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『あの日と変わらない走り』
ケヴィンla0192

 ケヴィン(la0192)は北海道の大地に降り立った。目的はばんえい競馬――60周年記念レースの観戦。この為に休みもとったし、潤沢な資金も用意した。賭ける対象はもちろん、かつて己がオーナーだったあの馬。少しだけ冷たい、けれど決して不快ではない風を頬に受けながら、ケヴィンは競馬場内の食堂に向かった。天井近くに設置されたメニューを見て何を食べようか迷う。
(やっぱり北海道に来たら海鮮か? いや肉も捨てがたい)
 うんうん、と首を捻り――数分かかってようやくケヴィンは注文する品を決めた。
「おばちゃん、スペシャル海鮮丼とラム肉の串焼き。ビール? いや俺は酒が苦手なんだよ。お茶を」
 トレイの上に注文した品を受け取り、適当な立ち食いテーブルへケヴィンはそれを運んだ。レース場を俯瞰できる場所につくられたこの食堂。いたるところで今日行われるレースについての会話が繰り広げられていた。どの馬に賭けるか。今回の馬場の状態は。人気順の確認。そんな会話を聞きながら、ケヴィンは上着のポケットから馬券を取り出した。それは贔屓の馬――ジョージへの全賭けの馬券。たまたまそれを見たのか、ケヴィンの後ろを通りがかった中年の男性が笑う。その馬は最近倍率も勝率もよくない。捨て金だぞ、と――。
「そんなものは関係ない。こいつに賭けるんだよ」
 海鮮丼と串焼きを平げ、きちんと片付けをしてからケヴィンは観客席へと降りる。手を伸ばせば届きそうな青空の下、灰色がかった砂の上に並ぶ馬たち。奥から数えて三番目にジョージが居た。栗毛色の体毛と鬣の美しさは相変わらずで、がっしりとした体躯も瞳の輝きも変わっていなかった。かつてジョージが普通の競馬場で走っていた時のことをケヴィンは思い出す。どのレースも細かいところまで覚えていた。今日はどうだろう。いや、きっと――。
 ファンファーレが鳴る。
 観客席の最前、ゴール付近にケヴィンは移動した。それとほぼ同時にスタートの号砲が響き渡る。他の馬とほぼ同時にジョージが走り出す。重いソリを引っ張りながら、それぞれの馬が第一障害へと向かっていった。先を行く馬が一頭、また一頭と出てくる。ジョージの位置は一番後ろ。九頭中最下位。ケヴィンの周りの人々が声を上げる。いけ、おせ、ああ頑張れよ。ケヴィンは何も言わない。信じているから。
 第一障害を抜けたところで、先行していた馬の一頭が失速する。第二障害へとレースが進む頃にはその馬は完全に後方へと下がってしまった。ジョージの位置は変わらない。ケヴィンは馬券を握り締めた。
(そのままだ。お前ならいける)
 馬たちが第二障害を乗り越える。ジョージの位置が一つ、上がってきた。いきなり速くなった訳ではない。全てはジョージが持つ圧倒的な持久力がなせる業だった。ケヴィンはカメラが手元にあることを確認した。
 電源は入っている。ちゃんと作動している。よし。
 わああああ、と歓声が上がった。
 第二障害を先頭集団の馬たちが乗り越えたのだ。ジョージの位置は後ろから二番目。あとは平坦な道。ばんえい競馬のゴール基準はソリの最後尾がゴールラインを割った時。最後まで気が抜けない。
 ケヴィンはジョージの気配が変わったのを感じ取った。脚の動きが変わる。解る。最後の追い込み。加速状態。みるみるうちに他の馬を抜いていく。一頭、二頭、三頭……そしてほぼ一騎打ちの状態になって。
 ケヴィンはカメラを構えた。
 土煙が上がる。
 ジョージが引くソリの最後尾がギリギリでゴールラインを割る。
 その瞬間をケヴィンはしっかりと切り取った。
 詰めていた息を吐きだす。
 着順が決まり、払い戻しが始まった。
 俺も換金に行くかと、ケヴィンは投票所へと足を運んだ。周りではレースの感想が飛び交っている。その中にはもちろんジョージへの言葉もあった。やっぱりジョージすごいね! ソリ引きながらあのスピードはグレートだよな。最近少しだけ調子が悪かったけど、ほんとこういう時には強いぜ、ジョージ!
 ケヴィンは唇の端を上げた。
 心の中を安心と喜びで満たして、競馬場を後にする。


(――自分でもきっちり稼いでるじゃねえか。本当に出来た馬だよお前は)




━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ばんえい競馬の場面を描写するのが楽しかったです。
ご依頼ありがとうございました!
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絢月滴 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年05月18日

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