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『いつか優しさが強さに変わると信じて進む』
バハルヤムトla1742

 どきどきと心臓が早鐘を打っている。荒くなる呼吸をバハルヤムト(la1742)は懸命に堪えようとした。しかしその思いとは裏腹に意識する程動揺が全身に広がるようだ。繰り返し深呼吸して、何とか自分を取り戻すと、意を決したように足を踏み出した。――尤もキリッと鋭く光らせた眼に反して、自前の尻尾は歩く足の間に緩く巻き込む形になったままだが。その事に気付かれなければ長身かつ筋肉質な体躯は味方には頼もしく見え、敵には威圧的に映る事だろう。しかし生憎とこの辺りには敵であるナイトメアはおろか、味方のライセンサーすら影も形も見えないのだった。闇の中でも冴え冴えと輝くような銀髪は橙に染まり、三十分程もすれば陽が落ちて月の出る夜へ移り変わるだろう。暗い事自体は少しも怖くない。太陽と新緑、二つの色を持つ瞳は狼らしく人よりも夜目が利いた。怖いのは独りだ。独りぼっちで戦うなんて出来ない。だから早く合流しなければと決心する。
 幸いにも、ここはバハルヤムトが親しんだのと似た山。目を凝らし獣道を探す事は造作もない。それを辿れば自ずと仲間の元へと着く筈だ。
「平気……絶対に合流出来る筈だから。俺を置いてっちゃうなんて事、有り得ないもんね?」
 零した独り言は少し震えていた。拳を握り締めてバハルヤムトは尚も歩いていく。怖気付く身体を掻き集めた気力で突き動かして進む――ここは故郷と似ている。ただこの世界で居を構えたあの土地のような懐かしさは感じない。辺りにナイトメアがいると知っている為か。しかし、それ以前から大人たちに危険と言われつつも冒険に出掛けて怪我する子供が絶えなかったらしい。その手の話で巻き込まれる側にしかなった事がないバハルヤムトには信じられない事だ。臆病であると同時に気弱な為、誘われると断る勇気が出なかったのである。まだ真新しい思い出と現状が重なっていると怖さが増す。
「うう……やだ、怖いよ……ひっ!?」
 がさがさと草叢の揺れる音に耳と尻尾とが立った。咄嗟に己の部族が信仰する神様に祈る。狩猟の際に感謝を捧げる神様であって他に効果があるかは謎だし、異世界に来た今、届くかも疑わしいが――身を竦ませ色違いの瞳を見開くバハルヤムトの前に現れたのは、同じ歳の頃の少年だった。いててと呻くように呟いた彼は目が合うなり大声をあげて地べたに尻餅をつく。幽霊を見たような反応に本当は傷付いたが、怖がらせないように恐る恐る、少年の前に進み出た。
「あの、ね……今は、というより今じゃなくてもだめだけど、ここに入っちゃいけないんだよ?」
 言いつつ、もしも逃げられちゃったらどうしよう、小さいから追いかけられるけど俺も一緒に迷子になっちゃうよね、と悩みながらの懸命な説得だった。安心する事に少年は座り込んだままで、じっと顔を見られるのは恥ずかしいが、何とか目を合わせるのに成功した。
「だから、俺と一緒に村に戻ろう……? 帰り道は、俺がちゃんと覚えてるから大丈夫だよ」
 追われてはぐれてしまったからどこに行けば仲間と会えるか確信はない。しかし、最寄りの村までの帰り道は分かる。自分としては望んでいない事だったが、狩人として生きる為に教えられた知恵はバハルヤムトの中にも染み込んでいて、星が見えなくても一度通り過ぎた道は自然と頭に入った。例えば木の並びや動物の糞に、落ちた木の実と動物の巣穴もそう。単調に見えて同じ景色はない。
 すぐ側まで歩み寄ると、バハルヤムトはしゃがみ込み、目線を合わせて手を伸ばした。少年の視線がその手に落ちる。じっと眺めた後取られた手を優しく握ると、少しだけ力を込めて起こした。立ち上がった少年が口を開く。
「……分かった。連れてってくれ」
「うん、任せて」
 少年は怖がっていない様子だが、この山に慣れているのか。だとしたら頼もしい限りだが、危ないのでやめようと諭すべきかどうか悩んだ。答えは見つからないまま、はぐれないように手を繋いで歩く。本当はバハルヤムトには怖い気持ちがある。だから手の温もりに、ほっとした。
