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『星の光を宿す夜』
ツィー・プラニスフェルla3995


 眩しく日差しが差し込む温室は、冬とは思えない暖かさだった。
「お嬢様、今日のお茶はこちらでどうぞ」
 恭しく、けれど少しよそよそしく、ツィー・プラニスフェル(la3995)はメイドに導かれて、席に着く。
「ありがとう」
 まだ少女だが、ツィーは小さなレディとして振る舞う。――教わった通りに。

 白いテーブルクロスをかけられた小ぶりのテーブルには、色とりどりの花が揺れる花瓶が据えられている。
 ツィーの座った席の前には、美しいカップや皿がきちんと置かれていた。
 やがてかぐわしい香りと共に、銀色のポットが運ばれてくる。
 お茶の給仕を専門に担当するメイドが、美しい所作でカップにお茶を注ぎ入れた。
「ありがとう」
 ツィーはまたレディらしい仕草で、カップに手を伸ばす。

 もうこの暮らしにも随分と慣れた。
 初めは紅茶と一緒にお菓子を食べるのに、色んな決まりごとがあることがよくわからなかった。
 決まったお洋服に着替えて、メイドに告げられた場所で、背筋を伸ばして静かにお茶を飲む。
 沢山のメイドに囲まれながら、お茶を口にするのはほとんどの場合ツィーだけだ。

「お父様は? 今日はいらっしゃらないの?」
「ご主人様はお仕事でお出かけでございます」
「そうなのね」
 偶に、ツィーの「父親」も一緒にお茶を飲むことがある。
 だがツィーが彼を「父親」だと知ったのは、この家に引き取られたときだった。
 顔は知っていた。
 ツィーの母親の元によく足を運んでいた「お客さん」のひとりとして。
 母は優しく微笑み、歌う。
 それは彼に聞かせるためだけではなく、小さな酒場に集まる沢山の客のために。

 ツィーは母が好きだった。
 だから母を好きだった「父親」も好きになろうと思った。
 住み慣れた家に別れを告げて移った、立派だけれど落ち着かない家のことも好きになろうと思った。
 面倒なお作法の勉強も、頑張ろうと思った。
 ――ツィーが頑張らないと、大好きな母が悪者にされてしまうからだ。

「お嬢様、こちらのジャムクッキーは如何ですか」
「ありがとう」
 メイドたちはツィーの好みも知っていてくれる。
 本当は好き嫌いを口にするのは「はしたない」ことだが、ツィーの「好き」はわかってくれる。
 ジャムクッキーは母から作り方を教わったから好き。
 でも絶対にそのことは言わない。
 ツィーはきちんとしていなければならないのだ。
 みんなに好かれるように。
 みんなに迷惑をかけないように。
 母が悪者にならないように。



 いつも通りのお茶の時間の後、ふとツィーは庭に出てみたくなった。
 春から秋にかけては様々な花が咲き乱れる庭も、冬の間は色を失い、寂しい光景が広がっている。
 それでも出てみたくなったのだ。
「お庭をお散歩したいの」
「こんな寒い中では、お風邪を召されてしまいます。お散歩なら温室の中でどうぞ」
「……わかったわ」
 駄々をこねる子供は好かれない。
 ツィーはすぐに引き下がり、温室の中を歩き始める。

 外では見かけないような緑の濃い葉を広げる木や、賑やかな色の花を眺めながら、やはりどことなく外の冬枯れが気になってしまう。
 自分でも不思議だったが、気が付けば窓の外を見つめて立ち尽くしていた。
 黒々と並んだ針葉樹のずっと上、高い空に薄い雲がかかり、ときどき風が吹き過ぎてゆく。

「お嬢様、そろそろお部屋へお戻りになるお時間です」
「ありがとう」
 聞き分けよく、ツィーは部屋に戻った。



 その日の夜。
 ツィーは眠い目をこすりながら、ベッドの中で耳を澄ませていた。
 居間の時計が鳴らなくなって、もうずいぶん経つように思う。かなり夜も更けただろう。
 家の中は静まりかえって眠りについていた。

