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『掛け違えた想い』
瀧澤・直生8946)&天霧・凛(8952)

 この気持ちは何なのだろう。
 そんなことを心で考えるようになった。瀧澤・直生(8946)は幾度もその問いを繰り返し、自力で答えを出せずに最終的には煙草の味で掻き消すようにして毎日を過ごしていた。
「お待たせしました」
 窓際の一番奥の席に、ランチセットが運ばれてくる。
 サンドイッチとサラダ、コーヒーという内容だが、直生はこの味がとても気に入っていた。
 そして、それを運んでくる相手のことも。
「……あのさ、凛」
「ごめんなさい、ちょっと立て込んでて……」
 ――あとで、メールします。
 そう言いながら、ランチセットを運んできてくれた店員――天霧・凛(8952)はトレーを抱えながら踵を返した。
 彼女の勤めるこの喫茶店は、とても賑わっていた。
 常連客が多いのだが、最近は美人のバイトがいると噂になり、男性客が増えたのだ。
(……まぁ、あんだけ美人だとな)
 直生はそんな事を心で呟きながら、煙草を灰皿に押し付けた。
 凛は誰もが振り向くほどの美人だ。容姿もスタイルも申し分なく、気立ても良く丁寧な言葉遣いがそれにプラスされて、誰にでも好かれるタイプだ。
 笑顔が素敵だ。
 あの黒髪がいい。
 そんな褒め言葉がチラホラと聞こえてくる。
 こうしている間にも、彼女目当ての客がそれぞれに席について凛への思慕を膨らませていた。
 面白くない、と直生は思いながらサンドイッチを手にして、かぶりつく。
 なんでこんなに苛つくのか、わからない。
 解らないから余計に、腹が立つ。
 好物の物を頬張りつつ、その味を噛みしめもしないまま彼は一気にランチセットを平らげて、席を立った。

 数日後。
 凛は興信所で受けた依頼の現場に向かう為に歩いていた。その隣には、顔見知りの男性が一人。もちろん、能力者であった。
 男と女が肩を並べて歩いている。傍から見ればそれは、『デート』とも取れる光景では無いだろうか。しかも、彼女は楽しそうに微笑んでいる。相手の男も、まんざらでもないような顔をしている。
 偶然この場に居合わせてしまった直生も、普通にその光景を見たままで鵜呑みにしてしまった。
 いつからだっただろう。
 凛という女性を自分の中で特別だと思い始めていたのは。気の置ける友人。信頼している相手。背中を預けられる仲間。
 そんな言葉を並べてはみたが、その過程はすでに超えているような気がして、逆にくすぐったいと思った。
 それぞれのバイト先に顔を出して、休みの日などは一緒に出掛けるようにもなった。共に過ごす時間が増えていくようになった。喫茶店の店長には、仲をからかわれるほどだ。
 二人とも、それを笑って誤魔化してはいた。良い友人だから、と。
 ――だが、直生にはそれ以上の感情がすでに心に根付いていた。そして凛も、同じ感情でいてくれると信じてしまっていた。
「……んだよ」
 ぼそり、と喉の奥から出た言葉を、吐き捨てる。
「男、いるんじゃねぇか……」
 乾いた笑いを漏らしつつ、直生は凛の後姿から目をそらした。
 そしていつものように煙草を咥えて、それが与えてくれるモノに縋り凛たちが進んでいく方向とは逆の道を直生は蹴り上げるのだった。

「こんにちは!」
 凛が笑顔で花屋に来店した。
 出入り口前で花の入れ替えを行っていた店長が笑顔で彼女を迎えて、店内へと招いてくれている。
「…………」
 直生はレジ近くでそれを見て、眉根を寄せた。
 出来れば、今日は会いたくはなかった。
 それでも凛は、いつもと変わらない笑顔で直生へと歩みを寄せてくる。
「直生さん」
 彼女に名前を呼ばれると、胸が苦しくなった。
 それを表に出さぬように平静を努めて、凛を見る。
「次の休みなんですけど、弟から映画のチケット貰ったんです」
「……ふぅん」
「それで、良かったら一緒に行きませんか?」
 先週公開になったばかりの映画のチケットが、彼女に手に収まっていた。
 それを見ながら、直生は気のないような返事をしてしまい、彼女から視線を逸らす。
「……直生さん?」
 凛も彼の態度が気になり、首を傾げつつ直生を見上げる。
「お前さぁ……男いるんだから、そいつ誘って行けばいいだろ」
「え……?」
 直生の言葉に、凛の表情が凍り付いた。思いもよらない響きに、驚きを見せたのだ。
 二人の間の空気感が、そこで変わった。
「……私、そんな相手はいません」
「別に隠すこたねぇだろ。デートしてたじゃん、昨日」
「あれは……違います!」
 凛は真実を訴えた。
 だが、直生はそれを跳ねのける。
「直生さん、本当に……そう思ってるんですか……?」
「仲良さそうにしてたじゃん。俺といるよりそいつのほうがいいんだろ」
「……昨日は、草間さんのところで依頼を受けて――」
「すいませーん!」
 凛の背後から、女性の高い声が飛んでくる。
 言葉を見事に遮られ、凛は肩を震わせた。
「はいはーい。何をお探しですか?」
 直生は凛を軽く押しのけて、接客に入ってしまった。肩に触れられた手が、とても冷たく感じて気持ちも落ちていく。
 それ以上の言葉を繋げられなかった凛は、その場で一人取り残される形となり静かに俯いた。
「私は……」
 違う、と訴えたかった。
 手にしていた映画のチケットに皴が生まれる。凛が思わず手のひらを握りしめてしまった為だ。
「……っ!」
 視界が歪んでいることに気が付いた凛は、慌ててぎゅっと瞳を閉じて直生と女性客を通り越し、店を飛び出していった。
 入れ替わるようにして店内用のフラワーベースを抱えていた店長が、店内へと戻ってきた。
 視線は凛が去っていった方向へと向いている。
「……追いかけてあげないんですか」
「仕事中」
 事情をある程度察してくれている店長の表情は、心配そうだった。
 そんな彼の心配を跳ねのけるようにして、直生は接客を続けていた。
 心は穏やかではない。最初は苛つき程度であったものが、今は言葉にしがたいほど乱れている。
 凛が走り去る瞬間、すれ違った時に見えた彼女の涙が、直生には忘れられない光景へと繋がっていった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ライターの涼月です。いつもご利用ありがとうございます。
順調に進むかと思われていたお二人にも障害が…。
書きながらとてもハラハラしてしまいました。
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。

またの機会がございましたら、よろしくお願いいたします。
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東京怪談
2020年05月18日

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