうございます。葉槻です。

 今回、頭の中で珍しく焦っている真君が一生懸命走っていたのでこのような話となりました。
 ifの物語の一つとして収めて頂けたら幸いです。
 口調、内容等気になる点がございましたら遠慮無くリテイクをお申し付け下さい。

 またファナティックブラッドの世界で、もしくはOMCでお逢いできる日を楽しみにしております。
 この度は素敵なご縁を有り難うございました。

おまかせノベル -
葉槻 クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2020年05月07日

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