 ツィーはそうっとベッドから足をおろした。冷たい床に触れた爪先を思わずひっこめる。
 だがそのままスリッパを探り当て、ついにベッドを抜け出した。
 暖かな寝床から出ると、体中が冷気に撫でられるようだ。
 真っ暗な中で、手探りでベッドわきのテーブルを探る。
 指先がランタンに触れたので、その横にあるマッチも探り当て、何本かを無駄にした後で、やっと明かりをつけた。
 眠る前に羽織っていたストールを肩にかけると、ツィーはランタンを持ち、息を詰めるようにして窓へと歩み寄った。

 そこでまた、屋敷の中の様子を伺う。静かだ。
 カーテンをゆっくりと開き、窓枠に手をかける。
 メイドが寝る前に鎧戸を閉めてしまったので、外を伺う隙間はない。
 閂に手をかけ、具合を確かめると、なるべく音をたてないようにそうっと外した。
 ――ガタン。
 窓を開けるときに、何かが引っかかって音をたてる。
 思わず肩をびくっと震わせるツィーだったが、ひとつ大きな息をして、思い切って窓を開いた。

「わあ……!」
 小さな声が漏れる。
 窓から飛び込んできたのは、冬の身を切るような夜気と、数えきれないほどの星の光だった。
 ツィーはそっとバルコニーに出る。
 ちょうどツィーの部屋の下が温室の続き部屋で、昼間見た針葉樹が真っ黒なシルエットになって並んでいた。
 その梢から上に、更に真上の空を見上げる。
 月のない夜で、無数の星が「自分はここだよ」とそれぞれに声を上げるように煌めく。

 不思議だった。
 昼間、暖かで居心地の良い、美味しいお茶とお菓子をいただきながら見上げた青空よりも。
 真っ黒で、冷たくて、身体の中まで突き刺すような星の光が、ツィーの心を強く揺さぶったのだ。
 ツィーはそれを「美しい」と思った。
 綺麗な服、いい匂いのする花、暖かな紅茶の色とは全く違う、こちらを突き放すような美しさ。
 手が届かないからこそ一層美しい。
 言葉にするには難しい感覚が、ツィーの心を揺さぶった。

 突然、空から不思議な音が降って来る。
 見上げると、星空を横切って鳥が飛んでいた。
 冷気を叩く羽音は逞しい。
 下界に何かを問いかける鳴き声は鋭く、強く、ツィーを鼓舞するかのようだ。

「あんな風になりたい」

 漠然とした、そんな想いが胸にあふれる。
 暖かな鳥籠の中で餌をもらって、静かに暮らす綺麗な小鳥ではなく。
 星の光を浴びて羽ばたく翼と、夜気を恐れぬ強い声を持つ鳥に。

「あんな風になりたいわ」

 その夜、少女の胸に小さな光が宿った。
 小さくとも強く輝く、決して消えない光だ。
 木立の上、漆黒の空を彩って煌めく、冬の星のように。
 周りの光を遮ることなく、けれど自分が輝くことを諦めない星。


 ツィーはいつしか、小さな声で歌っていた。
 それは母がよく歌っていた歌だった。
 この家で習った「正しい」歌ではないけれど、心に寄り添うような優しいメロディーの歌だ。

 いつか自分の翼で、この空を飛ぼう。
 いつか自分の光で、この空に輝こう。
 ――僕はここにいるの。僕の歌を歌っているの。

 微かな歌声は、風を伴い梢を超え、空の彼方へと運ばれていった。



━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

この度のご依頼、誠に有難うございました。
キャラクター様のイメージから大きく外れていませんように、と願いつつ。
もしどこか一部分でも、お気に召しましたら幸いです。
おまかせノベル -
樹シロカ クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年05月11日

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