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『DIVE:02 -Tree of hope- 直生と凛の幸せ』
瀧澤・直生8946)&天霧・凛(8952)

「あら、直生じゃない。行ってくれるの?」
 依頼主であるネットカフェの店長は、いつもの口調でそう言ってきた。
 それを受け止めてから、瀧澤・直生(8946)は一歩を横に踏み出して、彼の後ろに立っていた形となる天霧・凛(8952)を前に進ませる。
「……こいつが行きたいって言うから」
「直生さんだって、少しは興味ありますよね……?」
「んー……。完全にねぇわけじゃねぇけど」
 凛の言葉に、直生は少しだけ言葉を濁した。今回の依頼には、彼なりに思うところがあるようだ。
 店長はそんな二人に、少しだけ驚いたように目を丸くしていた。
「アンタたち、知り合いだったのね。じゃあ今日は、二人で降りてくれるのね」
 彼(彼女)はニコニコと笑いながらそう言い、ケーブルを各自に手渡してきた。
「オトモはどうするの?」
「戦闘になるんだろ。じゃあそこのナギってやつを指名する」
「……おっと。りょーかい」
 机の上に座ったままであったナギ(NPC5484)は、自分の指名に驚きつつもニッと笑ってすとんと床に降りる。
「んじゃ、現地でな」
 直生と凛に軽く頭を下げた後、彼は先にダイブを開始してしまった。過干渉はしないタイプなのかと思いつつ、直生もケーブルを手にした。
「毎度のことだけど、無理はしないこと」
「ん」
「はい」
 店長の言葉に、直生と凛は同時にそれぞれの返事をして、ダイブを開始した。

 二人が下りた先は、一面に広がる荒野であった。
 岩肌に沿って強風が吹いていて、それに乗った砂が見事に宙に舞っている。
 それを少しだけ離れた位置で見ていた直生は、思わず眉根を寄せて自分が盾となりその砂煙を凛から守った。
「よっ、お二人さん。ごくろーさん」
 ふいに背後からそんな声が掛かる。先に降りていたナギであった。
 見た目は少年。かつての自分を思わせるかのような雰囲気を持っている。
 ――直生はそう思いながらも彼に向き直る。
 ナギはそれを見て、ああ、と声を上げた。
「そういや、自己紹介してなかったな。俺はナギ。こんなナリだが、普段は現実世界で怪異事件とネット犯罪なんかを追いかけてる」
 銀髪で右頬全体にトライバル柄のタトゥーが入った『いかにも』な風貌だが、その実は意外過ぎる場所にいると知り、二人とも素直に驚いて見せた。
「サツなのか?」
「……ん、似たような感じだ。けど、所属はちっと違う。それはまた次の機会にでもな」
 直生の質問には、やんわりと拒絶を見せたような気がした。
 とにかく見た目とのギャップが大きい、謎の少年という事で彼らは納得することにする。
「俺は直生。こっちは凛だ」
「よろしくお願いします」
 凛は直生の言葉の直後に、丁寧に頭を下げて挨拶をした。
 ナギはそれを見て、「ああ、よろしくな」と言って軽い笑みを浮かべていた。
「さて、お仕事開始だ。各自で立体地図を呼び出して全体図を見てくれ。あ、『マップ』って言えば出てくるからな」
 ナギが右手のひらを上に向けて二人の前に差し出してきた。それを真似るようにして直生も凛も立体地図を呼び出してみる。
 監視者である『彼女たち』が用意してくれている、個人データと専用地図だった。
「持ち物の中に、苗木がありますね」
「そ。それを目的地に持っていくのが今回のミッションだな」
「……どう見ても荒地ばっかなんだけど」
 地図と視界を交互に見ても、荒れ果てた大地が延々と続くだけだ。こんなところに苗木を植える意味があるのだろうか。
 そんな事を思いつつ、直生が独り言のような言葉を漏らしていた。
「この荒地は、お前たち次第で変わる」
「どういう意味だ?」
「……っと、まずは犬と猫の相手を頼む」
 ナギがそう言いながら自分のマップを仕舞い込んだ。そして直生と凛の向こう側へと視線を投げて、一番近い位置の小高い岩へと飛び乗った。
 そんな彼の行動を横目で見つつ、直生も凛も戦闘態勢に入っていた。
 直生は予め持ってきていた木刀、凛は狭霧の柄を握っている。
「前方300メートルくらいに、狼が二体。それから右方向に大きな猫がいる」
 ナギによる情報を耳にしながら、二人ともすでに『敵』に対する認識を把握していた。
 そして直生が目視で『それ』を確認した後、苦笑しながら口を開く。
