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『祈りは彼方を越えて』
恭一ka2487

 ハンターオフィスからの指名により受けた依頼。
 指名という形は珍しい……いや、志鷹 恭一(ka2487)にとって初めてであった。
 依頼内容は犯罪集団の壊滅と囚われたと思われる受付嬢の救助。
「……」
 目的となる古家の様子を林の中から伺う。
 入口は正面と裏の二箇所。見張りは正面と二階のベランダにそれぞれ一人ずつ。
 どのように攻略するか考えていた矢先だった。突如として背後から声を掛けられ、恭一は振り向き様、刀を振るう。
「おぉぉっと。これはすまんの。驚かせたか」
 ひょいひょいとした動きの翁が姿を見せた。
「儂は、そこの古家に拉致された受付嬢の知り合いでの。救助に来たのじゃ」
「……」
 恭一は返事をせずに油断なく刀を構える。
 だが、翁が恭一を罠に嵌める理由は見当たらない。
「オフィスから指名の依頼を受けたのは、お主じゃろ」
「……その通りです」
 音を立てずに刀を収めると、注意を古家へと向ける。
 翁がスッと横に並びだった。
「その依頼、あまり信用せんほうが良いぞ」
「忠告、痛み入ります。ですが、私には“やらなければならない”事情があります故」
「“訳あり”という事じゃな。お互い、公にはできない事もあるようじゃの」
 ニカっと笑うと翁は背中に背負っていた大仰な鞘から直剣を抜いた。
 それを地面に突き刺す――微かではあるが負のマテリアルを感じる。
「ここは共同戦線を提案するぞい。儂が見張りとパルムを引き受ける。お主が突入する。どうじゃ?」
「……その話、御受け致します」
 少し悩んだが恭一は翁の申し出を受ける事にした。
 依頼を受けた時から同行しているパルムの存在も気がかりだった。自分の“稼業”が公に残る可能性があったからだ。
 魔剣を手にした恭一に翁は親指をグッと立てる。
「念じれば見えている範囲の空間を移動できる。タイミングを見て建物の中に入るのじゃ」
「分かりました」
 返事をするとパルムを巻く為に、林の中を駆け出す恭一。
 翁に隠す必要もない。恭一は“稼業”モードに入り、音もなく疾走する。
 特別な技の一つだ。そして、そんな技を用いる仕事が何かは、分かる者であればすぐに理解できるだろう。
 古家の裏側へと回る。翁が見張りの注意を正面から引いているようだ。
(囚われた人物が居るとすれば、容易に逃げ出せない二階か……)
 外から見える古家の構造を頭の中で思い浮かべ、突入する部屋の目星をつける。
 そして、廊下の窓と思われる場所に狙いを定めた。
(今だッ!)
 直後、魔剣から放たれる負のマテリアル。その流れに引っ張られるように恭一は空間を跳躍した。
 狙い通り、廊下に姿を現すと間髪入れずに頑丈な扉の前の見張りへと魔剣を突き刺す。悲鳴のような叫び声に、異変を感じとった敵が下の階から上がってくる音が響いた。
 恭一は慌てる事なく魔剣を構え直す。
 犯罪集団が数人。それらに恭一は“見覚え”があった。
「……この依頼自体が、偽装されたものだったという事ですか」
「そうよ、てめぇを指名したのは俺らだ。簡単に“この世界”から抜けられると思うなよ!」
 “稼業”で幾度か関わった事がある連中だ。
 ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべる一人が笑いながら指を差した。その方角は恭一にとって安住の地となっている場所だ。
「今頃、てめぇにとって大事なものは、全部肉片だぜ!」
 恭一を家族から引き離すのが偽装依頼の目的だったのだろう。
 それほどまでに“稼業”の闇は深い……脳裏に浮かぶ、愛する家族。しかし、それも一瞬の事。恭一はマテリアルを集中させる。
「それなら仕事を終わらせてすぐに帰るだけです」
「間に合うわけねぇだろ!」
 そう叫ぶ敵の喉元をマテリアルの刃が貫通していき、後ろに並ぶ雑魚共も次々に倒れる。
 闘狩人の技と“稼業”の技を組み合わせた強力な一撃だ。一直線に伸びる攻撃は狭い廊下では絶大な威力を発揮した。
「こ、このやろうが!」
 生き残った敵の二人が短槍を揃えて突撃してくる。
