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『灯籠アパートの624号室の雨女』
アルバ・フィオーレla0549


 ――ねぇ。



 ねぇ、なのだわ。



 ――あ。
 ふふっ。目が覚めたみたいなのね。

「……?」

 日溜まりをカーテンに、お花畑で日向ぼっこをしているような気持ちよさだったのかしら?
 おはようなのだわ――私。

「? えぇ、おはようなの。……? “私”?」

 えぇ、そうよ。私。



 此処は墓穴の底。

 深く、昏い。
 昏く、深い。

 光も蒼も微睡んで、狭間を舞台に輪舞曲を踊るの。

「……」

 古の暁に出来た切れ目は酷薄で、悠久の空には死んだ双月が浮かぶ街――。
 そんな世界を生きていくのは、恐ろしくないの?

「……。……えぇ、平気なのだわ」

 あら、本当?

「だって、私は花の魔女。親愛深い友人達と共有した時間が、花に灯る彼女達の色が、私の心の蕾を揮ってくれるの。だから、こわくはないのだわ」

 ……そう、“あなた”は花の魔女。暁の光を宿した“アウローラ”。

 けれど、ね。
 あなたはいま、“ひとり”なのよ。

「え……?」

 さぁ、過去にさようならをしましょう。
 そして、新しい“私”と“魔女”を始めましょうなのだわ。



 ねぇ? 私――アルバ・フィオーレ(la0549)



**



 その時、ぱっ、と、私の視界が開けた。

 空気。
 香り。
 心地。

 それは、常日頃の一部。私の世界だった。

 止まっていた呼吸を息づかせるかのように、二度、緩やかな瞬きをしている合間、「平気かい?」と端正な声が私の意識に触れた。ふ、と、顔を左へ向けると、レジカウンターを隔てた向こう側に、見慣れた男性が立っていたの。

 そう、彼はお客さん。勿論、私のお店――『ひまり』のなのだわ。

 言葉の調子とは裏腹に、一寸たりとも動じていない翡翠の瞳が私に仕事をするよう促してきたので、手早く対応をしないとなのね。

「失礼しましたなのだわ。プレゼント用でいいのかしら?」
「ああ」
「かしこまりましたなの。すぐに箱詰めするのだわ」

 私はレジに積まれた小袋を確認すると、アンティークフレンチ風のラウンド型BOXを取り出し、ラッピングされた幾つもの小袋――エディブルフラワーを使ったお菓子を丁寧に詰め始めた。
 先程も言った通り、此処は私のお店。此処で売っているお菓子は全て、私の手作り。勿論、エディブルフラワーも私が丹精を込めて栽培したのだわ。

 撫子やビオラのクッキー、薔薇のマカロン、桜のゼリーにライラックや金盞花のマフィン。目にも心にも鮮やかに映えるこのマリアージュは、甘くて美味しいお花畑。そう、此処は“花菓子屋”。届けたい想いを、花との出会いをお手伝いするお店。

「(ふふ、百年以上の時を経てきた私だけれど……終えた後まで変わらないなんて不思議。……いえ、変わらないでいることが出来たのは、掛け替えのない関わりと大切な記憶のおかげかもしれないのだわ)」

 古の魔女の過去は糸のようにはらりと綻びてしまったけれど、忘れず心に留めている花の魔女の過去はまだ新しい。この世界でどんなに時を経ようと、決して色褪せることはない私の“曙”。

「(その光はきっと、私が私である為の証なのでしょうね)」

 私は詰め終わった品に、金糸雀色の紐で束ねた心ばかりのストックを添えた。そして、料金を受け取り、紙袋へ仕舞った商品を彼に手渡した。

「ありがとうございましたなの」

 紙袋からそっと離した両手をおへその上で合わせ、私はぺこりとお辞儀をした。視界の両端に薄紅がかった陽の明かりが幕を垂らしてきたの。遠離る足音を耳にしながら、頬を撫でる髪が妙にこそばゆいのを感じたのだわ。

 ウィンドチャイムのドアベルが優しい音色を奏で、少しの間を置いてから私は顔を上げた。

「あら……?」

 パタン――と閉まった明かり窓から見えたその先の空模様に、思わず言葉が漏れる。

「朝からあんなにいいお天気だったのに、何時の間に曇ってきたのかしら」

 私がドアノブに手をかけ、扉を開け放った途端――



 ポツ、ポツポツポツ――



「……あ」



 サァァァァァーーーーー……



 “案の定”というほど意識はしていなかったけれど、降ってきたのは勿論、雨。地面に打ち弾かれ微かに漂ってきたこの香りは――

「ベルガモット……かしら?」

 この世界の雨は不思議で面白いの。何一つ匂いのない時もあれば、本来の懐かしい匂いに戻ったり、時には雨粒に飴玉が混じっていることもあるの。本当にでたらめで、可笑しな世界。

「……」

 ――いいえ。



 一番可笑しいのは、きっと、

「私、なのだわ」

 私はお客さんが居ないのをいいことに、花のコサージュが付いたサンダルをお行儀悪く脱ぎ捨てて、雨空の下へターンをした。
 くるりくるりとスカートに円が咲き、ぴしゃんぴしゃんと跳ねた雨粒が踊る。

 軽快に。
 愉快に。

 けれど、

「雨女である私が雨に濡れないなんて、何て滑稽なのかしら」

 何て、寂しいのかしら。

 私の好きな雨は、私以外の温もりを濡らしていく。
 そう。存在は感じられるというのに、本質に触れることが出来ない。それはまるで、



「私に足りないものが、この世界にある……?」



 とでも、伝えているかのよう。



「過去(きおく)に在って、現在(いま)にないもの――」



 ……。

 私は、未だに慣れない世界の空を見上げた。
 それほど不器用ではないと思うけれど、知らないふりをすることも気づかないふりをすることも、きっと、私には出来ない。

 それなら、



「私にもまた、“曙”が見つかるかしら」



 どんな雨も何時かは上がってしまうもの。
 けれど、その後は“誰か”と一緒に虹を見ることが出来るのだわ――。





 渇き、潤う土のように、この世界で私もまた、息づいているのだから。




━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
この度はご依頼、誠にありがとうございました。ライターの愁水です。
担当をしていない世界のお客様からということで、大変良い緊張を頂戴致しました(

過去のノベルや呟きを拝見し、アルバさんのキャラクター性を勉強させて頂いたつもりですが、もし違和感などがありましたら申し訳ありません。
因みに、アルバさんの雨女は、ギャラリーのとあるイラストを参考に決めさせて頂きました。

少しでも心に残る内容になっていましたら嬉しいです。
またのご縁を祈り、あとがきとさせて頂きます。
おまかせノベル -
愁水 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年05月18日

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