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『【未来】太陽の光に満ちた丘の上で』
ヘルヴェルka4784

 王国歴1020年5月――
 凍結されていたリアルブルーの時間が動き出して4か月程が過ぎた。
 人々の暮らしは、今だ、混乱したままだが、それでも歪虚の脅威はなく、復興に向けて動き出していた。
「ここですか?」
 海が一望できる小高い丘の途中で、ヘルヴェル(ka4784)は尋ねながら振り返る。
 少し大きめのスーツケースを持つ一人の少年、星加 孝純(kz0276)が頷きながら応えた。
「はい。一基しかないはずなので……間違いないはずです」
「……良い所、ですね」
 初夏の暑くもなく寒くもない日差しに、新緑の香り。
 人の気配もほとんどなく、鳥の鳴き声が遠くに聞こえる。
 大自然に囲まれた場所ではあるが、通うにはなかなか大変な場所のような気もするが、こういう場所を選んだ人がいる以上、仕方ない。そんな見晴台のような広場の中央に石碑が置いてあった。
 石碑の側面には、二人分の名前が彫られている。それは孝純の両親のものだ。
「到着しましたよ、母さん」
 石碑の前でスーツケースを開ける孝純。
 中には、彼の母親の遺品――遺灰を金剛石に加工したもの――や、長年愛用していたと思われるペンや愛読書が入っていた。
「母さんがハンターの皆さんと一緒に見つけた父さんの遺品も持ってきたからね」
 孝純が両親と“会話”している間、ヘルヴェルはお供え物を取り出していた。
 今日は孝純からのお願いで、ヘルヴェルは墓参りに同行している。彼の母親はクリムゾンウェストで亡くなった後、ずっと月面基地で眠っていたのだが、リアルブルーの凍結が解除された事で、父親が眠る墓に移る事にしたのだ。
 もっとも、話は簡単には進まなかった。リアルブルー出身である孝純であっても、その処遇や行動について話し合いが行われた。それに加えて、歪虚との戦闘における彼の行動も問われ、なかなか大変ではあった。
「ヘルヴェルさんのおかげで、無事に墓参りができました」
 遺品を石碑の地下に納めて一段落した所で、孝純が改まって頭を下げる。
 リアルブルーでは成人ではない彼の行政上の諸問題について、ヘルヴェルが保証人となったのだ。
 彼の母親の最期を看取った事もあり、ハンターとしての活動でも母子共に一緒だった事も考慮され、クリムゾンウェストでは後見が認められた。リアルブルーへの一時帰還の許可が下りたのも、保護者同伴という所がクリアできた為でもある。
「あたしは必要な書類にサインしただけですよ」
 ニッコリと笑って返すヘルヴェル。
 それがどれだけハードルが高い事なのか……といっても、この辺りの事、ヘルヴェルにとっては何の事もないのかもしれないが。
「……ただし、誰にでも、という訳でもありません。孝純君だからです」
「はい」
 照れたような表情を浮かべて応える孝純。特別扱いされている意味を正しく理解はしていないだろうが……。
 石碑の方に姿勢を向けると、彼は静かに手を合わせる。
 同様にヘルヴェルも石碑を正面に据えると頭を下げた。墓参りに同行しておいて、ただ立っているのでは失礼だし、何より、ヘルヴェルにとっても、孝純の母親は戦友ともいえる存在であるのだから。
「父さん、母さん、全部終わったよ……歪虚も居なくなったし、僕も……夢に向かって歩けるから……」
 そう告げた後も動く気配がない孝純に、ヘルヴェルはチラリと横目で様子を覗う。
 彼は小さく震えながら涙を流していた。大粒の涙が顔の輪郭に沿って流れ落ち、ポタポタと地面を濡らしている。
「……ある……けるから……」
 リアルブルーの成人は20前後だという。孝純はまだ12か13だ。クリムゾンウェストでは成人だとしても、そう簡単に大人になれる訳がない。
 父親の戦死。そして、母親との別れ――兄弟も親戚も居ない。少年が一人で生きていくには抱えるものが多すぎるのだ。孝純の心情を思えば、泣きたくなるのも分かる。
「……ごめんなさい、母さん」
 情けない姿を両親に見せたくないのか、涙を拭う少年。
 その身体をヘルヴェルはグッと抱き寄せた。
