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『二刀、誰かを救う刃であれ』
不知火 仙火la2785)&日暮 さくらla2809

皐月ともなれば、朝の日差しは快く部屋へ差す。
この間まではまだ肌寒い日も多かったのに、時の流れは随分早いものだ。日暮 さくら(la2809)は感嘆に小さく息を漏らし、窓を大きく開き風を入れた。途端、美しい桜色の髪を揺らし、緑の濃い匂いが鼻を擽る。



不知火邸。貰い手の無い古い屋敷を譲り受けたのだという此処は、それ故に広々とした日本家屋の旧家らしい造りをしている。数人で住むにはだだっ広いに違いないこの屋敷であるが、『守護刀』の面々が名を連ねる下宿先を兼ねている。さくらもまた数奇な因果を通じ、この場所にて切磋琢磨を続ける一刀であった。
であればこそ、気を緩ませている訳にはいかぬ。早起きは日課であるし、既に身なりも整えている。広い家屋に風を通し、皆が気持ちよく朝を迎えられるように努めるのもまた、彼女の誠実さだった。
「――あ、」
道場の方へ気配を感じ、さくらはぴたりと足を止めた。不知火邸の片隅にはまだ新しい、それこそライセンサーが全力で手合わせをしても申し分ないような立派な道場がある。そこでは子供達への剣道指南なども行っており、それはそれは大層賑やかなものなのだが、それにしたって今は時間として幾分早い。いや、世界を守るライセンサーの一角、守護刀の詰める屋敷において、この時間の道場に人がいることなど珍しくも無いのだろうが。さくらが足を止めたのは、その気配に覚えがあったからだ。
そうっと摺り足に廊下を進み、少しばかり戸を開けて中を伺う。そこには竹刀を振るう不知火 仙火(la2785)の姿があった。――思わず、息を殺した。
燃えるような赤い視線が、真っ直ぐに前方を貫いていた。素振りの重さは目視で見れば、サムライを志し鍛練を積んできたさくらには充分にわかる。表情は真剣そのもので、その極まった集中になんだか目が離せなくなる。じいと様子を見ていると、やがてその目が少しだけ柔らかく、いつも通りのものになったのに気付いた。次に仙火は此方を見て、さくらとばちりと視線が通った。
「……おお? さくらか。おはよう」
そう言って小さく笑い竹刀を降ろせば、そこにいるのは普段通りの不知火 仙火だ。
「おはようございます。相変わらずですね。あなたは気配に気付くのが遅い」
「はは。そういうのはお前の方が得意だもんな」
手ぬぐいで汗を拭い、からからと楽しげに笑う仙火を尻目にさくらは道場に足を踏み入れる。杉の濃い香りに目を細め、そうして道場の窓を開けた。
「締め切っていてはいけませんよ。五月とはいえ今年は気温が高いので」
「ああ。早朝から煩くすると他の奴に良くねえかと思ったんだが、そうだな。気がつかなかった」
「あなたという人は――」
さくらはそこで言葉を切る。何であれ鍛錬をしていた人間に対し、これは少々言葉がきついのではないか? 大体どうしてこう、丁度良い言葉を選ぶことが出来ないのだろう自分は……などと自問自答してしまう。
「と、とにかく! もうすぐ朝餉のはずです。準備をしておいでください」
逃げるように踵を返したさくらの背中に、仙火はごく自然に声をかけた。
「わかった、すぐ行く。心配してくれてありがとうな、さくら」
「……は?」
さくらは眉を一瞬顰めた。心配? 私が心配をしたと?
目を瞬かせるさくらに、きょとんとした様子で仙火が口を開く。
「なんだ違うのか。俺が窓を開けてなかったから……そうだよな。夏に近づいたら熱中症なんてこともある」
そう言うと、仙火は側に置いていたミネラルウォーターのペットボトルキャップを開け、煽るように喉へ流した。さくらは目を瞬かせる。そうか――そうか。自分は心配をしていたのだ。それはあまりにもしっくりと腑に落ちた。すると、すぐになんだか見透かされているような気恥ずかしさが後から追いかけてくる。だから思わずきっと目つきを厳しくした。
「いえ。早朝の鍛錬、とても良い心掛けだと思います。お疲れ様でした」
「お、おう――なに、怒ってんのか?」
「怒っていません!」
そうしてぱたぱたと廊下へ消えていくさくらを見て、仙火はただ首を傾げるのだった。