「犬と猫……ね。あの店長サンもシャレが効いてんじゃねぇか」
「直生さんは狼を……私はあの『虎』を仕留めます!」
 凛の言葉を合図に、二人は同時に地を蹴っていた。
 それを少し離れた場所から見下ろしているナギは、いつでも発動できるようにとシールドを呼び出している。
「あいつらの勘と動きだったら、大丈夫そうだな」
 見込んだどおりだ、とナギは小さく繋げていた。その響きは当然二人には届かずに空気に消えるだけだ。
「……らぁっ!」
 直生の振り上げた木刀が、飛び掛かってきた狼の顔面にヒットする。
 痛そうな悲鳴を上げてそれは転がったが、まだ地に沈めるには余裕が見られる。
 そうこうしているうちに、もう一匹が同じようにして飛び掛かってきた。直生はそれをきちんと読んでいて、くるりと片足を軸に体をひねらせ、遠心力でもう片方の足で打撃を食らわせた。
「ギャンッ!」
 クリーンヒットの文字が浮かび、一匹はそこで消滅した。
「おら、来いよっ!」
 直生はもう一匹を煽った。すると狼は牙をむいて怒りの感情をむき出しにし、大地を蹴る。
「ガアァァ……ッ!!」
「……はぁっ!!」
 大きく口を開けた狼が直生に向かってくる。
 直生はその口を目がけて、再び木刀を叩き込んだ。今度こそ狼は倒れ、消滅していく。
 その直後に、凛も華麗に狭霧で虎を地へと沈めていた。
「お前ら、強いなぁ」
 そう言って拍手をしながら岩を飛び降りるのはナギだった。
「……アンタだって、そこそこ出来るんだろ」
「あ〜、いや。俺これでも非戦闘員なんだよなぁ」
 ナギの若干緊張感のかける言葉に、直生は僅かに眉根を寄せた。
「……怒るなよ。もちろん戦闘は出来る。けど、余計な能力削っちまうんだよ。だから前には出ない。その代わり、シールド展開には全力を出すけどな」
「そういうもんなのか」
 直生はナギの言葉にやはり少しだけ納得できない部分があった。
 相手の実力は動きで判断できる。ナギは身軽な分『後衛』だと言うが、それでも直生の直感はそれを否と告げるのだ。
「直生さん、ナギさん」
 凛が駆け寄ってきた。
 そこで彼らは、一旦の会話をやめることにした。
「大丈夫でしたか?」
「まぁな。お前こそ、怪我してねぇよな?」
「ええ、大丈夫です」
 ナギはそんな彼らの何気ない会話を、フードを直しつつ聞いていた。この先まだまだ時間はかかりそうだが、笑みが浮かぶ何かを感じ取ったらしい。
「……いいねぇ、若いってのは」
「ナギさん、何か?」
「いんや、独り言〜。んじゃ、こっからが本題の植樹だ」
 凛の問いかけに、ナギは首を振りつつ先を促した。ここに来た本来の目的を果たすためだ。
「ん〜。そうだな、こっからもうちょい……あ、あのあたり、ちょいと草が見えるだろ。あそこにしようぜ」
 ナギはその場で少しの背伸びをして遠くを見渡した。
 そして大きく腕を振り出し指をさして、直生と凛の視線を誘導する。
 ナギの指さす先には、確かに緑が見える箇所があった。
 それを確認し合った三人は、そこまで移動することにする。
「データん中にある持ち物から苗木を取り出しておいてくれ」
 言われるままに、直生と凛はそれぞれのデータを呼び出してから持ち物の中の苗木をスワイプで左手へと取り出した。
「自然と出来てしまうのが、自分でも驚きです……」
「適応力ってやつなのかもな……」
 二人は世界のルールをほんの少ししか聞かされてはいない。それでも、自分たちが思っていた以上にこの電脳世界に適応している為に、今が現実なのかそうではないのかといった錯覚すら覚えるほどだった。
 そうこうしているうちに、三人は目的地へと到着していた。
「さて、ここに植えてくれ。土は掘らなくていい。ポンと置くだけで完了だ」
「……こう、か?」
 ナギの言われたとおりに、直生はその場で膝を折って苗木を置いた。
 凛も同じようにして苗木を置く。
 すると二つの苗木はゆっくりと近づき、一つとなって地へと根付いた。
 二人ともその光景に驚き、言葉を失っている。
 ナギはそんな彼らの背後に立ち、満足そうに笑ってから、ゆっくりと口を開く。
「さて、幸せ自慢タイムだ」
「あー……そうだっけな」
 ナギの促しに苦い反応を示したのは、直生だ。
 その反応に興味を持ったナギは、「どうした?」と聞いてくる。
「俺には幸せを感じた事がねぇからな。……だからこの依頼は、俺向きじゃねぇって思ってた」
「…………」
