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『正秋隊、最後の戦い』
銀 真白ka4128)&ミィリアka2689

 王国歴1170年5月 エトファリカ連邦国長江省
 政治的な争いも落ち着いた東方は一昨年までは平和な日々が続いていた。
 しかし、封印されていた憤怒歪虚が出現した事で事態は一変する。狩子制度の導入により覚醒者の数が激減した事もあり状況は芳しくないのだ。
「――という事で、春霞流の創始者であるミィリアが立ち上がった訳でござるよ!」
 齢150を超えているであろうミィリア(ka2689)が、辛うじて成長した胸を張って言い放つ。
 本来であれば戦場に出られるような歳ではない。邪神戦争時から容姿はあまり変わらなくとも、体内マテリアルの老化は進むのだ。
 それは長い付き合いである銀 真白(ka4128)から見ても分かる。
「作戦的には問題ないが……ミィリア殿の身体が心配だ」
「大丈夫でござるよ。なんとか覚醒できるし、それに引退してからもずっと動き回っていたから」
 変わらない笑顔を向けてくるドワーフの侍。
 ドワーフの寿命はおおよそ200歳と言われる。外見的な変化は目立たなくとも体内は確実に歳を重ねているのだ。
「それに、ミィリアにとって最後の覚醒だとしても悔いは無いでござるよ! この地を守る為だし!」
 力強く言い放ったミィリアは看取った大切な人の遺品でもある伊達眼鏡を掛けた。
 連邦国に訪れた危機から、過去も未来も守るのは自分達しかいないのだ。
「ミィリア殿が覚悟しているのであれば、私も全力で行こう……これを」
 友の決心に、懐から緑色の鉢巻を取り出して、ミィリアに差し出した。
「懐かしい! で、ござるよ!」
 嬉しそうに受けるミィリア。すぐさま、しっかりと頭に巻いた。
 一見するとただの鉢巻だ。だが、二人にとって、この鉢巻が意味するものは大きい。大切な想いが込められた、希望の証なのだから。
「表向きは十鳥省の正規軍の枠組み内だから、私達は正秋隊として出撃するのはどうだろう」
「それでいくでござるよ!」
 正秋隊、最後の戦いがこうして始まるのであった。