「いいのよ、孝純君。いっぱい泣いても」
「でも……僕、こんなんじゃ……」
 この少年が気丈に振舞おうとするのは知り合った時から知っているつもりだ。
 良く言えば『よく出来た子』だろうか。だからこそ、自分の色々な感情を押し込もうとする。それは時に必要な事だが、だからといって、閉じたままではいけない。
「孝純君、こういう時にちゃんと泣けるのも、大人ですよ」
 ヘルヴェルの優しい抱擁と温かい言葉に、少年は堰を切ったように大きな声で泣く。
 周囲に他人が居たら決して出ないような声。墓の場所を選んだ父親というのは、こういう時が来る事を知って、ここに墓を建てる事を選んだのだろうか。
「……ぼくは……もう、ひとり、で……ひとりで、いきて、いかなきゃ……いけないのに……」
 悲痛な少年の想いを聞きながら、ヘルヴェルは抱擁する腕に力を込めた。
 ――君は一人じゃない。そう告げる代わりに。
 その言葉を口にするのは容易いだろう。だが、実際、他人が出来る事は限られているものだ。
 法制度が細かく確立しているというリアルブルーでは尚更だろう。彼がクリムゾンウェスト人であれば別だったかもしれない。あるいは転移者のハンターとして居れば違ったかもしれない。孝純の立場は、あくまでも強化人間の息子に過ぎないのだ。孝純の後見という立場のヘルヴェルも、それは結局、クリムゾンウェスト内での話だ。
 やがて、彼自身が気づかなければいけない。人は孤独であり、だからこそ、誰かと繋がる事が出来る事……一人ではないと気がつく事を。
「……ヘルヴェルさん、ごめんなさい」
「いいのですよ……少しは落ち着きましたか?」
「はい……ちょっと恥ずかしいですけど」
 甘えん坊の子供のようにヘルヴェルの胸元に抱き着いて泣いていたのだ。
 年頃を考えれば恥ずかしい事、この上ないはずだ。ヘルヴェルは気を遣って腕の力を抜くが、孝純は逆にグッと抱き着く力を強めた。
「……もう少しだけ、このままでも良いですか?」
「どうぞ」
 ポンポンと少年の頭を撫でながら、ヘルヴェルは視線を石碑に向けた。
 石碑はただ黙っているだけだ。けれど――太陽の光を反射して輝いているようにも見える。
(手のかかる子でごめんね)
 そんな声が聞こえた気がした。
 ヘルヴェルは静かに首を振る。少年は一人ではない事、それは自身にも言える事だから。
 微笑を浮かべて、ヘルヴェルは頭を少年に合わせる。
「あたしも『家族』だからね、孝純君。だから、何かあればいつでも頼って」
「――うん」
 少しだけと言いつつ、なかなか離れようとしない甘えん坊は、顔を埋めながら頷いた。
 その様子に、一度は緩めた抱擁を、ヘルヴェルは強める。
 いつかきっと、『家族』として、またこの場所に訪れる事が出来るようにと、そんな願いを込めながら――。


 親子のように、あるいは恋人のように、もしくは姉弟のように、二人は手を繋いで丘を降りる。
 一歩一歩確かめながら、未来に向かって生きていくように。
 新緑の間から太陽の眩しい光が少年を照らす。その顔に、もう、気負いや悲哀は見られない。
 年相応な少年の明るい笑顔を、ヘルヴェルは一生忘れないだろう。そして、孝純も、ずっと忘れないだろう。『家族』と言ってくれた美しい女性の事を。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
構成の段階から色々と考えたのですが、やはり、少年の心境の変化にヘルヴェル様が強い影響を持った事を描きたいなと思い、本編の続編のつもりで描かせていただきました。
孝純君はまだまだ子供ですので、どこかで子供っぽさから大人に変わる所があったはずなのですが、本編の【未来】シナリオではその過程をかっ飛ばしていたので、きっと、こんな出来事があったのだろうなと思っています。


この度は、ご依頼の程、ありがとうございました!
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ファナティックブラッド
2020年05月12日

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