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『やがて太陽が昇ると信じ歩く』
鞍馬 真ka5819

 この旅路はいつか命尽きるときまで続く。辿り着くべきゴールはどこにもないが、始まりから似たようなものだった。ただ今世界で起きようとしている悲劇を回避しようと必死で、目の前の誰かを守りたかっただけ。それが、鞍馬 真(ka5819)の一介のハンターとしての原点であり本質でもある。――しかしそれももう過去の話だ。やっていることこそ当時と大きな変化はないが、現在ではハンターズソサエティに頼ることもなくなった。何故なら目指すものの一つが汚染地域の浄化であり、広大な範囲かつ負のマテリアルの影響が非常に強く、ソサエティで活躍する熟練のハンターを以ってしても調査には入念な準備が必要という厳しい状況にある。真はそれに一人で立ち向かおうとしていた。無論一人で出来ることなどたかだか知れている。だから主に、汚染地域の近くにある人里をつたいながら、周辺の安全を高める意味も込め浄化を行なう旅となっていた。幾ら何でも人間が絶滅した場所を開墾するのは手には余るし、一つ所に腰を落ち着けるのも、戦う以外の行ないを成そうとするのも、したくなかった。そんな資格などないから。――と、宛なき一人旅を続ける筈だったが。
「お願いします。私を弟子にしてください」
「そんなこと言われてもなあ……もう何度も言ってるけど私は一人がいいんだよね」
 ぱんっと気持ちのいい音をたて両手を合わせる女の子に真は首の後ろをさすると、ほとほと困り果てたのを隠さない声音で返した。敢えて露骨なまでに横を通り過ぎ、件の少女を置いてけぼりにしようとすると彼女は慌てて背中を追いかけてくる。どこかの村で浄化と雑魔掃討のお礼として一宿一飯の恩を受けるよりも野宿する機会のほうが遥かに多く、健脚だと自負しているが、本気で逃げた結果、少女が雑魔に襲われて死亡――となったら寝覚めが悪いにも程があった。故に言葉で諦めてもらうことしか出来ず、そして、残念なことにその気配はないのが現状だ。
「お願いします……真さんは私の憧れなんです」
 中性的な容姿で女装すればまず間違いなく女だと思われる真といえども、れっきとした男であり、贔屓も差別もしないが、悪意がないことは確かな少女を泣かせるのは流石に罪悪感が強い。背中に向けられる声は切実で、胸が痛むものの、だからといってこちらが折れるわけにもいかず、真は平然とした態度を装い辺りを軽く見回した。長きに渡って汚染されていたところは人間はおろか、ありとあらゆる生命が等しく息絶えている。もっと深くまで分け入れれば古代文明の残滓を見られるだろうが、少し足を踏み入れる程度では草木も生えない代わり映えのしない景色が続いた。その点においてもここに長く滞在するのは難しいことだ。単調さは時に人間を殺しかねない。
「……わざわざこんなところに追ってきてまで、私に固執する理由が分からないよ。自分でいうのもなんだけれど、先の大戦で活躍したハンターなんてごまんといるんだからね」
 何も出来なかった、などと謙遜する気はない。しかし、今口にしたことも純然たる事実だ。自身もまあ――経験は多いほうだろう。真は自他共に認める、ワーカーホリックだった。ただ彼女もハンターの端くれなら各地のあらゆる戦いで貢献した、守護者の名前も他に知っている筈。中には後進の育成に率先して励んでいる者もいるに違いないのだ。なのに僻地まで追ってきて師事を仰ぐなんて酔狂である。
「それは……」
 言葉は途切れたが、足は止まらない。真は小さく嘆息する。いい加減気遣う段階は通り過ぎていた。苛立っているわけではなくて、どう扱えばいいか測りかねている。振り返れば俯く少女がいて肩を竦めた。
「まあとりあえずご飯にしようか。今ここで襲われちゃったら大変だしね」
 そう声を掛けると少女は「はい」とか細い声で返事をした。言い過ぎたかな、という気持ちと、けれど誰かと行動を共にするつもりはない、という決意がせめぎ合う。しかし顔には出さず、触れれば脆く朽ち果てそうな木の残骸から少し離れた場所で休憩をすることにした。視界が開けている分、雑魔に対応し易いのは利点だ。最初は何をすればいいか尋ねてきた少女も今は黙って枝だった物を手折り、てきぱきと火を点ける準備をし始めた。冷えた身体を暖めると携帯食料をお湯で膨らませて食す。
