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『桜と共に変わりゆくもの』
日暮 さくらla2809)&不知火 仙火la2785

 薄紅色の花弁が舞っている。三週間前にも別の場所で似た景色を不知火 仙火(la2785)は見た。その時とは違い、周辺に集まった人々は皆、友人と話したり一人でも期待に満ち溢れた表情だったりと、明るい雰囲気が印象的だ。ただし先日は悲壮感に暮れていたわけでもないが。大多数は進学するにしろ、学部が違えば会う機会が減ると思ったのだろう。泣いている人も若干名いた。遠巻きに様子を眺めると、そう昔の話でもないのに感慨深い。まあこちらの世界の入学式は当事者として体験はしなかったが。尤も両者に大きな違いはない。学校名も同じ久遠ヶ原学園だ。見つからないと分かりつつも仙火は小さな頭と線の細い背中をつい探してしまう。
(何も用事はないんだけどな)
 あれば家で言えば済む話だ。更にいうと本部や周辺の店でも偶然鉢合わせる場合もある。元々一緒に来たわけではなく、ついでに見に来ただけなのでもう行くかと思い直し、初々しい彼らに背を向ける。と。
「仙火!」
 彼女にしては強めに名を呼ばれたのは歩き出してすぐのことである。振り返れば、先程は探してもまるで見つからなかった日暮 さくら(la2809)が小走りに駆け寄ってくるところだった。足を止め向き直ると唇が微妙なへの字を描く。
「見ていたなら声を掛けてくれればよかったではないですか」
「いやいや、この人の多さでお前一人を探すのは無理だって」
 彼女も決して小柄な部類ではないのだが、ライセンサー育成校の傾向として、放浪者やヴァルキュリアの割合が高い為どうも目立つ奴が多いのだ。それに比べれば、今のさくらは地味だった。
「しかもその格好だしな。やっぱ任務のときの白い軍服のイメージが強いから少し違和感があるっていうか……いや、似合うには似合ってんだけど」
 身内なので神経は尖らせず、しかし不快にはならない程度に意識しつつ、さくらの顔から下へと目線を落とす。真面目な性格らしく、一分の隙もなく着こなすのは黒のスーツだ。入学式よりも就活生の正装として見る機会が多い。久遠ヶ原学園といえど大学まで進む人間は大抵がライセンサー以外の仕事を本業にしたいと考えている。自分はといえばまた悩ましいところだ。世界が違っても法曹界に入り培った経験は無駄にはならないが、当面の目標にさくらへのリベンジを掲げる身的には鍛錬も実戦も数をこなしたい。しかし就職するとなると最悪全てが半端になりかねない。そう思うと入学したばかりで猶予が長いさくらが少し羨ましくもあった。
「似合っ……!? 仙火、貴方はまたそういう……いえ、規定はないようなので、ライセンサーらしく仕事着でとも考えましたが、この機会に改めて気を引き締めようと思いましたので、この服装にしました」
「本当に真面目だよなぁ」
 その印象は初対面のときと変わらず、しかし関係も変われば考え方も変わった。前は全部背負い込み、仙火の喉元に刃を向けながらもそのさくら自身の手もまた強く握り込むことによって深く傷付いていた。それが今は重荷を降ろして晴れやかだ。入学式の参加は任意なのに、そこでしっかり決めてくる律儀さがさくららしいと思う。
「そういう仙火こそ、今日は何故大学へ? 在学生はまだ春休みでしょう」
「ああ、ちょっと野暮用があったんだ。けどもう終わったし、帰ろうと思ってる」
「そうですか……」
 そう言うさくらの声は心なしか残念がっているように聞こえる。本当のところをいうと教授に質問があってもわざわざ入学式の日に聞きに来る必要はまるでないわけで、一目でも彼女の姿を見たい気持ちがあったのは確かだ。そしてそう思ったのは関係に変化が訪れた影響も大きい。不知火家に来るようにと誘ったときのような、心配で目を離せないのとは違って、これからは学園で顔を合わせる機会が増えるのが単純に嬉しかった。
「つっても、さくらもオリエンテーションは今日じゃないだろ?」
「また日を改めてですね。しかしこれで帰るのも味気ないですし、雰囲気だけでも掴もうと、あちこち見て回ろうと思っています」
「それなら……一緒に見に行くか? 正直俺も全部把握してるわけじゃないけどな」