 直生の言葉に、ナギも凛も黙って彼を見ているだけだった。
 それが続きを促すものだと悟った直生は、少しの間を置いたあと、再び言葉を紡ぐ。
「……そんな何にもない俺に、たった一人だけ好意を向けてくれた人がいる。まだガキだった俺を見つけて、助けてくれて……居場所を作ってくれた人だ。俺は、あの人の為なら何でもする。あの人が笑っていてくれることが、俺の幸せだ」
 しっかりとした意思を、苗木に向けて紡ぐ直生。
 隣でそんな彼を見ていた凛も、ゆっくりと語りだす。
「私は……家族への愛こそが幸せだと思います。今はもういませんが……私を愛してくれた両親がいて、それから可愛い弟たちがいてくれて、お互いを慈しんで……とても些細なことかもしれませんが、幸せです」
 彼女もまた、言葉を大切に扱い、声音に温かいものを感じさせた。
 そうして一呼吸をしてから、再び苗木に声をかける。
「……きっとまた、人を愛することが幸せだって思う時が来る気がするんです。また、別の形かもしれませんけど……」
 凛の心には、静かに灯り始めた感情がある。それを彼女自身も自覚している。
 だが今はまだ、もう少しだけとそれを知ることを避けている。いずれは表にきちんと出てくるだろうと思っているからだ。
 直生はそんな彼女を横目で見て、小さく笑みを浮かべていた。それが何を意味するのかは、彼にはまだ自覚が無かった。
「――こんなんで、いいのか?」
 数秒後、直生が顔を上げてナギへと言葉を投げてくる。
 それを受け取ったナギは、満足そうに笑いながらこくりと頷いて見せた。
「ほら、見てみろよ」
 ――苗木を。
 そう促され、直生と凛は再び苗木へと目をやった。するとそれは淡い光をゆっくりと膨らませ、そうしてまたゆっくりと、光を弾けさせたのだ。
 柔らかくそして少し強い光に、直生も凛も数秒だけ瞳を閉じた。
 頬をくすぐる空気が暖かいものに変わっていき、二人は同時に瞳を開く。
「!」
 目の前に広がる光景に、すぐには言葉を発することが出来ずにいた。
「……すげぇ」
「これが……さっきまでの苗木……?」
 二人そろって、上空を見上げていた。
 彼らの言葉を受け止めた苗木は、ものすごい速度で成長していき、不思議な葉と花をつける大木へと変化したのだ。
 それに倣うように、周囲の景色も変わっていった。
 どこまでも荒れ果てた地は、草原となりそして木々という命を芽吹かせていく。
「……この花、綺麗ですね……とても幸せな気持ちになります」
「そうだな。ネムノキの花の形に似てる……」
 二人がそれぞれに感想を告げると、木の枝が揺れて花がゆっくりと落ちてきた。
 凛も直生も釣られるようにして手のひらを差し出して、その花を受け止める。
 その瞬間、ふわ、と光ったようにも見えた。
「ここな、ボーナスエリアになるんだぜ」
 別の個所に落ちた花を拾い上げてそう言ってくるのは、ナギであった。
 苗木はこのエリアの核となるものであった。
 成長し大木になった瞬間に、初めて機能出来るシステムであったらしい。
「もちろん、お前らもここで休憩も出来たりする。あとは他の一般プレイヤーたちの憩いの場と、レアアイテムなんかが配布されるんだとさ」
「なるほどな」
「それは、改めて来てみたくなる場所ですね」
「まぁ、気になったら遊びに来てくれ。あいつらもきっと喜ぶ」
 今もきっと、どこかで彼女たちが見守っていてくれている。
 そんな事を考えながら、直生も凛も微笑んだ。
「二人とも、今日は協力してくれてありがとな」
 ナギが改めての言葉を向けた。
 それを受け止めた二人は、同時に「どういたしまして」と答えて、嬉しそうに笑うのだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ライターの涼月です。いつもありがとうございます。
お二人が一緒に参加してくださりとても嬉しかったです。
指名はミカゲかなと思っていたのですが、ナギだったので驚きました。
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。

またの機会がございましたら、よろしくお願いいたします。
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2020年05月11日

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