 十鳥省の正規軍が後方から銃撃。迫って来る憤怒歪虚の眷属を、春霞流の狩子達が抑える。
 その間を二人の女侍が駆け抜ける。取り巻きを足止めしている間に最も強力な戦力である二人が憤怒歪虚に挑むのだ。
「深い溝とか作っちゃって、ずるいでござる!」
 銃撃の射線を防ぐ為のものだろうか、憤怒歪虚の眷属は縦横無尽に溝を掘っていたのだ。
 その為、憤怒歪虚に至るまでのは厄介な地形になっている。
「一気に距離を詰めたいが……ミィリア殿、お願いできるか?」
「勿論でござる!」
 『十翼輝鳥』のタグだけをミィリアに渡す真白。
 それをハムっと確り咥えると両手で真白の身体を掴んだ。そして、砲丸投げのようにグルングルンと回りだす。
 あまりの勢いでスカートが捲れるが、もうもうとする土煙が際どい形にスカートの中を隠す。もっとも、戦場で下着が見えた程度の事を恥ずかしがるような二人ではないが。
「――ンゥッ!」
 気合と共に真白を放り投げる。
 まるでカタパルトから打ち出された石弾のように、勢いよく空中に射出された真白はすぐさま『十翼輝鳥』の握りにマテリアルを込めた。直後、ミィリアが咥えているタグとマテリアルの糸で繋がり、引っ張られるようにしてミィリアもまた、空に向かって飛ぶ。
 幾体もの雨蛙が融合したような姿の憤怒歪虚が、その動きを見逃すはずがない。
 強烈な酸の唾液を吹き飛ばしたが、空中でミィリアが咥えていたタグを受けった真白が盾を展開するとその攻撃を防ぐ。
「たぁぁぁぁ!」
 その間に、ミィリアが宙で大太刀を抜き放ちながら上段から斬り込む。
 深々と刃を食い込ませながら、地面に着地した。
 憤怒歪虚がそこを狙って1本の腕を振り上げる――が、マテリアルの糸で操られた『十翼輝鳥』のタグが絡み、動きを止める。その反動を活かしてスムーズに真白も降り立つとミィリアの横に並び立った。
「ここから先は私達、正秋隊が一歩も進ませない!」
「ミィリア達の刃、受けてみろでござる!」
 戦線を突破して立ち塞がった真白とミィリアの姿に、憤怒歪虚が大きく頭を仰け反らせる。
「我輩は獄炎に次ぐ剛毅なる憤怒――ツォーン――。その名も雷蛙。我らが憤怒の怒りを、全て味わえ!」
「蛙より、狐の方がまだ可愛いでござる」
「右に同じ」
「……貴様ら、本当に消し炭になりたいようだな!」
 噴き出したのは炎の塊。
 真白とミィリアは左右に分かれるようにして避ける。走りながら真白は『十翼輝鳥』を弓形状に変更しながら矢を番えた。雷蛙が噴出した炎が、敵の身体に纏わりつく様子をじっくりと観察する。あれはただの炎ではない。強い負のマテリアルを感じた。
「ミィリア殿、あれは恐らく『憤怒の呪い』。ソウルエッジならっ……!」
「分かったでござる!」
 マテリアルが桜の幻影となり、ミィリアの大太刀を包み込んだ。
 大地を蹴り上げて一気に距離を詰めつつ、刀先を突き出した。桜吹雪と一体化した突進が雷蛙の分厚い胴体を抉る。
「なかなかしぶといでござるな!」
「愚か者めが!」
「――ッ!」
 振り下ろされた雷蛙の腕。辛うじて直撃は避けたものの、地面の上をゴロゴロと転がるミィリア。
 避けられるはずだった。だが、マテリアルとの歩調が合わなかったのだ。これが、歳を重ねるという意味なのだろうと感じた。
「所詮は老いぼれドワーフか。弱っているように見えるぞ」
「ミィリアは永遠の乙女でござる!」
 全力で抗議するようにベーと舌を出すミィリア。これでも邪神戦争時から見れば、少しは、多少に、僅かなりにも成長しているが、外見的な容姿はそれ程変わっていない。
 順当に歳を重ねて老人といえる年齢に達したという意味ならば、可笑しいのは真白の方な訳で。
 幾度か矢を放ちつつ、真白がこの隙に雷蛙の背後へと回る。素早く大太刀へと形状をチェンジさせた。
「ハッァ!」
 マテリアルの刃を深々と突き刺した直後、『十翼輝鳥』を二刀形態に変化させて傷口を開く。
 これはかなり効いたようで雷蛙は苦痛の声を挙げながら、頭を回した。
「小癪な人間共!」
「もう憤怒の時代は終わった――私達と同様に。今を生きる人々の歩みの邪魔をするな」
「終わってなどいない! 我らが怒りは、未来永劫に続くのだ!」
 恐ろしい程巨大な目を更に見開いて雷蛙は叫ぶ。
 真白は二刀を構えたまま、ジッと憤怒歪虚を見つめる。この憤怒……純粋な歪虚ではないようだ。
「堕落者……なのか?」
「そうとも、我輩は絶対なる力を持つ最強の術師だった。ある時、獄炎と対峙した我は惜しくも敗れた……だが、負けたのは誰も我を助けようとしなかったからだ!」
「見捨てられたとでもいうのでござるか?」
「そうだ! 圧倒的な我が力を恐れ、獄炎と相打ちするように仕組まれたのだ!」
 再び巻き起こる炎の渦。
 事実なのかどうか分からないが、人に対して怒りを持っているのは確かなようだ。
「貴様らも我と同じようになる! 持ち過ぎた力は、疎まれ妬まれ、絆から遠ざけさせられるのだ!」
「仮にそうだとしても、私は……自ら選んできた道に悔いはない」
「それはまだ貴様は気が付いていないだけだ。貴様を知る者がいなくなった時、貴様は孤独の中で怒りに満ちた日々になる!」
「いい加減にするでござるよ! 見捨てられたとか、孤独になるとか!」
 雷蛙の台詞に、ドンっと大地を鳴らしてミィリアが叫ぶ。
「負けた結果を人のせいにしているだけでござる! みんな……どんなに遠く離れても絆は繋がっている。それに気が付かないのはそっちでござるよ!」
「見て来たように、ヌケヌケと!」
「……見て来たでござる。この地に生きてきた人々の沢山の想いを。孤独も怒りも、結局は皆を信じられなかった言い訳でござる!」
 幾つもの炎弾を大太刀で払い弾け飛ばし、ミィリアは手に力を込める。
 戦ってみて分かる。敵が強大な存在だと。だけど、それだけだ。
 その目的が邪悪でも、何かを成そうとした昔の憤怒の方が、何十倍も強かった。今、目の前にいるのは、ただ怒りを巻き散らしている存在に過ぎない。
「真白は信じている。先に逝った人達の想いや願いを。そして……これから逝くミィリア事も!」
 体内のマテリアルはもはや無きに等しい。
 それでも刀を持ち続ける。それは侍としての意地。自分の根底にあるものだから。
 ビシっと大太刀の鋭い先端を雷蛙へと向けた。そして、人の名のようなものを呟く。それも幾人も――。
「なんだ……どうして、貴様がその者らの名前を!」
「あの人達の想い――今、ミィリアが遂げるでござる!」
 轟々と噴き出る炎を紙一重で避けて、大太刀を振るいながらミィリアは真白に視線を合わせた。
 憤怒歪虚とミィリアのやり取りは、真白の知る所ではない。きっと、いつかどこかでミィリアが歩んだ“冒険”の一つなのだろう。
「この怒りは消える事はなぁい!」
 向ける矛先がないまま暴れ狂う雷蛙。
 明らかに冷静さを失っている。憤怒らしいといえば憤怒らしい。堕落者に至った過去を思い出したのだろうが。
 その過去も、それが不幸で受け入れられない事だとしても、今の東方に繋がっている以上は……。
「その怒りは私達がっ――」
「――受け取るでござるぅ!」
 二人同時に地を蹴った。
 一度ならず、二度三度をすれ違うように斬撃を繰り返す。雷蛙の苦し紛れな反撃は、かすりもしない。絶妙なタイミングで交差する二人に狙いが定まらないのだ。
「ぐあああぁぁぁ!!!」
 ずずーんと巨大な音を立てながら、憤怒歪虚は大地に倒れるのであった。


