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『紫丁香花の誘い』
ファラーシャla3300

 初夏の風はライラックの花弁を揺らし、甘く爽やかな香りを漂わせる。ふわりと舞うのは花弁だけではなく、庭園を散歩する白皙の少女、ファラーシャ(la3300)の髪もまた風に翻弄されていた。風が弱まるにつれ彼女の淡い白金は落ち着きを取り戻し、生成りのワンピースの上に収まる。彼女は遠くに見える時計台を眺め、安堵の溜息をついた。
「約束の時間まで余裕がありますね」
 そう呟くとファラーシャはまた歩き出し、今回の依頼について考える。依頼主はこの庭園の持ち主である老夫婦なのだが、どうやら留守とのこと。依頼の内容は老夫婦しか知らないため、戻ってこないことにはどうしようもないという。老夫婦が帰ってくるまで、自由に邸宅を見てよい――そう言われこの庭園を選んだ。と、ここで思考を止めた彼女は時計台から視線を戻し、再び歩き出す。兎や熊を模った木々を眺め、波斯絨毯の如き柄を作る花々を眺め、ファラーシャはその美しさに感嘆する。やがて疲れた彼女は噴水の縁に座った。さあさあと水が吹き上がり、音を立てて落ちていく。雲は空を往き、鳥が跳ねるように囀った。
「さて、行きましょうか」
 そろそろ長針が半周することに気付いたファラーシャは再び歩き出す。年季の入った石畳の上でコツコツ音を立てているうちに、隅に蔦で覆われたアーチがあることに気が付いた。そこは木々に陽光を遮られ陰になっている。その先の広場では、奇妙な光景が繰り広げられていた。白いクロスのテーブルの上に帽子とティーカップが並んでいる。そしてその脇にはテーブルケーキまみれの少女たちが佇んでいる。ファラーシャはその中に割り入って少女を見つめた。
「何をしてるんですか?」
「見てわからない? お茶会よ。貴方もどう?」
「え、私は……」
 拒否をしようと動いた唇は椅子に誘導する少女によって閉ざされる。ファラーシャは何が何だかわからないまま、この奇妙なお茶会に参加することになってしまった。
「ソーサーに溢れるくらいの紅茶を注いでケーキを被るの。帽子は人数分切らないといけないわ。手掴みはいけないからネクタイピンでいただくのよ」
 少女はソーサーに紅茶を注いでから色とりどりのシルクハットを指さした。シルクハットはどれも六等分に切り分けられている。どうしたものかと顔を右に向けたファラーシャは、その一片を美味しそうに食べている少女を見つけた。フェルト地を噛む鈍い音がする。
「何の帽子が好き? 赤も黒も白もあるわ。ハートの飾りもつけてあげる」
「お茶だけ頂きます……」
「あら残念。ハリネズミと時計は入れる?」
「どちらも結構です」
 どうにかケーキまみれを回避し、帽子を食べることも回避できたファラーシャは、この場で唯一まともなものを手にした。少女たちは彼女に紅茶を差し出した後、自らのカップを掲げる。
「新しい仲間に乾杯!」
 威勢の良い声の後、一斉にカップが傾いた。
「美味しい」
「でしょう」
 紅茶は意外にもファラーシャの舌を満足させた。少女たちの囀りを耳にしながら、彼女はふと、あることを思い出して立ち上がる。老夫婦はもう帰ってきただろうか。
「ごめんなさい、私行かなくちゃいけないんです」
「残念ね、まだ始まったばかりなのに」
「残念ね、もう終わってしまうのに」
 そうしてファラーシャの肩を抑え座らせようとする少女たちを、どうにかこうにか振り払った。
「失礼します!」
 彼女は庭園を、アーチと噴水と花壇とトピアリーの前を駆けていく。追い風は彼女を急かすかのように吹き付けた。
「はぁ……間に合った」
 やがて目の前に邸宅の門が見えたので、そこで漸く立ち止まる。迎えた女中に彼女は息せき切って応えた。
「すみません、私……」
「いいえ、只今お戻りになったところです。ご案内します」
 ハンカチで汗を拭きつつ、彼女は屋敷の廊下をゆっくりと歩く。赤の絨毯が遠く、応接間まで伸びていた。
「あの、お庭にいる人たちって不思議な人たちですね」
「庭? 誰もいないはずですが……門も施錠していましたし……」
 怪訝な顔をした女中に首を傾げつつ、ファラーシャは歩き続けて廊下の端に辿り着く。扉を開けると品のある老夫婦が出迎えた。二人は彼女を歓迎しつつ、依頼の話を始める。簡単な依頼だった――裏があるわけでもなさそうだ。承諾することにして無事話がまとまったが、最後に彼女はある疑問を口にする。
「ところで、お庭にいた方々は誰なんですか? とても不思議なお茶会をしていたんです」
「庭?」
「庭師は何人かいるがね、彼らは休暇を取っているよ。居たとしてもお茶会をするような人たちではないが……」
 そう言って少女たちのことを話してみても、老夫婦は首を振るばかりだった。彼女たちはなんだったのだろう。ファラーシャはぼんやりと思いを馳せた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
この度は発注誠にありがとうございました。
ご期待に添うものであったら幸いです。
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グロリアスドライヴ
2020年05月18日

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