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『少年は戦士になる』
霜月 愁la0034


 一つ、二つ、三つ。その手に馴染ませるように、手にしたナイフを突き、払い、薙ぐ。四つ、五つ、六つ。次は詠唱と共に背後へと斬り付け、飛びのき、理力を放つ。演習場の片隅に、刃が風を切る音が響く。初夏の近づくある春の日。今日もトレーニング施設は更なる鍛錬を願うライセンサーらの姿で賑わっていた。
「──ふぅっ」
 霜月 愁(la0034)は訓練の手を止めると、額から頬へと伝う汗をタオルで拭った。トレーニングウェアに熱気が篭り、布地が肌に貼り付いている。イマジナリードライブの補助を受けて身体能力は大幅に強化されているとはいえ、全身に神経を張り巡らしつつ激しく動けば息も上がる。少し休憩にしようか。そう思い、彼は武器を置く。身体を休めて筋肉を解しつつ、次はイメージの訓練を始めることにした。
(もう少し、筋肉が付けばいいのにな)
 少年のしなやかさを残した自身の腕や脚を見下ろしながら愁は独り思う。ライセンサーとしての自分の力が、筋力に全て依るものでなかったことに感謝しつつも、身体がしっかりと完成すればその分だけ更に強くなれるのかな──そんな事を考える。今のままでも不足を感じたことは無いが、もっと強くなることが出来れば、その分だけ出来る事も増えるのに。
「力、か……」
 何のために僕は戦っているのだろう。自分のため? それとも、世界のため……? 僕は、ここで戦っていても良いのだろうか。或いは、燃え尽きる事を願っているのだろうか。家族と共にナイトメアの襲撃を受けたあの日から、愁の時間は凍っている。あの時から、僕は何かをずっと、求めている──。


 記憶の中の両親は、いつも笑っていた。もちろん、実際には悩むことも悲しむことも、怒る事だってあったのだけれど。それでも……愁を取り巻く世界の全ては穏やかで。とても心地が良いものであった。二十一世紀の日本にとっては珍しくもなんともない、父と母、それに愁がいるだけの小さな家族。その周りには親類が居て、友人が居て、日常という世界があった。ナイトメアの脅威はニュースを賑わせてはいたけれど、それでも彼の手の届く範囲にはそういった『剣呑なもの』の気配はいなかった。

 あの時までは。

 突然の襲来だった。非常事態を知らせる警報が鳴り響くが、そんなものは何の役にも立ちはしない。ごく普通の学生生活を送っていた少年が、咄嗟の事態に対応出来得るはずも無い。竦む脚を必死に動かし、家族と共に避難所へ。壊れた日常や街並みを見れば、これが『異常』だなんて事は誰にだって分かる。破壊の使徒はすぐそこまで迫っていた。振り下ろされた死神の鎌が僕の首を撥ねようと唸りを上げて振り下ろされて……。

「逃げて!」

 ドンッっと背中を押され、踏鞴を踏む。その背中を、ピッと布一枚の厚さを隔てて死が通り過ぎた。そして、生暖かい滑る感触。

「──!」


 イメージトレーニングの筈が、つい過去の情景を思い出してしまっていた。一度は引きかけた汗が、じんわりと滲んでいる。もう一度大きく息を吐く。喉に言い様の無い不快感がこびり付いていた。今日は、もう終わりにしよう。

「お、お疲れさん」
「お疲れさまです」

 シャワールームですれ違う馴染みのライセンサーへと会釈を返し、愁は演習場を後にする。ライセンサーとしての活動も三年目となり、周囲からの扱いも新兵から中堅、そして経験豊かなエースへと変わりゆく。その月日の流れと合わせるように、愁の顔を見知るライセンサーも増えていった。日常は壊され、家族はナイトメアによって喪われた。世界の全てが瓦礫と埃に満ちた過去のものとなり、愁には何も残されていなかった。その穴埋めを求めるように、彼はライセンサーとしての道を歩み始め、今、此処に立っている。
 自暴自棄の果てに死ぬことも敵わず、生命の灯を費やす為の場所を求めるように投じた戦いの日々。その中で、『守護者』『希望の盾』などと二つ名で呼ばれることもあった。

(何かを、誰かを守る……)

 今、愁がここにいるのもライセンサーが彼を守ったからに他ならない。通報を受けたライセンサーは全力でナイトメアに立ち向かい、これを何とか退けた。だからこそ、愁は生きている。一方で、もう少し、あと十秒早く救いの手が差し伸べられれば僕の人生も別の物になったのかな。そんな詮無きことを考えたこともある。感謝の念と共に、無いもの強請りの恨み節もこの胸には宿っている。
 そうしたドロドロのタールのような昏いものを喰らって、それでも尚まだ立っているのは愁という青年の心根の善さであろうか。時に危険を顧みず、身を挺して人々を守るゼルクナイト。そんな愁だからこそ、彼の周りには人の輪がある。

「ん、愁。いま帰りか」
「ああ──」

 道行けば声を掛け、語らう友人がいる。共に戦地へと赴く仲間がいる。

 その手には、『明日という希望』がしっかりと握りしめられていた。

──了──

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
この度はご発注どうもありがとうございました。
GLD本編ともども、愁さんの今後一層の活躍を引き続き楽しみにしております。
リテイク要望などございましたら公式フォームよりご連絡いただきますよう、お願いいたします。
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グロリアスドライヴ
2020年05月12日

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