「――真さんには恩があるんです」
 不意に少女の声が沈黙を破った。申し訳程度に感じる味を噛み締めていたのが現実に引き戻される。顔を上げて目線で促すと彼女は続けた。
「多くの場所を救っているから覚えていないと思います。――という村でした」
「……っ!」
 息が詰まった。目に見えて動揺する真を見返して少女は悲しげに微笑む。
「今でも覚えているんですね」
「当たり前じゃないかっ! だって、その村は私が……」
 ――滅ぼした村だ。その言葉はどうしても喉の奥底から出てこなかった。勿論自分の手で、という意味ではない。真は救援に向かったハンターの一人に過ぎなかった。ただもっと早く駆けつけることが出来たなら、上手く立ち回れたならば――きっと何人も生き残れた筈。真の中で彼女が記憶と重なる。死に物狂いで助けたあの村唯一の生き残りだった。
「真さんっ!?」
「……すまない。私にもっと力があれば、きみの家族を救うことが出来た筈なんだ」
 深く頭を下げ、引き絞った声で謝罪の言葉を口にする。やめてください、と悲鳴じみた声が降り注いだ。顔を上げれば女の子が息を飲む。自分がどんな顔をしているか分からない。酷い顔でなければいいと思う。
「確かに、一人生き残ったことを恨んだ日もありました。……ですが、今は良かったと思っているんです。でなければわざわざ、こんなところまで来たりしません」
「復讐とか……」
「絶対しません」
 断言されて真はもう何も言えなくなる。自分の立場が弱くなるのは出会って――いや再会して初めてだ。戦い続けることが死なせてしまった人々への贖罪になると信じここまでやってきた。まだ死ぬわけにはいかないが遺族が望むなら真は一も二もなく受ける気だった。ずっと前からそう決めていた。
「感謝してます。いつか天国で会えたときに外の世界のこと、一杯お話し出来ますから。それに、ずっと真さんの力になりたかったんです」
「私の行動がきみの命を助けられたなら、それなら、私の為に生きるだなんて駄目だよ。きみはきみの人生を生きなくちゃ。私も自分でそうしたいって決めたから、今、ここにいるんだ」
 自らの意思で、記憶を取り戻す可能性に賭けることも掛け替えのない親友の活躍を見守ることもしないと決めた。押し付けがましいことは言いたくない。しかし、彼女がしたいことが他にあるなら曲げるべきではないと思うのだ。
「私は……」
 とそのときは彼女も押し黙ってもう何も言わなかった。真も追及する気はないので沈黙し、その後、とある村に辿り着いて善意の住民に自宅に泊めてもらい――そして目覚めたとき少女はそこにいなかった。あったのは置き手紙一つ。
「私は私で人助けを頑張ってみます。だからもう行きます!」
 何のことやらさっぱりという顔の一家に深く感謝して、真は辺りに雑魔がいないか探索することにした。長く関わったでもないのに若干違和感を覚える程度には行動を共にしたのだと自覚した。ただそれも、じきに慣れることだろう。淀んだ空の下、真は己の人生を歩み続ける。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
折角のおまかせノベルなのでモブ絡みの話を書きたくて、
過去を捏造して夢オチというのも楽しげではありますが
真さんの選んだ道に則ったものをと考えるとこうなりました。
重くもなく軽くもなくな距離感を意識したつもりですが
モブが出しゃばり過ぎていると思われたなら申し訳ないです。
ですが実際にあれだけ精力的に活動されていると憧れを抱く
ハンターも決して少なくなかったのではと思います。
名誉に拘らず目の前のことに一生懸命だから、より気持ちが
直接関わったことのある人に伝わっていそうですね。
その思いが報われてほしいと願います。
今回も本当にありがとうございました!
おまかせノベル -
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2020年05月20日

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