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『一流の小道具係は、演者よりも道具を慈しむ』
la1158

 中規模劇場『シアター・モルドール』で開催された劇団『宵月』オリジナル脚本――『白狼』は二週間に渡る公演を続けていた。
 その間、世間では大きな話題を呼んでいた。
 その要因の一つには、助演にプロダクション・ヤカ所属の遠山翔太を迎えた事も大きい。テレビを主軸に活動する遠山が舞台演劇の板に上がるのは初めて。その初舞台が、名演出家の赤山勇二郎の舞台であるならば注目度も高まる。

 ――しかし。
 世間が注目する理由は、もう一つあった。

「あー。今日は千秋楽だ」
 本番前、赤山は楽屋で挨拶する。
 長く続いた舞台も、今日が千秋楽。今日を乗り切れば舞台は有終の美を飾ることができる。稽古から考えれば、宵月所属の劇団員とも親しくなった気がする。
「スナオ」
 赤山は侃(la1158)に声をかけた。
 急遽、白狼の主演を侃に抜擢したのは赤山だった。バックダンサーとして客演する侃を次回公演の主演に抜擢したのは他の劇団員も青天の霹靂。侃自身も舞台を中心に活躍していただけあって経験も相応にあったのだが、突如主演を言い渡される事は初めてであった。
「前にも言ったが、演劇ってぇのは生き物だ。日々成長していく。
 公演は今日で最後かもしれねぇが、舞台で培ったもんは決して終わらねぇ」
「はい」
「ま、こんな事ぁ言わなくても分かっているだろうけどな。まったく、年を取ると小言臭くていけねぇ」
 赤山はそういいながら、頬を軽く掻いた。
 演出家は本番が始まれば何のする事がない。それでも舞台を成功させる為、赤山なりに励ましのつもりなのだろう。そんな気遣いに侃は嬉しくなる。
「ありがとうございます」
「ところで、取材が殺到しているだろ?」
 赤山と入れ替わるように遠山が侃へ話し掛ける。
 遠山もこの舞台を通して演技の幅が広がったと世間で評判になっている。最初は事務所のゴリ押しで決まったとされていた遠山の助演だが、今考えてみれば赤山なりの計算があって起用していたと侃は理解している。
「取材ですか」
「ああ。俺の所にもインタビューを始め、ドラマのオファーも次々舞い込んでる。そっちにもかなり来ているんじゃねぇか?」
 遠山は満足そうな笑みを浮かべている。
 事実、遠山の評価が上がった事で映画やドラマに起用したいという打診が事務所に多数来ている。これも赤山の舞台を通して才能が開花したと世間が認めたからかもしれない。
 一方、侃の方にも多数の取材申し込みやドラマ、映画の打診が寄せられている。
 ――だが。
「断りました」
「は?」
「取材もドラマも映画も、すべてお断りしました」
 きっぱりと断言する侃。
 元々、侃はDSDsの役者兼ダンサーである。ミュージカルやライヴが主戦場であり、テレビの出演などかなりレアなケースだ。侃は赤山の抜擢で主役を務めていたが、あくまでもミュージカルと同じ舞台だからだ。畑の異なるテレビや映画へ望むつもりはなかった。
「……本気か? 報酬だって違うぞ」
「お金の問題じゃないんです。今は舞台を中心に考えたいです」
 これは侃の本音だ。
 今回の舞台ですら、かなり決断が必要だった。ミュージカルと舞台は立ち振る舞いが異なる。魅せ方も異なれば、観客が求める物も異なる。それぞれに合わせた演じ方が必要になる。
 侃は、自分が思う以上に舞台は奥深いと感じ取っていた。
「そうか。無理強いはしないが、また同じ舞台を踏める日を待つとするか」
「遠山さん、まだ舞台は終わっていません。本番はこれから……」
 そう言いながら、侃は小道具の刀に手を伸ばす。
 鞘を握り、持ち上げる。
 その瞬間、僅かながら違和感を感じる。
「…………」
「どうした?」
 問いかける赤山。
 侃は沈黙を保ったまま、鞘から刀を抜き放つ。
 蛍光灯に照らされる刀身。
 そこには、斜めに走るヒビがあった。


「スペアがねぇだと!?」
 赤山の怒声が響く。
 侃が演じる榊孝二郎の刀は、少々特別な作りとなっている。実は主役である侃に合わせて刀身を少し短くしていたのだ。刀を持って直立した際に、丁度よい長さになるようサイズを調整していたのだ。不測の事態に備えてスペアを準備していたのだが、小道具が不足した為にスペアを転用していた事が発覚したのだ。
 これでは侃が本番で演じる刀が無い事になる。ヒビの入った刀を使って万一客席に破片が飛べば、観客が傷付きかねない。
「今更準備させても本番に間に合わねぇ」
「やはり、長さが合わないのを覚悟で別の刀を使うしかないですよ」
 奥歯を噛み締める赤山に対して、遠山は妥協案を提示する。
 確かに遠山の言う通り別の刀を使えば済むはずだ。だが、今まで最高の舞台を目指してきた彼らにとって悔しい思いだ。
「すいません。自分の確認不足でした」
 侃は詫びた。
 昨晩チェックした際にはヒビが入っていなかった。だが、細かい傷を見落としていた可能性はある。その小さな傷が原因で大きな亀裂へ繋がったと考えるのが自然だ。
 それに対して赤山は怒る素振りはなかった。
「いや、侃だけのせいじゃねぇ。小道具もチェックを怠ったんだ。それにスペアを安易に転用したのもいただけねぇ。俺だって劇団を主宰する身として監督不行き届きだ」
 誰かの責任ではない。
 責任があるとすれば、劇団関係者全員。誰かを責めても現状が解決する訳もない。
 この考えをさっと出してこられるのが、経験を重ねた赤山の凄さだろう。
「これも長年の経験があるからこそ、だな」
 椅子に腰掛けながら、遠山は呟いた。
 その瞬間――侃の脳裏に衝撃が走る。
「経験……。そうか、赤山さん」
「あん?」
「代わりの刀があります。間に合うか試す価値はあります」


「……これだろ」
「ありがとうございます」
 関係者入り口前で、侃は刀を受け取った。
 侃は遠山の言葉で思い出したのだ。赤山が経験を重ねたように、侃自身も経験を重ねている。そして、かつて自分が演じた舞台でも同じように日本刀を特別に制作していた事を思い出したのだ。
「連絡受けて必死で探したよ。でも、間に合ってよかった」
 以前、客演した舞台の小道具係が息を切らせながら安堵している。
 侃から電話連絡を受けた小道具係は、慌てて倉庫を捜索。刀を発見してから急いで劇場まで輸送してくれたのだ。
「本当に感謝しています。詳しい事は後程」
 もうすぐ開演の幕が上がる。
 侃は感謝の言葉を残して早々に舞台へと向かう。
 そこへ赤山が背後から声をかける。
「スナオ、最後の舞台だ。悔いを残さねぇようにな。
 ……俺からの感謝は舞台の後だ。今は舞台の事だけを考えろ」


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近藤豊 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年05月07日

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