 避けるのは困難だが……恭一は魔剣に力を込めると、敵の背後に跳躍した。
 無防備な背を切り捨てると、瞬時に逆手に持ち替え、背後に魔剣を突き刺した。意表を突く一撃に断末魔を残しながら最後の一人も崩れ落ちる。
 恭一は魔剣を振って血を払うと、頭目と思われる人物の身体から鍵を手に入れ、頑丈な作りの扉を開錠した。
 部屋の中には緑髪が特徴的な一人の受付嬢が頭を下げている。恭一と犯罪集団のやり取りを聞いていたのだろう。
「助けて頂き、ありがとうございます。丸腰で閉じ込められてしまい……どうにも……」
「無事でなによりです」
 見た所、怪我などはしていないようだ。
 偽装依頼であったが、受付嬢の救助は達成した。だが……犯罪集団は壊滅していない。敵の数が少なかったのは、恭一の家族を襲いに行っているのだろう。
 ここからは相当の距離がある。転移門から早馬で行っても数日は掛かる。
 グッと魔剣の柄を恭一は握り締めた。
「……よろしければ【魔装】をお使い下さい」
 受付嬢の言葉に恭一は手にしている魔剣がそう呼ばれているのだと理解した。
 負のマテリアルを放つ怪しげな武器。受付嬢が持つには不釣り合いな……そこまで思った時、恭一は翁がパルムを引き離した真の理由に気が付いた。
「君が【魔装】の持ち主なのですか」
「仰せの通りです。そして、【魔装】の力を知る者でもあります……どうか、行ってください。貴方様の大切な家族の元へ」
「どれだけの距離がある事を君は知らないはずです」
 諦めにも似た口調で告げる恭一。
 受付嬢は小さく頷いた。
「……祈りは――」
 緑髪の少女は遠くを見つめ、そう切り出した。
「――どこまでも届きます。遥か遠く世界の果てまで……貴方様の大切な家族を想う気持ちが本当であれば、必ず」
 覚醒者はそれを『マテリアルリンク』と呼ぶ。
 邪神戦争時、人々の祈りは異世界にまで飛んだ。祈りに距離は関係ないのだろう。
「【魔装】が空間を跳躍する時、マテリアルを目印にしています……恐らく、正負は関係なく。貴方様が祈った先に【魔装】は飛べるのです」
 俄かに信じ難い内容の話。
 けれど、今、恭一が出来る事でもあるのは確かだ。
(…………)
 恭一は瞳を閉じる。思い浮かべるのは愛する家族。
 いくつもの辛い日々の末に辿り着いた尊い存在。
 それがどれだけ得難い事なのか、恭一はよく知っているつもりだ。沢山の巡り合わせと奇跡の上に存在するのだと。
 星々の光が幾億の距離を越えて届くように、この祈りも必ず。
 その時【魔装】の声を恭一は確かに聞いた。
「これは我が従者を守った礼だ。跳べ――貴様が守るべき者の為に」
 刹那、瞬きすらも長く感じられるほどの僅かな間に恭一は空間を飛び越えた。
 降り立った地は自宅のすぐ傍。太陽が沈みかけ、大地が真っ赤に染まっている。
 家からは子供達の賑やかな声が聞こえ、恭一は訪れる闇の方へと視線を向けた。
 闇に紛れて数人の悪党共が自宅へと迫っていた。間抜けなのは、どいつも恭一の姿に驚きの顔を浮かべている事だ。
「ば、馬鹿な! なぜ、お前がここに! 向こうにいるはずじゃないのか!」
「私も、です……一つ分かる事は、祈りはどこにでも届くという事でしょうか」
 微笑を浮かべ、恭一は魔剣を正眼に構えた。
 “稼業”は闇の中で終わらせるつもりだ。だから、恭一は音もなく駆け出したのであった。


 ――愛する者を守るために。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
そういえば、本編では恭一様の戦闘らしい戦闘を描いていないような……?と思ったら、これは戦闘ものを描きたいという事で“稼業”との決着や家族想いな所も組み込ませて構成しました。
“稼業”でスマートに敵を倒す姿は淡々としていそうだな〜とか思いつつも、やっぱり、愛する人の為に戦う姿の方がカッコいいはず……っと考えていますが、どちらがお好みでしょうか。


この度は、ご依頼の程、ありがとうございました!
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2020年05月11日

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