 言いつつ首の後ろをさする。さくら程ではないが自分なりに真面目にやっているつもりだ。しかし学部は多数、サークルもどこにでもあるようなものからどうしてそうなったというものまで、数え出すとキリがない。そこに各クラス向けのSALF顔負けの訓練場も加わるのだから途方もない話だ。仙火の誘いにさくらは口許に手を添えて隠すと、柔らかく微笑む。あ、と声が漏れそうになるのを辛うじて堪えた。驚いたと知られたらいつもの表情の裏に笑顔を引っ込めそうだから。
「わざわざ貴方が誘ってくれたのです、無理はいいませんよ」
 声も少し弾んでいるように聞こえる。遠慮して誘わなかったが、仙火の申し出を期待していたのだろうか。だとしたら健気で――浮かんだ言葉を首を振って追い払った。んんん、とこの時期なら然程不自然でもない咳払いで誤魔化し、気を取り直すと仙火はにっと笑う。
「なら、とっとと行くか」
「ええ」
 限りある時間、一分一秒でも長く刀を振っていたいのが二人に共通する思い。ただ根を詰めればいいものでもなく、日常を楽しむのも大事だ。最近はさくらと他愛ない話をするのも楽しくてしょうがないなんて――そんなこと口に出せる筈もない。

 ◆◇◆

 詳しい案内は他に任せると宣言して、敷地内に併設された入学式会場を離れ、キャンパスを共に見て回る仙火の説明は実にざっくりしている。とはいえ食堂には曜日毎に割引のメニューがあるだとか何がお勧めかの話は実用的で為になり、教授について具体的なエピソードを交えながらどういった人物か話してくれるのも面白かった。大学がどういうものか大まかな知識はあったし、進学が楽なのもあって事前に予習した上で挑んだつもりだった。ただ百聞は一見に如かずとはよくいったもので、大学生の先輩である仙火の生の声を聞きながら構内を歩いていると、自分もここに通う自覚が生まれる。
(不思議ですね)
 一月前と変わったことといえば、大学生になったのと一つ歳をとったことくらいなのに世界が一変したようだ。隣の仙火を横目で見れば、彼を腑抜けにしていた心のしこりが消えて、勇ましく映る。傷付くことを恐れずに前へ歩き出した彼は、戦いの場に関係なく、前よりずっと生きるのが楽しそうだ。
「――とまあ大体こんなもんだな」
 全学部が利用する棟を見て回った後で屋外に戻る。室内も在学生が殆どいないので、入学式のときのような息苦しさはなかったがふと深い息が零れ落ちた。入学式も仙火との構内巡りも心底楽しめたので自覚はなかったが慣れない環境に疲れが来ていたらしい。
「では、今日はもう帰りましょう」
「そうだな」
 と頷いて門に向かいながら話すのは、今日の夕食のことだった。先日のさくらの誕生日に引き続き豪勢に振る舞われる未来は疑いようがない。当然ながら二人の大好物である苺をふんだんに使用したスイーツに期待が高まる。さくらも仙火も気付けばパティシエも唸る製菓スキルを会得したが、別の誰かが作ったものも興味深い。と盛り上がっている間に門の近くまで来て二人は足を止める。
「あー、もうやってるんだな。気がはえぇ」
「あの、これが所謂サークルの勧誘ですか」
「だな。こっち側に張り付いてるとか、ライセンサー育成校特有、って感じだ」
 門に続く広場、その道なりに並ぶのは〇〇部のプラカードを掲げた人やそれなりに重そうな枚数のビラを抱えた人々だ。しかし見れば会場から来た新入生だけでなく在学生にも声を掛けているように見える。仙火の言を聞き、少し考えてみる。すると暫しして答えに辿り着いた。
「入学時期の関係で入りそびれた放浪者がいるから、ですか」
 言って視線を向ければ、彼は何も言わず、合わせた視線で肯定した。放浪者への風当たりは概ねいいとはいえ、とりあえずライセンサーになれば、この世界で暮らすのに必要な最低限の知識と仮の住居は保証される。さくらも不知火家で世話になる前は支給住戸で生活していた。そして放浪者は転移してくる時期も場所もばらばらである。
「今見てみるか?」
「では、少しだけ」
「了解」
 すっ、と心なしか仙火と距離が近くなる。大体の人が、スーツ姿のさくらに声を掛けてきた。高校にもあった文化系や運動系の部活の他にもピンポイントに絞ったもの、更にはカジュアルな愛好会と大会出場を目指す本格的なものに細分化されていたりするようだ。
「罷り間違ってもうち以外の軽音サークルはやめといたほうがいいよ。年功序列キツくてパシらされるから」
「はあ……」
