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『白も黒も灰色も全てを飲み込むような色で』
la1158

 私が緊張しながら差し出したチケットを見て、受付のお姉さんは笑みを浮かべる。呆れたような微笑ましく思っているような何ともいえない笑顔だった。理由は私のチケットに落とされた視線を見れば一目瞭然だ。私自身も恥ずかしかったり誇らしかったり、胸中では複雑な感情を抱きながら、あははと誤魔化すように笑い返す。まあでも特別に記憶に残るようなことではなかったんだろう。お姉さんは慣れた手つきでチケットをもぎると、にっこりと営業スマイルを浮かべ、こう言った。
「どうぞ楽しんていって下さいね」
 と。それに私も「はい!」と元気よく頷き答えた。彼女に渡し返される三分の二程の大きさになったチケットを丁寧に私は両手で受け取る。そんな様子にお姉さんはこう思ったことだろう。怖いくらい熱心なファンと。次の誰かの邪魔にならないようそそくさとその場を後にしつつ、手の中のチケットに視線を落とす。主演:侃(la1158)と書かれたそれは、緊張する手で何度も強く握り締めたから随分とくたびれて見えた。機械化していたら通らなかったかもしれないと毎回のように思う。しかし重度の侃様ファンである私には一生辞められないことでもあるのだった。

 食事を済ませ、グッズも一通り買い漁ってほくほく顔になった私は、開場前のアナウンスに耳を傾けた。緊張は時間が近付くにつれて高まって、やがて開演を告げる侃様の言葉と同時に照明が暗くなる。侃様の演技の真骨頂を一秒でも見逃したくない。人海戦術で手に入れた特等席からその一部始終を眺めた。

 まず初めに登場したのは少女だった。夕暮れ時可愛らしい制服を着た彼女たちは連れ立って歩きながら将来の夢について話をし始める。ある少女は適合者だからライセンサー育成校に進学するのだと言って、また別の少女は自分にそんな力などないから実家の花屋を継いでせめてもの慰めになればいいと花を売るのだと話した。三人目の少女は戦うことも癒すことも出来ないしで誰かのお嫁さんになって家庭を築き、幸せになると笑顔を浮かべてそう語る。四人組の最後の一人は友達に話を振られて、少し困ったように笑った。緩くウェーブがかった透けるような白い髪が小首を傾げる仕草に合わせてさらさらと流れた。足を止めて、うーんと顎に手を添えて考え込む。少女らは期待を込めた視線を彼女に送った。
「私はまだよく分からないわ。自分に何が出来るのかも、何をしたいのかも少しも――ねえ、一体どうすれば私は自分の夢を見つけられるのかしら?」
 その言葉は純粋に、曇りのない無垢な瞳で紡がれながらも声は微かに震えていて、切ない心の内側が手に取るように伝わった。しかし三人の少女らは彼女のそんな想いに全く以て気付かず、彼女の名前を呼ぶと「まだお子ちゃまね」と笑う。それは馬鹿にした笑い声ではなく、少女のそういった一面を慈しむようだった。しかし時に優しさが人を傷付けることもあると、騒ぎつつ走り出す三人の後ろ、立ち止まったままの白髪の少女が目を伏せ、小さく唇を噛む姿を見ていて痛感する。それも一瞬のことで、後を追う彼女の足取りには何の憂いもなかった。彼女は歌う。楽しげかつ朗らかに、幼気な少女の顔をして踊った。そして紡ぐのは今を楽しむ趣旨の歌詞。緩やかに進む彼女の影が通り過ぎるのに合わせて背後に大きく映し出され、そして、それは歪んで見えた。

