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『一流の劇団は、一流の演出家と一流の役者が集まる』
la1158

 彰義隊を率いていた天野八郎は、上野の山で捕縛された。
 与えられた役目を最後まで全うする。
 侍の矜持を貫いた彼の最後は、獄中で病死する形で終わる。

 江戸の治安を守り続けた彰義隊の歴史は――上野戦争で終焉を迎えた。

(……天野さん)
 元彰義隊隊士、榊孝二郎の姿は武蔵国品川宿にあった。
 多くの隊士が倒れても、孝二郎が生きていれば彰義隊は終わらない。
 八郎が孝二郎に託した想い。最後まで江戸の民の未来を案じていた彼らしい言葉。
 上野戦争が終結した後も、薩長は東北へ逃れた幕府を追って軍を北へ向けた。その目から逃れるように孝二郎は身を隠しながら西へ向かう。
(何故、江戸の治安を守るのが彰義隊であってはならなかったか)
 編み笠を先を下に向けるかのように孝二郎は俯く。
 彰義隊は愚直に江戸の治安を守り続けただけであった。だが、薩長は幕府の痕跡を徹底的に潰すつもりだ。幕府の物は一欠片も残さない。彰義隊は薩長に目を付けられ、滅ぼされる。
「まったく忙しないねぇ」
 孝二郎の座っていた椅子の横にお茶を置く女中。
 団子を食した後、気を遣ってお茶を出してくれたようだ。
「どうも」
「お上も天子様も戦争戦争。みんなはお上が無くなれば何かが変わるっていうんだけど、本当かねぇ」
「変わらないと思いますか?」
 孝二郎はそれとなく聞いてみた。
 上野戦争の合間でも江戸の市民が薩長に手を貸していたと聞いている。彼らも幕府が無くなれば時代が変わると考えているのだろう。何が変わるのかは理解していないが、今の生活よりも生きやすくなる時代を夢見ているのかもしれない。
 その問いに対して女中は答える。
「さぁね。私は結局、幕府から別の何かに変わるだけで私達の生活は変わらないと思うよ。私達は代々ここずっと生きてきたんだから。世間は変わっても人の心根はそう簡単に変わらないよ」
 女中はそういうと団子が乗っていた皿を手に取って遠くへと戻っていった。
 ――そうだ。
 幕府から薩長主導の政治体制に変わろうとも、江戸町民の心までは書き換えられない。土地に根を下ろした人々が愛した江戸。たとえ名前が変わっても、江戸を愛する想いは常に一緒だ。

『何が大切な物か。その判断を常に行え。決して、後悔しないように』

 八郎が残した言葉。
 女中の言葉で孝二郎は、大切な物に関する鍵に触れた気がした。

「お勘定、置いておきます」
「毎度あり。お侍さんは何処へ行くんだい?」
 暖簾を手でのけながら女中が顔を出す。
 孝二郎は女中に笑顔を向ける。

「まずは西へ。大切な物を見つけたら、必ず江戸に帰ってこようと思います」


 千秋楽を終えた劇団『宵月』は、舞台の興奮が醒めやらぬうちに打ち上げを迎えた。
 それ程人数の多い劇団ではないが、普段は金の無い貧乏な生活を強いられている者達だ。ここぞとばかりに食べる劇団員も多い。
 だが、それ以上に舞台が大成功を収めたという現実は、いつも以上に彼らのテンションを引き上げた。
「……ふぅ」
 打ち上げが始まって二時間以上が経過した頃、侃(la1158)はベランダから大きな庭を見ていた。
 会場となったホテルは普通なら手が出ないレベルの高級なものだ。だが、演出家の赤山勇二郎が手掛けた新作舞台の噂を聞いた企業が次回作でも懇意にしてもらえるように手配してくれたようだ。
「ここにいたか」
「赤山さん」
 侃が振り返ると赤山の姿があった。
 名演出家と名高い赤山であっても、経験に応じて相応の年齢を重ねている。深酒を控えるようにしているものの、今日は特別だ。劇団員の皆が大騒ぎしている様子を赤山は酒を飲みながら静かに眺めていた。
「舞台を成功させた立役者が、ここで一人静かに月見か?」
 侃が見ていた庭には、大きなプール。
 満月の光がプールの水に反射して幻想的な光景を生み出していた。
「いえ。白狼の舞台に抜擢された時を少し思い返してました」
 元々侃は別の舞台で臨時に呼ばれたバックダンサーだった。
 豊富なミュージカル経験があるとして呼ばれたが、その際に赤山から役者としての才能を見抜かれて今回の舞台の主役に抜擢されている。
 最初は客演の自分が主人公を務める事に抵抗があった。宵月に所属する俳優達とは面識がない上、ライセンサーとしての立場もある。視線が痛い日もあった。
「なんだ? 迷惑だったか?」
「迷惑だなんて。ただ、同じ舞台の上でも見える光景はこうも違うのかと思い知らされました」
 これは侃が今回の舞台で学んだ事だ。
 今まで何度もミュージカルで板の上に立ち続けていた。しかし、今回の舞台はダンスや歌ではなく、劇が主体。狭いようで広い板の上で、自分の身一つで観客に訴えかけなければならない。
 さらに主役としての重圧も侃にのし掛かる。
 それは舞台が盛況になればなるほど、重くなっていく。
「そりゃそうだ。一口に舞台と言っても同じ物なんて一つもねぇよ。
 今回の舞台だって、初日と千秋楽でまったく同じにはなってねぇ。言っただろ? 舞台は生きてるって」
「小道具が壊れた時には少々焦りました」
 千秋楽当日に侃が使う日本刀にヒビが入っている事が発覚。
 赤山も慌てた事態に陥ったが、侃が機転を利かせて以前客演した舞台の小道具から日本刀を臨時で借用する事で事なきを得た。
「あの小道具がいる劇団に礼を言っておいてくれ」
「はい。明日にでも連絡します」
 侃がそう呟くと、二人の間にはベランダに静寂が訪れる。
 風の騒めき。揺れる木々。風によって舞い上がる枯葉が、月の光に照らされる。
 赤山はそんな光景の中、侃の傍らに立つ。
「演出家はなぁ、公演中に役者へ感謝の言葉は言わねぇ。公演中に感謝している暇があったら、少しでも舞台を良い物にしなきゃならねぇ。ロクでもねぇ仕事だよ」
「……赤山さん、酔ってますか?」
 侃は敢えて聞いた。
 普段は役者へ罵詈雑言を浴びせかける事が多い赤山だが、今日は妙にしんみりとしている。
「ああ、そうしておいてくれ。
 だからから、舞台が終わった今日ぐらいは言っておく」
 そう言った赤山は手にしていたグラスに注がれた酒を一気に飲み干した。
「ありがとう。お前のおかげで、この舞台は本当に素晴らしいものになった」
「こちらこそ感謝しています。役者として、更なる知見が広がりました」
 赤山の感謝に侃はそう答えた。
 役者として新たなる道を見出した舞台。
 侃は、この舞台を忘れない。
 そして、舞台で登場した台詞を胸に強く刻み込む。
 
『何が大切な物か。その判断を常に行え。決して、後悔しないように』


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近藤豊 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年05月11日

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