 憤怒歪虚とその眷属が完全に塵と化すのを見届け、ミィリアは膝を地につけた。
 自身の気持ちに身体が追い付いていないのだ。いや、とっくに身体は限界を迎えていた。
「……悔しいでござるな」
 誰にも聞こえない小さな声で呟く。
 それは覚醒できなくなったという事にではない。彼女の根底にある衝動が以前と全く同じにはいかない事にだ。
「ミィリア殿、大丈夫か?」
「うん……けれど、立てそうにはないでござる」
 駆け寄ってきた真白に苦笑を浮かべて答えた。
 立てないのであればと真白はミィリアを背負う。戦いは終わったが負のマテリアルは残留しているのだ。この場に留まるのはよくないだろう。
 友の重みを背に感じながら、一歩一歩踏み進んでいく。
「終わったでござる……まだ実感がないけど」
 オフィスからの依頼を受けていたあの頃と比べると、高揚ある達成感はなかった。
 けれども底が無い虚しさでもない。最後まで出し切った……澄み渡った湖のような、そんな静かな心境だ。
「……ねぇ、真白。ミィリアは重たくないでござるか?」
 揺られる心地が気持ち良く、全身を預けたまま、真白の耳元で囁き続ける。
「騎突も蒼人も南方も東方も……沢山の人の想いや願いを受け継いで抱えてきたから」
「重くはない。むしろ、私は誇らしいのだ」
 清々しい台詞で応えた白姫にギュッと力を込めて抱き着くミィリア。
 時間の流れは残酷だ。次々に旅立つ戦友達を見送り、また新たな友を得ても、彼ら彼女らから先に逝くのだから。
 そして、今度はミィリアがそう遠くない内にあの世に逝く。自分が背負ってきた色々なものを、この世に生きる人々に受け渡して。
「ありがとうでござるよ。これで、胸を張って天国で皆に逢えるでござる。だいぶと蒼人を待たせているだろうし」
「蒼人殿より私の方が一緒にいる時間が長いから、何か申し訳ないな」
「そんな事ないでござる。蒼人はミィリアに甘いのでござる」
 ニヤリと微笑むミィリアが背から落ちないように背負い直す真白。
「そういうものなのか」
「そうでござるよ」
 得意気に告げるミィリアに、真白は二人を思い浮かべ……性格的には確かにそうなりそうだと納得した。
「あの世で逢ったら、よろしく伝えておいて欲しい」
「良いでござるよ。それじゃ、ミィリアは真白に特別なものを継いで欲しいでござる」
「なんだろうか、ミィリア殿」
 余程、重要なものなのだろうか……と足を止める真白。
「真のお侍さんの言葉使いである、ござる口調をあげるでござる」
「……それは……遠慮しておこう」
「えぇぇぇー! いーじゃん、真白ぉ〜。ぜぇぇぇったいに、可愛いからぁぁ!」
 おぶわられている状態で駄々をこねるミィリア。
 真の侍とは一体なにか……そういう意味で、深い事を受け継ぐ事になりそうな真白であった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
詰め込み過ぎたぁぁぁ! けど、どうしても、描きたかったのでぇぇぇ!
二人とも先に逝った友を見送る側だったけど、その二人の別れはどうなるのだろう……と考えた結果、最後のシーンで落ち着こうとなり、こうした形で纏めさせていただきました。
ちなみに、構成の段階だと、没年は7年後を想定しており、「思ったより長生きだったでござるよー」「そう思ってた」みたいなオチでも良かったなとか今は思っています。良い二人ですよね!


この度は、ご依頼の程、ありがとうございました!
おまかせノベル -
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2020年05月18日

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