『宝物は閉じこめて』

桃李（la3954）

「……へぇ、なるほどね」

　鬱蒼とした森の中、桃李(la3954)はうっすらと笑みを浮かべたまま呟いた。
　青々と茂る葉により地表は薄暗い。
　風が吹いたため立ちこめていた霧が薄れ、いくらか周囲の様子が見えるようになった。
　桃李の周囲は前後左右全ての方向に大きな木が生えている。これまで後ろから歩いてきたはずなのに、道はどこにもない。
　そして、その木の何本かには、幹に人型の膨らみがあった。苦悶の表情がはっきりと読み取れるものもある。

　右手に装着した鉄扇・双蝶【鳳】を開いて、口角の上がっている自分の口元を隠す。
　桃李はSALFから依頼を受けて単身この森に来ていた。
　依頼内容は、近頃この森周辺で発生している複数の行方不明事件の調査。ナイトメアが絡んでいる可能性があるため情報収集をするのが目的だ。
　本来であれば複数人のライセンサーを派遣するところだが、今のSALFは中国のインソムニア酒池肉林への対処、アフリカ侵攻への準備、大量に出現したペンギン型放浪者とナイトメア・インベーダーへの対応と1つだけでも骨が折れる案件を3つも抱えている。
　それぞれ多くのライセンサーの協力を必要としており、率直に言って人手が足りない。
　ナイトメアの存在が確認されたら改めて複数人のライセンサーを派遣し戦闘・退治をすればいい。そう考えられた結果、まずは桃李1人がこの森に来た。

　そして現在、桃李は全方位を樹木型ナイトメアに囲まれている。敵は何体いるのか見極めることもできないほどだ。
　これほど大量のナイトメアがいるとはSALFの想定外だった。

「こんなに大勢で迎えてくれるとは思っていなかったよ。大歓迎だね。ところで、きみ達は捕らえた獲物を体内に閉じこめるのかな。大切に仕舞って、誰にも奪わせない。分かるよ、そうしたい気持ち。俺もそういうタイプだから」

　木の幹の中で命を落とした犠牲者に目をやり、軽い口調で桃李は言う。
　ナイトメアは返事をしない。ただ少しずつ距離を詰めてくる。
　それは桃李に警戒しているからではなく、他のナイトメアよりも己が先に獲物を喰らうため牽制し合っての動き。
　じりじりと迫ってきたナイトメアの森は、今や桃李が腕を伸ばせば届くほどまで近い。
　桃李は笑みを深めた。

「さて、じゃあ……狂い咲け」

　桃李を中心として一面が赤く輝く。
　咲き乱れる赤。彼は想像力を練り上げ1つの技として放った。
　この技は範囲内の全てを焼き尽くす炎のイメージで敵味方の区別なく攻撃するものだ。
　普通は術者から十分離れた場所を起点として使われるのだが、桃李はあろうことか自分自身を起点として放った。
　桃李を喰らおうと近付いてきていたナイトメアが一網打尽に焼き尽くされる。
　当然、赤い炎は桃李をも飲みこもうとした。しかし身のこなしにも優れる彼は、技を放った瞬間に上へ跳び上がった。間一髪で自らが生み出した赤に飲みこまれずに済む。

「危ない危ない。当たったら洒落にならないからね」

　EXISを起動した桃李の全身はまるで黒の入墨が刻まれたかのような禍々しい姿となっている。
　近くにいたナイトメアが黒く焦げて倒れ、小さな空き地となった場所の中央に桃李は着地。飄々と笑う。
　それでも遠巻きに囲んでいたナイトメアはまだ残っている。
　桃李は束ね連なる因果で自身の攻撃力を増し、敵の次の手に備えた。

　敵は桃李の攻撃を警戒して近寄ってこようとはしない。それでも「逃がさない」と言うかのように、ナイトメアの枝が触手のように伸びてくる。
　桃李が羽織っている女物の着物に枝を伸ばし――。

「だーめ」

　着物に手を掛けようとしたナイトメアの枝を、桃李は双蝶【鳳】でしたたかに払いのけた。
　回避行動を取ると同時に、包囲網の一方向へ接近。

「どいてくれないかな」

　揃って前方へ向けられた両腕の双蝶【鳳】。
　その中間から黒い光が生まれ、目にも止まらぬ速さで前方に放たれる。
　レールガンによって直線上にナイトメアがなぎ払われ、包囲に細い抜け道ができた。

　細い道が閉じるより早く、桃李はそこを駆け抜ける。

「匹夫の勇で犬死にする気はないんでね。それじゃつまらないし。バイバイ」

　桃李はEXISの力を脚力に回し、敵を置き去りにして走り去った。
　好きなものを大切に仕舞うことには共感する。けれども自分がナイトメアに大人しく仕舞われるつもりは毛頭ないから。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
　この度はおまかせノベルのご発注ありがとうございました。
　桃李さんのイメージから、桃李さんが格好よく戦うシチュエーションを考え、このようなノベルとさせていただきました。
　少しでも心に響くノベルとなっておりましたら幸いです。

おまかせノベル

錦織 理美

グロリアスドライヴ

2020年05月11日