強くならなければならない。仙火には、ただその想いだけが胸にある。

以前こそ『腑抜け』ていた彼であるが、それにしたって単に怠けていた訳では決して無い。鳳仙花の種のように自由で奔放な性格だけが目について気付かぬものも多いが、むしろ彼は堅実かつ勤勉に剣の腕を磨いてきた方である。只人ではない父に剣を習い、真っ直ぐにひたすらに積み重ねた経験こそが、嫌になるほど自分の凡夫さをも知らしめた。
世には多くの強者がいる。充分な才を持ち、努力をし、敵を次々に退ける英雄が――であれば、自分のような凡才が執拗に剣をとり続ける理由があるものだろうかと、そういう思いに囚われていたのも過去の話だ。今の仙火には守るべき者、肩を並べて戦う仲間、そして違えぬと決めた約束がある。凡夫であれ血の滲む思いで剣をとらなければならぬ理由が。


「――何を、やっているのです?」
凜とした声に気付き、仙火は顔を上げた。昼下がりの縁側はぽかぽかとした陽気、盆を持ったさくらが仙火を見ていた。仙火が返答したその瞬間に、強い風が吹いて彼の手から書類を奪う。
手から離れ自由になった書類は庭へ躍り出ようとしたところで、別の手に捕らえられてしまった。さくらの細く白い指は、それでもよく見るとただ綺麗だけでは無い、剣士の指だ。
「これは、守護刀の隊員の戦闘データ、ですか。前の大規模作戦の時のですね」
さくらは書類を仙火へ返すと、茶と菓子の乗った盆を置き少し隣へ座った。
「またすぐ皆で戦いに行くことになるだろうし、出来ることはやっておこうと思ってな」
「出来ること……」
「ああ、俺一人で戦う訳じゃねえからよ」
情勢が切迫するに伴い、小隊規模で戦場へ赴くことも増えた。守護刀はベースに存在する小隊の中でも規模が大きい組織でもある。
「なるほど。各々の動きを今のうちにチェックしておこうということですね」
感心したようにさくらが零し、まじまじと仙火を見る。以前の『腑抜け』のような様子は、今の彼からはもう見られない。そんな彼女の思惑など露知らず、仙火は「そうだ」と彼女を見て切り出した。
「良かったら付き合ってくれないか? お前の見える範囲でいい、所感を教えて欲しい」
「――へ。私が、ですか?」
「さくらは冷静だし、周りの動きもよく見ていると思うから。頼むぜ」
片目を閉じて少し冗談めかして見せる仙火だが、恐らく一語一句真面目なのだろう。突然に頼られたような気がしてさくらは狼狽えるものの、その申し出自体に手を貸さぬ道理は無い。
「……そうですね。私にわかる範囲であれば、手伝いましょう」
「おう。心強いぜ」
そう言って書類を整えて縁側に並べる、屈託の無い笑顔はとても彼らしいとさくらは思った。

守護刀には、一言で云うなら個性の強いメンバーが揃う。既に何らかの戦い方を修めている者も多く、仙火に言わせるならば『強者揃い』の小隊だ。
一方で、規格外の敵性であるナイトメアと戦うライセンサーは、当然に連携戦術を基本とすることが多い。仲間を知っておくことで上手く立ち回れるという側面は思うよりずっと大きいのだ。
「おー、お前はやっぱりよく考えているよな……」
一通り意見を交換した折に、仙火が呟く。刀と銃を併用する器用な戦闘スタイルこそ目を引くが、彼女の真骨頂は戦況の把握と適切な見極めこそが要だ。故にか、彼女は敵も味方も非常によく見えていた。まあ仙火としては、それがわかって声をかけたのでもあるが。

