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『死の商人』
Y・Ela3784

 第一印象はまさしく、「死の商人」とでも言うべきだろう。
 ヨランダ=エデン(la3784)という一人の女性から薫る厭世的な気配に、まだ若い青年は眉をひそめた。
 
 どこかで、ナイトメアが活動する。
 数える程度、それも遠目にしか実物を見たことのないそれは、親子で営む小さな貿易商の倅である青年にとっては紛争や災害の類とさして違いはない。
 いや、より厄介ではある。人間同士の紛争であれば被害の規模や予想はまだたてられる。災害であればおさまった後に動けばいい。
 体に傷がつけられた時。周りから血や肉が集まり塞ぐように。
 そこには金銭の流れが、きちんと生まれるのだった。
 (面白くもない)
 しかし、ナイトメアは駄目だ。奴らによる被害は、容易くこちらの勘定を越えてくる。痛い目を見た商売仲間や仇はいくらでもいる。
 ナイトメアでうまくやっているのはいつも、メガコーポやそのそばでお零れにあずかる連中。それにライセンサーとかいう、とにかく「選ばれた奴ら」というのが青年の考えだった。
 だから、この日も青年は気に入らないのだった。
 国境側で、ナイトメアの被害が出ているらしい。元より富んだ国ではないところ、その辺りは山岳もはしり物流は細い。
 被害の程度によっては必要な物資があるだろう。ただ青年の知る限り、周りにはそうした不確定もいい場所へわざわざ出向く商売人は居そうもなかった。
 そもそも、儲けにはなるまい。
「お約束した者ですが。こちらで間違いありませんでしょうか」
 故に、連絡を寄こしたよそ者はよほど稼ぎに鼻息の荒くなっているような奴かと思っていたが、その想像との差異よりも、まずヨランダという女が持つ特有の鬱屈とした空気に青年は面食らったのだった。
 仮にも商談の場である。青年はすぐさま取り繕おうとしたが、
「ああ、どうか。私などはどうしても人を不安にさせる性質のようで。お許しくださいね。何を出来る女でもありません」
 青年のわずかな萎縮の念をすばやく感じ取ったのか、先にヨランダの方が言葉を発していた。
 青年としては取り繕おうとしたものを、わざわざ引っ張り出されたような気もして、少々ばつが悪かった。
 また彼にとってはヨランダの言葉や物腰はやけに丁寧に過ぎて、背筋をゆっくりなでられているような気もするのだった。
「……いや。こっちに」
 彼には目の前の彼女という人間はまだはかりかねた。ただ、彼がこれまで見てきた人間の中に似通ったものは無かったのは確かだった。


 彼女の指定してきた物資の一覧に目を通し、青年は眉根を寄せた。
「医療物資が多いな。こんな質の高いもの、ここらでは入らない」
「さようですか。こちらであれば、と伺ったのですが」
「……廉価や代替品で手を」
 鎮痛剤や感染症予防の薬剤、軍用の止血キットまで一覧にはあった。
「だいいち、このあたりはたとえ仕入れても、高価でみな手を出さんでしょう」
「あら、左様で。このお国にはまだうといものですから。やはりそうした加減はうかがっておかなければいけませんね」
 黙って青年はまた一覧に目を通しながら目算していたが、
「では、半額程度であれば手ごろになりますか」
 意味を介さず、青年は思わず顔をあげた。
 ヨランダ=エデンの顔がある。
 背丈は青年よりもあるだろう。やけにつば広な帽子こそ脱いではいるが、黒の上下に手袋までしたその姿はこの地では特に異質だった。
 暑くはないかという文句もあまりに平凡で、青年もあえてはしなかった。当のヨランダは汗一つかいた様子がない。
「ああ、また私はなにか困らせるようなことを言ったでしょうか」
 整っているといえるであろうその顔立ちは、しかしやけに素早く、用心深くこちらの様子をうかがおうとする、ともすれば悲観や自虐とも結びつきそうな目元に印象をうばわれていた。
「それはこちらに半値にしろ、ということで?」
 あるいはそうした表情や言動はこちらの気勢をくじくためで、意外と強気な条件をつきつけてくるのかと青年は商人としての居ずまいを正したが、
「いいえ、いいえ。いかに私が恥知らずな女であろうと。そのようなご無理を口にするほどではないのです。本当です」
 青年は、どうにも参ってしまいそうだった。
「そちらから融通していただいた値段の半値であれば、土地の方々でも手ごろかと。今のはそううかがったのです」
 青年は、整理に忙しかった。
「つまり、おたくは自分が仕入れた値段の半値で売ると?」
「ええ、必要であれば。他はなるべく適正でとは思いますが」
「おたく、向こうの人間から予め物資の調達係でも任されているのか?」
「いいえ、これからはじめて向かう場所ですし、連絡のやり取りも現地の方とはございません」
「……おたくは、商人?」
 不躾に過ぎる、と思いながら口にした青年に、
「ええ、恥ずかしながら。今は必ずしもそればかりではありませんので、昔とは随分変わった部分もあるのですが。そう名乗らせていただいております」
 ヨランダは、本当に申し訳なさそうにこたえたのだった。


 数日後、いくらか質や値段を普段より考慮しながら隣国から取り寄せた物資を受け取り、ヨランダは街を去った。
 青年は隣国で飛び回っている父に連絡を取った。
「死の商人だ?」
 商売がらみではあるが、雑談めいたやり取りは久しぶりだった。
「ばかかお前は」
 父はつまらなげに言った。
「金は無いとこから有るとこへ流れる。周りがどんどん死んでいくような商売人なら、自分はひたすらただ生きることしか考えねえような業突く張りに決まってんだろうが」
 たとえばあいつやあいつ……と父は忌々し気に青年も知っている名を口にした。
「……じゃあ、自分が死んでいくような商人は?」
「あん?」
 父はあからさまに呆れた。
「ばかか。誰が死ぬために商売やってんだ。趣味につっこむ道楽じゃねえんだぞ。とっとと次の仕事持ってこい!」
 通話は切れた。
 金は無いところから有る所へ。水が高きから低きへ流れるように。意外と、全体の水の量は簡単には変わらないものだ。
 だとすれば。あの負や死を自身に集めたような女の分は、まわりの者が生きることも、あるのだろうか。
「……変わったものも、いる」
 数日後、青年が仕事に取り掛かったのは国境側のナイトメア被害が沈静化し、輸送のルートも安定したからだった。
 旅に出てみたい。
 不思議と、青年は初めてそう思った。



━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
お待たせいたしました。
いくつか考えたのですが、やはりこうしたミステリアスな人は第三者的な目線からの方がいいなという私の趣味でこうなりました。
少しでもお気に召せば幸いです。
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遼次郎 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年05月19日

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