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『素直に紡ぐ最初の名前』
天霧・凛8952)&瀧澤・直生(8946)

 バイト先である喫茶店のカウンターに、季節に合わせた花を飾る事となった。近くに良い花屋はないかという話になった時に、「あてがあります」と天霧・凛(8952)は思わず手を挙げる。
 もともと花屋に詳しかった……というわけではない。ただ、先日とある花屋と縁が出来たばかりだったのだ。

 その日の帰りに、早速凛は目的の場所へと向かう。
「近い内に先日失礼をしてしまった謝罪に改めて伺わなくてはと思っていましたし、良い機会ですね」
 同級生に突然絡まれ、花屋の前で少し騒いで叱られてしまった時の事を思い返しながら、凛は独りごちた。
 記憶に新しい花屋は、すぐに見つかった。あの時のように、凛をナンパしてくる同級生という鬱陶しい影も今日はない。
 ディスプレイに飾られた花は、相変わらず足を止めてしばらく眺めてしまうくらいに美しかった。この店に頼めば、きっと喫茶店に合う花もすぐに見つかるはずだ。
「あの店員さんは、今日はシフトに入っているでしょうか……?」
 この店の唯一の顔見知りである店員の顔を、凛は思い出す。謝罪をするには、まずその人に会わなくてはいけない。
 それに、店の前で話していた凛達の事を邪魔になるからと注意しにきたあたり、仕事に関しては存外真面目な人のような気がする。彼に花を選んでもらったら、恐らく間違いはないだろうと凛は思うのであった。

 ◆

 店内に足を踏み入れた凛を、店員の「いらっしゃいませ」という声が出迎える。
 件の店員の姿を、凛は探した。色々と目立ちそうな見た目の男の人だったというのに、店内にそれらしき影はない。
(今日はお休みなのかもしれませんね)
 きょろきょろと辺りを見回していた凛に、気付いたのだろう。店員の一人が、何か探しているものがあるのかと声をかけてきてくれた。脳裏に浮かぶ、こちらを叱ってきた青年の顔。凛は、彼の特徴を挙げていく。
「金髪で目付きの悪い店員さんを探しているのですが、本日はいらっしゃいますか?」
 そう口にした後で、この店員が聞いてきた『探している何か』とは花や植物の事を指すのだろうと凛はハッと気付いた。だが、彼女が訂正するよりも前にニッコリと優しげな笑みを浮かべ、店員は言葉を返してくれる。
 どうやら、彼は今休憩中らしい。店員が最初に口にした『すなお』という単語は、語尾に『さん』が付いていたところからして恐らく凛の探している彼の名前なのだろう。
(すなおさん、というのですね)
 そういえば、名前を聞きそびれていた事を凛は思い出す。
 すぐに戻ってくるらしいので、店員の厚意に甘えしばらく並べられている花を見ながら待たせてもらう事にした。
 店内に飾られている花の配置も美しく見えるように気を使われている事が、眺めているだけでも何となく分かる。これだけ様々な種類の花があるのだ。喫茶店に飾る花を凛が自分で選ぶ事にしたら、迷ってしまっていつまでたっても決まらなそうだ。
(やはり、すなおさんに選んでくださるようお願いしてみましょう)
 改めてそう思った凛が顔を上げた瞬間、一人の青年と目が合う。間違いない。先日知り合った、目付きの悪い彼だ。
「すなおさん、こんにちは」
 名を呼び挨拶をした凛に、ちょうど店の奥から出てきたところだった彼は驚いたように目を丸くしたのであった。