 場面は変わって夜の街、黒いスーツを着た青年はバーのカウンター席に腰掛ける。観客席からは横顔しか窺えないが、彼が懊悩しているのは苦しげに顰められた眉や固く引き結ばれた唇だけで伝わってきた。はあ、と深く重く吐き出された吐息はどことなく色気を感じさせる。青年の前に立つマスターは顔見知りらしく、彼に親しげに話しかけながら器用にシェイカーを振っている。様子を案じられた彼は首を振った。撫で付けられた白い髪の下で、額には薄く汗が滲む。白い肌は青白く、生気を失っているようにも見えた。
「何でもない……何でもないんだ。ただ俺はこの先、どうすればいいのか……」
 両肘を突いて祈るように交差させた手に顔を強く擦り付けるようにする。肩に手を置いて優しく促され、彼は顔を上げた。必死に感情を押し殺そうとしたが殺し切れない苦痛が滲む声で青年は言う。自分が死ぬか彼女が死ぬか以外にない二択に迫られていることと、もうあまり時間が残されていないこと。それと。
「このままだと共倒れするだけだ。俺が彼女を殺すのか正しいのか、彼女が俺を殺すべきなのか……俺には答えが分からないよ。どうか誰か……教えてほしい」
 真剣味を帯びた言葉にも拘らず、マスターはどちらが譲るかの問題だと軽く捉えたようだ。深刻な顔をして、しかし彼の心の痛みには遠く及ばない優しさで慰めの言葉をかけ、微笑む。青年は苦く笑ってお酒を煽り、お代を滑らせるとすぐに椅子をくるりと回して立ち上がった。目深に帽子を被れば人相は分からなくなる。バーを出て、ダンッと彼は足を強く叩きつけ、十秒ばかりの沈黙が落ちる。その間、まるで時が止まったかのように誰も微動だにしない。今度は爪先でリズムを刻み出すと、軽快なタップダンスが始まる。見事という以外にない華麗な足捌きだ。しかし洗練された動きとは裏腹に、表情は苦痛に満ちたもので身につまされる。曲に合わせて零れ落ちる歌に意味はなく、狼の遠吠えのよう。声にも顔にも出さず泣いているようだった。

「誰っ!?」
 叫ぶ声は恐怖に震えている。少女が振り仰ぐ先にいるのは一つのシルエット。影でしかない為、顔貌はおろか性別も定かではなかった。
「審判の時は訪れた。果たしてどうする? お前か、男か。どちらか一方しか生き残れぬぞ」
 嗄れた声は女とも男ともつかず、そして他の何者でもない少女自身の口から紡がれていた。その言葉に彼女は強く唇を噛み締める。やがて、涙を流し歌を歌った後、悲痛な叫びに変わった。
「嫌だ、死にたくないよ! でも、殺すのも嫌なの。私は生きたい……やりたいことを見つけたい!」
 声がびりびりと空気を震わせる。少女は自身を掻き抱いた。嗚咽が漏れると同時、感情も零れ落ちて表情に色が無くなる。やがて耐え切れなくなり少女は身を翻した。柱の陰に隠れて一拍、今度は逆から青年が飛び出す。歌もダンスもただただ静かに、まるで全てを諦めたように笑った。
「俺が消えよう。お前には輝かしい未来が待ってる。だから……殺してくれないか」
 途端にふっと、表情が様変わりした。青年の姿のまま、少女の顔になる。顔の作りは同じなのにまるで別人。青年と少女は二人で一つの存在だ。そして、二人は言葉を交わし合う。お互いの存在を認識していながら初めて対話する二人の温度の違う声に私は身震いした。激情のぶつかり合いの果てに、やがて答えを見つけ出す。
「常識に囚われなくてもいい。どちらかが犠牲になる必要なんてない――僕は僕だから。全部引っ括めたのが僕なんだから」
 そして主人公は歌い始める。男でも女でもある声で紡がれる歌声は綺麗で生き生きとして。気付けば私は声を押し殺し啜り泣いていた。性別も年齢も違う役をこなせる侃様以外には出来ない演技だ。今まで出演したどのミュージカルもライヴも素敵だったけど。こんなファン冥利に尽きることはない。だって私も――。
 幕が閉じ、誇らしげに笑いながら共演者と一緒に繋いだ手を上げる侃様が眩しかった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
一つのお話で年齢も性別も違う役をこなせるという
侃さんならではの魅力を描こうとしたら色々と欲張りな
感じになりました。鑑賞後にオフの侃さんに出くわすも
全く気付かないガチ勢――を書けなかったくらいなので
尺的に余裕がなく、分かり辛い部分もあったと思います。
主人公は三重人格で主人格の女の子が昼間、青年が夜と
上手く共存していたのが進学or就職でどうなる、となり、
傍観者の影を含む三人を統合して性別に囚われない“僕”になる、
みたいなそんな話を書いたつもりです。役者としての侃さんに
今回焦点を当てさせていただきました。
今回は本当にありがとうございました!
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グロリアスドライヴ
2020年05月13日

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