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『左前には御用心』
霜月 愁la0034


「千紘さん?」
 霜月 愁(la0034)は同行していたはずの地蔵坂 千紘(lz0095)の気配が薄いことに気付いて振り返った。が、彼は相変わらずにこにこしたままそこにいる。
「なぁに? どうしタの?」
「いえ、何でもないです。いないのかと思った……」
 千紘という人が普段賑やかで愉快だと認識している愁は、こんな長い時間千紘が静かにしていると言う経験があまりなく、てっきりいないものと思ってしまったのである。
「千紘さんが黙ってるって、珍しいですね」
「そウかな?」
 かつての植物園跡地で、ナイトメアが目撃されたという情報が入り、ライセンサーたちが派遣された。ちなみに、何で無人の施設で目撃されたのかと言うと、肝試しである。
「倒すべきナイトメアが見つかるのは良いんですが、危ないのであまりそう言うところに行って欲しくはないですね……」
 と、愁は話を聞いて首を振った。

 ツーマンセルが計画されており、愁は千紘と組むことになったので、前衛として装備やスキルを整えてきている。愁もサブがネメシスフォースで、魔法スキルも得意としているのだが、弓を振り回している千紘に合わせた形だ。優秀で柔軟なライセンサー、霜月愁。
「あ、だったら、千紘さんブレイクショットしてくれませんか? 僕クルエルラッシュしますね」
「いいね、それやりたい。やろ! 愁なら一発で倒せるよね」
「それは断言できませんけど」

 と、言う事で二人はそろそろと植物園内を進んでいた。植物が伸び放題で、屋外でも鬱蒼としている。

(あれ?)
 それまであまり気にしていなかったのだが、愁ははたと気付いた。いつもセーラー襟の道着を着ている千紘が、今は普通の弓道着を着ている。
(今日最初からこっちだっけ?)
 どうだったっけ……千紘だって弓道を始めた時からセーラー襟を着ている訳じゃないだろうから、普通の道着の一着や二着持っているとは思うが。右側が上で着ていたのは覚えている。
 まだ引っかかりがあったが、その正体がわからないまま、愁は首を傾げつつも千紘を伴って先へ進んだ。


「ねェ、こっチの方が、何カいそうじゃなイ?」
 千紘が妙にカクカクしたものの言い方をする。彼が指したのは、ガラスが割れて雨風入り放題の「多肉植物館」だ。プレートの文字はまだ読める。
「そうですね……やっぱり屋内の方が人も来ますでしょうし……」
 違和感は薄れるどころかますます強まっている。けれど、愁は相手の提案に乗った。ボロが出るかも知れない。
 千紘は……相手はまるで建物の構造を知っているかのようにずんずんと進んで行く。愁は大鎌の八咫烏を手にその後を追いながら、
「千紘さん、この建物、来たことあるんですか?」
「こっチの方が、何カいそうじゃなイ?」
「千紘さん?」
 何かいそう、で彼が進んで行くのはわかる。でも、千紘は一言えば十返してくるのだ。この返事で済むわけがない。
「千紘さん、僕の名前わかりますか?」
「どうシたの?」
 相手は首を傾げた。口を軽く開いて、きゅーっと口角を吊り上げる。その笑い方に猛烈な違和感を覚えて、愁はさっきからずっと引っかかっていたことをやっと言葉に出来た。
「それ……経帷子の着方ですよね?」

 経帷子。つまりは死装束だ。いわゆる左前と言われる着方で、これが洋服になると女性ものになる。千紘の普段の上着もそうだが、セーラーなので恐らく洋服扱い。女性の袷を(どう言う経緯で着ているかは別として)着ているということなのだろう。
 けれど、それが普通の弓道着となれば話は別だ。
 千紘がうっかり間違えた……ということもあり得なくはない。普段からそう言う袷で着ていれば。

 けれど、愁が依頼中に見たことのない千紘の表情、聞いたことのないしゃべり方が、それが偽物であることを物語っている。それに、千紘が愁の名前を聞かれて答えられないわけがない。

「答えてください」
 八咫烏を構えると、千紘の姿をしたものの目から白目が消えた。愁に向かって腕を伸ばす。
「愁!」
 背後から千紘の大声が聞こえた。矢が空を切る音を立てて愁の肩越しに飛び、それに突き刺さる。ブレイクショットだ。相手の動きが鈍る。
「やって!」
「いきます」
 回避低下の掛かった相手に、クルエルラッシュを叩き込む。薄暗い中で、深紅の大鎌が一閃し、それの首を刎ね飛ばした。頭を失った相手は、膝を折って倒れる。すぐに形を失った。一時的に他人の姿を模倣していたらしい。
「うへぇ」
 振り返ると、セーラー襟の道着姿をした千紘が呻いている。
「自分の首が飛ぶところ見ちゃった……」
「えーと、すみません?」
 千紘も自分に矢を射かけていたのだが。
「うーん、まあ貴重な経験ってことで……それよりごめんね、愁。一人にして」
「いえ、大丈夫でしたか?」
「入って割とすぐの所でブーツの紐がほどけちゃってさぁ、すぐ追いつくつもりだったんだけど、結んで歩いたらすぐほどけちゃうの。呼び止めようにも、もう愁見えなくなっちゃって。インカムも通じないし」
 どうやら、そこで入れ替わっていたらしい。愁はぼそりと、
「千紘さんにしては静かだなって思ってました……」
「どう言うこと!? 静かだからやっぱりって!? 愁は僕のこと壊れたジュークボックスかなんかだと思ってんの!?」
「ジュークボックスって随分古くありませんか?」
「なんだとこの野郎、こうしてやるこうしてやる」
「うにゅにゅ……」
(やっぱり千紘さん賑やかだなぁ……)
 特別親しい訳ではないのだが、なんと言うか一番入れ替わりを看破しやすいかもしれない……。
(ていうか、千紘さんだったら、『黙ってるの珍しいですね』って言った時点で怒りますよね……『どう言うこと!?』って……)
 ほっぺたをもにもにと潰されながら、愁はそんなことを考え、自由にならない顔の代わりに内心で苦笑したのであった。

 しばらくは、廃れた多肉植物館で、千紘のわめき声と宥める愁の声が続いていた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
こんにちは三田村です。ご発注ありがとうございました。
折角なので“”映え“”を意識しました。愁さんの冷静さが映えるのはやっぱり知人の顔した敵を看破して倒すところかなと。友人知人の特徴は絶対よく掴んでいると思うので。ノベル映えする冷静さと洞察力。
愁さんと言えば八咫烏と勝手に思ってるので八咫烏で描写させていただいております。
またご縁がありましたらよろしくお願いします。
おまかせノベル -
三田村 薫 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年05月13日

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