 ◆

 働いている花屋の休憩時間は、瀧澤・直生(8946)にとって至福の時間だ。ヘビースモーカーである直生を気遣った店長の厚意で、この休憩室では喫煙が許可されている。
 肺を満たす愛煙の味が濃くなるのに比例し、直生が日々ためているストレスを薄めていってくれていた。
「最近、どこに行っても禁煙で参るよな……」
 ふぅ、と吐き出した紫煙に、彼の溜息が混ざる。先日も、行きつけの飲み屋が禁煙になってしまい愕然としたばかりだ。どこかゆっくりと煙草を楽しむ事が許される店がないかと日々探しているものの、なかなか良い店は見つからない。
「……おっと、やべ。もうこんな時間か」
 貴重な煙草を楽しめる時間が終わってしまう事を名残惜しく思いながらも、時計を確認した直生は急いで店へと向かう。
 喫煙が許可されている場所が、近所で早く見つかれば良い。そんな事を胸中で祈りながら休憩室から出てきた彼の耳を、不意にくすぐったのはどこかで聞いた事のある少女の声だった。
「直生さん、こんにちは」
「は?」という声が、思わず直生の口から零れ落ちる。なんて事がないように彼のファーストネームを呼んだ彼女と、目が合った。
「先日は、店の前で騒いでしまった上に感情のままに発言してしまい失礼しました」
 次いで少女は長く艷やかな黒髪を揺らしながら、小さく頭を下げる。
 紡がれた謝罪の言葉を聞き、直生は彼女の事を思い出した。先日、店前告白劇を繰り広げ、その相手を冷たくあしらった少女だ。
 ちょうど出入り口で話していたため他の客の邪魔になりそうだったから注意したのだが、彼女の男に対するあんまりな言いように直生はつい口を挟んでしまい、ちょっとした口論になってしまったのだ。しばらくの言い争いの末、言い過ぎたと反省し謝罪してきた彼女に、次は店にお客としてきてくれと言った事は直生の記憶にも残っている。
「何だ、本当にきたのか」
 突然名を呼ばれた驚きは、彼女が素直に店にやってきた驚きへと変わった。思わず素の口調で呟いた直生に、凛もまた彼女にとって話しやすい口調なのであろう、丁寧な言葉使いで話しながら頷く。
「はい。バイト先にお花を飾ろうという話になって、その時に直生さんのお店の事を思い出したんです」
「バイト先か。何の店だ?」
「喫茶店です」
「なら、あんまり匂いは強くない方がいいな。コーヒーや料理の香りと混ざっちまったらまずいし……希望の花とかはあるのか?」
「いえ、直生さんのセンスにお任せします。素人の私よりも、花に詳しい方が選んだ方が良いでしょうし」
 飾る場所と予算を伝え凛は「よろしくお願いします、直生さん」と再び頭を下げた。
 直生さん、直生さん、と会話の途中にたびたび口にする彼女に、思わず直生は呟く。
「っつーか、俺名前教えた覚えねえけど」
 口論の時に教えたんだったか? と思い出そうとしてみたが直生にはその記憶はないし、彼女の名も知らなかった。
「お名前は、あちらの店員さんに教えていただきました」
 凛の示した方向には他の客の接客を行っている最中の店長の姿があり、直生も納得したように頷く。「金髪で目付きの悪い店員さんを探していると言ったら、すぐに直生さんの事ですねって分かってくださいましたよ」と続けられた凛の言葉は、少し納得し難いものだったが。
 この目付きの悪さで客を怖がらせないようになるべく気をつけなくては……とこっそりと心の中で誓いながらも、直生は凛と話しながら喫茶店に合いそうな花を選んでいった。
 時折「こういった花でいいのか」とか「このサイズはどうだ」と花を見せ丁寧に確認しながらも続ける世間話は、思いの外盛り上がってしまった。
「そういえば、こちらの名前を名乗っていませんでしたね。天霧凛です。改めてよろしくお願いします、直生さん」
『目付きの悪い』と口にしたものの、凛は特に直生に対して怯む素振りもなく、その名の通り凛とした態度で接してきている。
 直生もまた、自身のフルネームを名乗り直した。先程からファーストネームを連呼してきていた凛は、どうやら直生の名字が『直生』なのだと勘違いしていたらしい。
「瀧澤さんですね、失礼しました。すっかり直生さんという名字なのだと思ってしまっていました。次から気をつけますね、直……ではなく、瀧澤さん」
 訂正してきたものの、すでに「直生さん」と口にする事に慣れてしまっていた様子の凛に、青年は苦笑しながら首を横へと振る。
「別にいいぜ、直生でも。お前の呼びやすい方で呼べよ」
「そうですか。では、直生さん、と呼ばせていただきます。私の事も、凛と呼んでください」
 丁寧に頭を下げた彼女に直生は頷きを返し、今日覚えたばかりのその名を呼ぶのであった。
「分かった、凛。改めてよろしくな」

 ◆

「ありがとうございます。このお花なら、きっとバイト先の店長も喜びます」
 直生から花を受け取り、凛は期待以上の華麗さに満足気に頷いた。
 喫茶店を実際に見たわけではないのに、凛の説明だけでもここまで雰囲気にぴったりな花を選べるなんて……さすがプロですね、なんて胸中でこっそりと少女は感心をする。
「季節で花を変えていく予定なんです。これからたびたびお世話になるかと思いますが、よろしくお願いします」
「おう。なんかあったらいつでもこいよ。それより、お前の喫茶店ってさ……」
「はい」
 不意に直生の雰囲気が変わった。何かを考え込んでいる様子だ。
 声色が、先程よりも真剣なトーンになったように感じる。
 しばしの沈黙の後、意を決した様子で彼は言葉の続きを口にした。
「喫煙可能だったりするか?」
「……? はい」
「凛、お前のバイト先の場所、教えてくれ!」
 凛の答えを聞いた瞬間食い気味に場所を尋ねてきた直生に、その理由は分からなくとも「では、今度は直生さんが私のバイト先にくる番ですね」と凛はどこか楽しげに告げるのであった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました。ライターのしまだです。
直生さんと凛さんのセカンドインパクト……互いのお名前を知ったお二人のほのぼのとした一コマ、このような感じのお話となりましたが、いかがでしたでしょうか。
少しでもお気に召すものに仕上がっていましたら、幸いです。何か不備等ございましたら、お手数ですがご連絡くださいませ。
それでは、いつもご依頼誠にありがとうございます! またお気が向いた際は、いつでもお声がけくださいませ……!
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東京怪談
2020年05月14日

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