「いえ。あなたと私では当然に見ているものは違う。私としても勉強になりました」
さくらもまた一つ頷く。当の本人がどう思っているかは別として、味方の得意な分野をよく見ている目は、人を動かすのに長ける仙火の強みだ。派手な攻勢ばかりと思いきや狡猾さをも併せ持つのが彼の剣。それはつまるところ、『派手』なだけでは勝ち続けられなかった彼の弱さでもあるのだとさくらは思う。
持ち得る何もかもを利用し、人を見て覚え、時には自身のものにして。そうしたものが強者に揉まれ立ち続けた彼の力そのものなのだ。故に仙火はごく自然に、周囲の戦力を活かすのが上手い。
うんうん、と楽しげに何かを書き込んでいる仙火の横顔を見て、さくらはぴりぴりとした緊張を背に感じた。恐らく、彼はこれからもっとずっと強くなる。そう感じさせるような何かが、今の彼にはあった。さくらは思わず、ぐっと拳を握りしめた。
「……朝といい、最近一層励んでいますね。そうでなくては張り合いがありませんが」
やはり少し素直でない物言いになってしまう。しかしそんなことに惑う様子も無く、仙火はからりと気持ちよく笑った。
「いや、まあ実は。この間の負けが刺激になったようには思うな。次は負けない」
「私も負けません。が、好敵手としては、なんだか嬉しく思いますね……」
ざざ、と風が木々を揺らす。ほんの微かに笑ったようなさくらの表情を、仙火はぽかんと見つめていた。





「ところで、なんだ。茶でも持ってきてくれたのか、それ」
ふと見えた盆に気づき仙火がひょいと指す。さくらは目を丸くして、慌ててそれを手に取った。
「新茶とお茶菓子を持って行くようにと……すみません。冷めてしまいましたね。淹れ直しましょうか?」
「いやいやそこまでしなくても良い。ありがとうな、貰うよ」
さくらは湯飲みの一つを仙火へ渡す。その横の小皿も寄せて置いて、
「苺大福です。これもそろそろ食べ収めですね」
仙火の表情がすぐに嬉しそうなものになるのを確認し、さくらは少しだけ目を逸らす。
「やった。ってお前のは? 苺好きだっただろ?」
「あなたほどでは。……いえ、私は先に一つ頂きましたので」
こうなると一気に休息モードだ。それなら、と仙火は足を崩して座り直し大福を囓る。餡子の上品な甘みに、苺の酸味と甘みが心地よい。
「苺の旬は三月から四月らしいけどよ」
苺大福を噛みしめて、ふと仙火は神妙な顔で口を開く。
「ええ、そうですが」
「正直、いつ食っても美味い」
「こればかりは同感ですね。旬は過ぎた五月とはいえ、苺が至高の果実であることに代わりはないかと」
心なしか得意げにも見える表情でそう言い切るさくらを見て、仙火は思わず吹き出した。
そうしてしまってから、いけねえとばかり口元を抑えるがもう遅い。
「な、何故今笑ったのですか。おかしなこと言いましたか、私」
「別にそうじゃねえけど! そうじゃねえけど、ただ――」
そこで、言いかけた言葉を飲み込んだ。初めて会った時の硬質さは今も無いとは言えないが、友と語り、勉学に励み、苺を愛する彼女は普通の女の子に他ならず、それはなんだか嬉しくもあって――浮かれていたのかもしれない。『俺達って結構似てるんじゃないか』、などと口を衝いてしまいそうになるくらいには。
「……何でも無い」
「あるでしょう!? 何を言いかけたのですか、ちょっと!」



かくして、今日も今日とて穏やかな日々。彼らの思いとは裏腹に、時は平等に過ぎ去っていく。最早足を止めぬと決めた二人は、前へ前へと進むのみだ。
初夏の訪れも近い。庭の紫陽花も、そろそろ花をつけるだろうか。




━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
【不知火 仙火(la2785) / 男性 / 放浪者 / 誰かの心を灯す炎】
【日暮 さくら(la2809) / 女性 / 放浪者 / 未来見据える凛の花】


初めまして、夏八木です。
素敵なお二人の関係性のどこを切り取るかはとても迷ったのですが、
今回は日常の一幕を想像して描いてみました。
筆が乗ってなんだかいろいろ書いてしまったのですが、
解釈の不一致などありましたら、お気軽にリテイクをお願いします。
この先もまだまだ続く彼らの物語を、私もそっと楽しみにしていますね。
この度はご発注ありがとうございました!
おまかせノベル -
夏八木ヒロ クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年05月13日

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