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『選択肢』
狭間 久志la0848

 自分は今、夢を見ている。
 狭間 久志(la0848)にはそう分かった。

 目の前には小さな舞台。上から細いスポットライトで照らされている。
 周囲はどんなに目をこらしても見通せない闇。ここはどこなのかなんて夢の中で考えるだけ無駄だろう。
 舞台に目を戻すと1体の人形が出現していた。高さ50 cmほどのそれは、大きくデフォルメされているが久志を象っている。

『ああ、俺はどうすればいいんだ』

 人形から声がした。久志の声をやや高くしたような声音だ。糸で吊されているわけでもないのに人形は舞台を歩き回る。頭を抱え、その動きは苦悩を表現していた。
 ふらふらと人形が歩くのをスポットライトがぴったり追尾し照らし続ける。

『この世界に愛するあの人はいない。つらい。悲しい。元の世界に戻りたい』

 舞台中央で久志人形は立ち止まり、独白を始める。
 その言葉に合わせ、もう1筋のスポットライトが舞台の左隅を照らした。そこには久志の最愛の人を象った人形が、久志人形の方を向いてじっと立っている。
 観劇していた久志は思わず目を見開いた。

『元の世界に戻るため、俺はこの世界で縁を繋げるわけにはいかない。帰るときにつらくなる。大切な人達がいる世界に帰るんだ。だが……今の俺はここにいるんだ。ならば、なぜこの世界での縁にすがっちゃいけない?』

 久志人形は勝手なことを喋り続ける。
 さらにスポットライトが増えて舞台の右端を照らす。そこにはSALFの制服を着た、久志の知人の人形が1人立っていた。この人形も久志人形を見ている。

『元の世界のことなんて捨ててしまえばいい。俺はこの世界にいるし、元の世界に戻れた放浪者はいない。帰ることができる可能性は低い。だから何もかも忘れてこの世界で縁を繋ぎ直せばいい』

「だが……それは……」

 劇を見ながら久志は小さく唸る。
 元の世界に戻らなくてもいいと思えるような理由があればと考えたことは確かにあった。
 それでも、この世界に留まることは元の世界に残している最愛の人や友人知人を捨てることになる。多くの思い出を持っているからこそ、この世界を選ぶのは容易なことではない。
 それゆえ久志は悩んでいる。

『元の世界に帰ることもできず、この世界で新たに縁を繋ぐこともできなければどうなる? 俺はここで独りぼっちに生きることになる』

 元の世界への固執を続ければそうなる確率もあると、久志は認めざるを得なかった。
 だが、それでも――。

『一方を選べばもう一方は選べない。どちらとも得られないかもしれない。なら……どちらともを選ぶ道はないのか?』

「は?」

 久志人形の突飛な理論に、久志はすっとんきょうな声を出した。
 久志の人形はいつの間にか前を向き、観客へ語りかけるかのような力強い言葉を発している。

『元の世界のことを忘れるなんてできない。最愛の人が俺の不在を悲しんでいるかもしれない。だが戻る術がない以上、俺にはどうしようもないことだ。俺にできるのは、元の世界の思い出を胸にし、最愛の人がこれから俺抜きでも幸せを掴んでくれることを祈ることじゃないか?』

 それはあまりにも身勝手な理論に聞こえた。

『この世界でも新たに友達ができた。俺を慕ってくれる人もいる。この世界は未だナイトメアの侵攻で危機にさらされていて、1人でも多くのライセンサーの力が必要だ。俺はこの世界の縁で繋がった人と共に生きることができる。ライセンサーとして戦い世界の役に立つこともできる。この世界で生きられない理由がどこにある?』

「……そんな簡単な話じゃないんだ」

 久志人形は威勢良く前を向いていた。
 舞台左端の人形も右端の人形も、そんな久志人形を優しく見守っている。

 それでも久志の苦悩は消えない。
 全てのスポットライトが消えて夢の世界が闇に包まれても、久志はじっとその場に立ち尽くしていた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
 この度はおまかせノベルのご発注ありがとうございました。
 久志さんらしいノベルとはどのようなものか考えた結果、2つの世界の間で苦悩するノベルができました。
 割り切ることの難しい問題に何らかの解が出ることを祈っています。
おまかせノベル -
錦織 理美 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年05月18日

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