 ひそひそ声で真偽不明な話を吹聴されても反応に困る。つい生返事をするさくらに仙火が顔を背けてぷっと吹き出した。半ば睨み付けるように彼を見れば「お前は正しい」とだけ返す。一度きりならまだしも年単位で活動する気はないのでビラの受け取りは丁重にお断りした。頭を下げて、そろそろいいと思い、並んで歩いている彼に振り向くと言う。
「大体どういった感じか分かったので、もう行きましょうか」
「だな。講義が始まるまでの間はまだこんな感じだろうから、興味があるなら後日見直すのもありだぜ。しかし――」
「しかし?」
「いや、何でもない」
 変に濁されると余計に気になる。が、ここで問い質しても仕方ないとさくらは門に向かい歩き出した。疲労と先程からの仙火の言動の違和感に少しだけ精神がささくれ立つ。何もしない代わりに感情は足取りに出た。早歩きで進むさくらの手が不意に引っ張られる。考え事のせいで若干反応が遅れてしまい、振り払う前に手首を掴む手がぱっと離れた。見れば、にやにやと笑う男が側に立っている。
「可愛いね、君。どこに入るか決めてないなら、うちに入らない? うちは男も女も仲良しなんだ」
 ねっとり絡みつく声に失礼ながら生理的嫌悪感が沸く。触れられた箇所を押さえて、さくらが身を引くと逆に近付いてきた。なるべく穏便に対処する方法をと考えれば、再び引き寄せられ、思わず身を固くするさくらの耳に届いたのはすっかり聞き慣れた声だった。
「強引な男は嫌われるぜ」
 あくまで軽い言い方で、しかし常より低い声は真剣味と何かの拍子に弾けそうな激情を潜ませている。反面でさくらの肩を抱く手は、この状況でなければか弱くないと言いたくなる程に優しい。まだ春の一歩手前といった気温に丁度いいスーツで、だから体温を感じる筈がない。だが鳥肌を落ち着かせる安心感は伴っていた。
「うるせえ。お前この子の彼氏かよ?」
「彼氏じゃねえが関係はある。こいつは俺の身内みたいなもんだ」
「はあ?」
 別人のように剣呑な態度を見せる男に仙火はあくまで冷静を保った。馬鹿にするような素振りをされても、彼はただ冷ややかにそれを見返す。
「遊びたい人間がいること自体は俺も否定しねえよ。けど、人は選べ。嫌がってる奴にその考えを押し付けんな」
 とその言葉に激昂したのは男だった。胸倉を掴もうと伸びてくる手。さくらの身体は独りでに動いた。仙火の腕から抜け出すと、先程されたように男の手首を掴んで力を込める。男は悲鳴をあげ、さくらが手を離すとすぐ身を引いた。その拍子に大量のビラが散らばる。
「手荒な真似をしたことは謝罪します。――ですが、二度と私たちには関わらないで下さい。仙火の言うように、住み分ければ良い話なのですから」
 それだけ言い、頭を下げるとさくらは仙火の腕を掴んで半ば引き摺るようにその場を去る。門を出たところでやっと肩肘に入った力が抜けた。
「お前なぁ……」
「私のせいで貴方が殴られるなんて我慢出来ません」
「さくらのせいじゃないだろ」
 ひどく優しい声に慰めでも気休めでもなくそう思っているのが伝わった。
「俺が見てればよかったんだ」
 悪かったと仙火は言う。それと勧誘に近付くときの彼の言動が結びつき、名前の知らない感情が胸中で燻った。言及はせず、違う言葉を零す。
「助けてくれてありがとうございます。お陰で大丈夫でした」
 本心を伝える以外、今は何一つ要らない。その思いは通じたようで、
「おう」
 と仙火は笑い、さくらの頭を撫でてきた。優しく、けれど少し強く。短い間そうして、どちらからともなく帰路を歩き出す。交わす言葉はまた他愛のない雑談ばかりだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
学園のことがよく分からず、別物になっていそうなので
辻褄が合わないならIFと開き直ってそこはかとなく
いい雰囲気な仙火くんとさくらちゃんを意識しました。
書いていたらうっかり6,200字までいっちゃったくらい
とても楽しかったです。仙火くんはどちらかといえば
包容力とか言外でのさりげないフォローのイメージで
さくらちゃんは毅然として土壇場に強い印象は変わらずなので
今回もそういう感じで、ほんのりと変化も表現したつもりです。
今回も本当にありがとうございました!
おまかせノベル -
りや クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年05月18日

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