「なあ、その耳とかって、本物?」
 そう訊かれたのは歩き始めて数分程、沈黙に居た堪れなさを感じた頃だった。殆ど真上に近い勢いでこちらを見上げる少年の瞳は心なしか期待しているように思えた。会話の糸口を掴めたのが嬉しくて、ぱっと満面の笑みを浮かべる。
「うん、そうだよっ! 俺は、こっちの世界でいう狼だから」
「へぇ……」
 気のない返事をしつつも彼の視線は頭上の耳と左右に揺れる尻尾とを行ったり来たりしている。バハルヤムトが足を止めると、一歩だけ引っ張られて少年も止まった。少しむっとした顔をする彼の前で再びしゃがむ。頭の天辺――正確にはその両端にある耳を目の前に出し、見えないと分かりつつも微笑んだ。
「撫でてもいいよ?」
「本当に?」
 うん、と頷けば五秒程の間を置いて、小さな指先が耳に触れた。擽ったさに耳がぴこぴこ動く。しかし、想像より慎重で優しい手つきにバハルヤムトは心がほっこりとするのを感じた。心地よさに目を閉じ、本当ならずっとこうしていたいなんて思う。薄く瞼を上げれば不遜な態度だった少年の微笑みが茜色に照らされている。目を瞠って、嬉しくて笑って、早く下山しようという決意が生まれた。もう終わりと言おうとして、バハルヤムトはハッと顔を上げる。
「何だよ……?」
 急に立ち上がった事に文句を言おうとした男の子の顔が強張る。音を正確に聴き取り視線を向けるバハルヤムトの真正面に手負いのナイトメアが姿を現した。この世界の狼に似ていて、だからこそ決して本物では有り得ないそれは唸り声をあげる。
「お前は逃げろ」
 そう言ったのは少年の方だった。バハルヤムトの腰程しかない背丈の彼が庇うようにして前に出る。なんで、と思ってから少年の態度を思い返した。ここでは並ぶ者の少ない巨躯を見るのではなく、バハルヤムトの言動こそ見つめていたのだ――だから怖がっている事に気付き、自分が守らなければとそう思ったのだろう。実際にバハルヤムトは恐れていた。戦う事も傷付く事も、何より己の弱さで男の子に何か遭ったらと思うと足が竦んだ。喉がからからに乾く。心臓が煩い。そして、迷う暇をナイトメアは与えてくれない。少年の行動を敵対行為と見做したナイトメアが襲いかかってくる。
(俺が、助けるんだ……変わらなきゃ、変わりたいって思ったんだから……!)
 戦いを怖く思わなくなる日が来るか、分からない。ただ黙って見過ごすのは嫌だ、そう思った瞬間、体は独りでに動き出した。男の子に飛びつくようにして、小さな体を抱き込み、自らを盾に疎らに草が生えた地面を転がる。抱き締めた彼の身体は暖かくて震えていた。少年を座らせて立ち上がったときには敵は間近に迫っている。バハルヤムトは籠手を付けた拳を握り締め、肉薄した敵にまずは一撃を加えた。横から首を強く打ち付け、顔が跳ね上がると顎を全力で掬う――末期の悲鳴は悍ましい。殆ど動いていないのに緊張と恐怖とで息があがった。座り込むバハルヤムトの背に男の子がくっつく。
「助けてくれて、ありがとな」
「ううん……君が無事でよかった」
 手は震えているし、転がったから身体は痛い。目に涙が滲むのは嬉しいからとそれだけは分かった。まだ聞き馴染みのない声が遠く聞こえたかと思うと近付いてくる。夜になる前に皆で下山出来そうだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
かなり戦闘はあっさりした感じになってしまいましたが
モブの少年との交流を主に書きたい気持ちがありました。
故郷にいた頃のエピソード等も勝手に膨らませています。
ある意味強さよりも得難い優しさを持つバハルヤムトさんが
優しさを忘れずに立ち向かう勇気を持てたなら最強ですよね。
まだライセンサーになって日が浅い頃の一つの体験になれて
いたならとても嬉しいです。しかしもふもふは大正義ですね。
今回は本当にありがとうございました!
おまかせノベル -
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グロリアスドライヴ
2020年05月11日

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