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『腹中の狂信者(1)』
白鳥・瑞科8402

 美しい者を花にたとえる事があるが、その者が花よりも美しかった場合はいったい何にたとえればいいのだろう。
 カフェで紅茶を楽しむ白鳥・瑞科(8402)の姿を見て、人々はそんな事を考えて足を止める。ただ座ってカップへと口をつけるという日常の仕草を行っているだけなのに、彼女は人々の視線を一心に集めていた。
 そのような羨望の眼差しを受ける事には、恐らく慣れているのだろう。遠慮すら忘れこちらを見ている者達の事など気にも留めず、瑞科は常のように穏やかな面持ちでアフタヌーンティーの時間を楽しむ。
 ベルガモットの爽やかな香りは清らかな雰囲気をまとった彼女によく似合い、いっそう瑞科という女性を魅力的に見せていた。
 しかし、彼女の穏やかな時間は不意に終わりを告げる。突如鳴り響いたのは、彼女の通信機が着信を告げる音であった。
「ええ、分かりましたわ。すぐに向かいます」
 瑞科の口ぶりからして、どうやら緊急の仕事が入ったらしい。
 しかし、せっかくの休暇を邪魔されたというのに、彼女が浮かべたのはどこか幸せそうな笑みであった。

 ◆

 教会で彼女を待ち構えていたのは、一人の神父であった。どこか真剣な面持ちで、彼は瑞科へと告げる。
 この世界にまた、危機が迫っている――と。
 そのような事を突然言われても、一介のシスターに出来る事は限られているであろう。
「それで、敵の詳細はどこまで分かっていますの?」
 けれど、瑞科は話の続きを促すように小首を傾げてみせた。彼女の表情に恐怖や不安といったものはなく、依然として聖女の顔には穏やかな笑みが浮かんでいる。
 神父も彼女のこのリアクションは想定の範囲内だったのか、続きの言葉を口にした。
 悪魔を崇拝するとある集団が、ここのところ信者を集め儀式を行う準備を進めていたのだという。その事実に気付いた瑞科の所属している組織、「教会」は、信者達全員が集まった瞬間を狙うために彼らの監視を秘密裏に行っていた。
 儀式は大掛かりなものらしく、準備には時間がかかるようだった。そのため、しばらくは様子見の日が続くであろうと踏んでいたのだが、今日突然彼らに大きな動きがあったらしい。
 彼らの拠点ごと、悪魔の信者達は忽然と姿を消してしまったのだ。
「すでに、悪魔召喚の儀式が決行されてしまったという事でして?」
 信者達が召喚した悪魔の生贄になってしまった事を危惧する瑞科の問いに、神父は首を縦に振る事も横に振る事も出来ずにいた。
 何しろ全てが突然すぎて、儀式が行われたのか行われなかったのか、成功したのか失敗したのか、それすらも分かっていない状況なのだ。
 ただ、ある日突然一つの組織がその拠点ごと姿を消してしまった、という事だけが唯一確かな事なのであった。
 彼らが召喚しようとしていた悪魔についての資料に、瑞科は目を通す。
 たちの悪い、高位の悪魔だ。万が一儀式が成功していたとしたら、世界を未曾有の危機に陥らせてしまうレベルの強大な敵。
「教会」の精鋭シスターが束になっても敵わないであろう相手が、すでにこの世界へと足を踏み入れてしまっているのかもしれない。
「あら、これは面白そうな相手ですわね」
 しかし、聖女の余裕が崩れる事はなかった。常のように穏やかで優しげな笑みを浮かべたまま、彼女がその麗しい唇で紡ぐのは……敵に対する死の宣告だ。
「久しぶりに本気で戦えそうですわ。わたくしが、徹底的に叩きのめしてさしあげなくてはいけませんわね」
 瑞科は、恐ろしい力を持った悪と対峙しなくてはならない可能性が高いというのに、むしろそれを楽しみに思っているような素振りで資料を捲っていく。
 記されていた情報を一通り頭へと叩き込んだのか、もう興味を失ったとばかりに彼女はその指先まで手入れの行き届いた美しい手から資料を放した。
 彼女の言葉は、決して虚勢ではない。瑞科は、本当に歓喜していた。
 先日も強大な悪魔を討伐する任務を受けたのだが、その悪魔の強さは期待外れもいいところだったので瑞科は失望したばかりなのである。彼女が本気を出すどころか様子見の一撃で倒す事が出来てしまった悪魔と戦った日の事を、瑞科は思い出す。
(あれなら、自主訓練に励んでいた方がよっぽど良い運動が出来ましたわ。わたくしの貴重な時間が、たかだかあの程度の力しかない悪魔のせいで無駄になってしまいましたわね)
 気品溢れるお嬢様のような口調ではあるもの、彼女の言動からはありありと悪への嫌悪、敵を見下す気持ちが見え隠れしていた。
 今度の任務で戦う敵こそ、前回のような物足りない相手ではなく、せめて自分が出向くに値する実力を持った相手であってほしいと彼女は切に願う。
「ですが、所詮悪魔は悪魔……わたくしに裁かれるべき存在ですわ。この任務、必ずわたくしが成功へと導いてみせますので、どうか神父様は気を楽にして待っていてくださいませ」
 世に跋扈する魑魅魍魎。日々人々の安穏を脅かす彼奴らを滅するため、太古から存在する秘密組織「教会」のシスターは立ち上がる。
 花ですらも例えられぬ程の美しい身体で戦場を華麗に舞う彼女は、未だ負けを知らない。
 彼女は、精鋭揃いの「教会」において随一の実力を持った、戦闘シスターであった。


東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年05月14日

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