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『君という命の為に出来ること』
V・V・Vla0555

 私の名が高らかに読みあげられると同時、スポットライトの光が眩しい程に降り注ぐ。目を眇め立ちあがった私は今度は四方八方から拍手を浴び、半端に上げていた腕でその熱烈な歓声に応えた。顔見知りに背中や肩を叩かれつつ進んでいき、壇上に上がれば司会者の笑顔が私の事を出迎えてくれる。皆の位置からは見えない舞台袖では業界のお偉いさんがトロフィーを抱えて控えているのが見えた。まるで、映画か何かの大賞を受賞した錯覚を起こしそうになる。ナイトメアの侵攻が始まって早数十年、この技術が脚光を浴びるようになったのはその後。何せ実戦に耐えるレベルの適性を持つ者は一握りだ。人工的に戦力を増やせる可能性を秘めたものが救いにならない筈がなかった。それでも百パーセントの再現性を有さない以上は技術者は多いに越した事はない。かくいう私もその流れに乗って現在に至る。単純に他人よりも才能があっただけだった。才能があって、それで食べれるならば相応の努力はしよう。そうやって行き着いたのがこの結果だった。きっと大々的に報道されて私の名前は更に売れる事だろう。作り笑いを浮かべてインタビューに受け答えしながら、私の脳裏に思い浮かんだのは家で中継を見守り、喜んでいるであろう妻の満面の笑顔だった。
「それでは、最後に――この嬉しさを一番に伝えるとしたら、一体どなたにでしょう?」
「それは勿論最愛の妻と――そして、明日生まれる愛娘にも、すぐ伝えたいと思います」
 私の言葉を受けた司会者はおめでとうございます、と大袈裟な反応を返してくる。しかし、心からのものかも分からない賞賛より、付け足しのような祝いの言葉の方がずっと嬉しかった。頭を下げると名前を呼ばれた時以上の拍手喝采が巻き起こった。今最高の栄誉を得て、明日には子供が生まれる。正に人生の絶頂だ。いつかは揺り返しが来るにしても、少なくともこの時ではないと、私は思っていた。思っていたかった。だが日常は呆気なく崩れ去る――。

 頭が真っ白だ。本当ならば妻の身を案じ、そして何より心のケアをすべきだった。なのに、私にはそんな余裕もなくて、ただまるでこの世の終わりだと思った。妊娠が発覚する以前から待ち侘びていた私の子供。彼女の生は、呆気なく幕を閉じた。妻の胎内を出て、分娩台の上に灯る明かりに照らし出され、なのに娘が産声をあげる、その瞬間が訪れる日は来なかった。少なくとも生まれ落ちたその直後にはかろうじて息をしていた様だ。しかし間もなく、息を引き取ったと医師が確認した。その後で私が抱いた時にはもうその小さい身体は冷たくなっていた。
 私と妻は早くに結婚したが、同級生の子供が入学する頃になっても私たちは未だに二人きりだった。孫を見せたい親孝行の気持ちよりも純粋に二人の血を引く子供が欲しい私たちはついに不妊治療を始め、そして数年に渡る治療の甲斐あって妊娠したのが娘だ。私も妻も大層喜んで、生まれてくる瞬間を待ち遠しにして――その結末がこれだ。涙も出ない。笑える程狂う事さえ出来ない。また別の機会に期待しろと合理的に考える者も中にはいるかもしれない。しかし、私たちには二度目はないのだ。その事実が沈痛な面持ちに変える。我が家の太陽になる筈の子を失って、後はもう何もかもがどん底に落ちるだけだった。
 子供を望んだのが間違いだったのか、どちらかに責任はあったのか。口には出さずともそれを私に押し付けたい事は言動の端々から伝わって、大喧嘩を繰り返したのちに私たちは別れた。家から妻の私物は一つ残らず消え、私の手元に残ったのは人工知能の研究で得た名声だけになったのだ。それも望んで選んだ仕事ではない。研究員らは私を腫れ物の様に扱った。私には居場所なんてない。もう愛娘の後を追おうか。そう思った私を変えたのは一つの出会いだった。
「初めまして! お役に立てるかは分かりませんが、宜しくお願いしますね!」
 そう言ってぺこと頭を下げた彼女は、事前に聞かされていなければ人間としか思えない精巧な作りをしていた。私は今までヴァルキュリアをごまんと見てきたが彼女は本当に別格だった。そして、その時思ったのだ。もし娘が生後間もなく死ぬこともなく、私と元妻の元で成長したのならば。いつかは年頃になって、この子の隣に並んでも違和感のない外見になっていただろう、と――。
「――お願いします。私に、人間と遜色ないヴァルキュリアの研究をさせて下さい。また完成した暁には私にその処遇を預けていただきたいのです。勿論ただでなどと言いません。体を作るのに必要なパーツは全て私が自費で購入します。ですから、どうか……お願いします」
 必死で頭を下げた。ここにきて、私の実績とその結果手に入れた莫大な金がものを言う。長きに渡る説得を重ねて、ようやく所長の許可が下りた。その先は唯一残された希望に縋るだけである。
 元々私の研究分野はガワではなく中身だ。即ち人間らしさを追求した人工知能のプログラム構築である為、全て未知の領域。しかし、愛娘がもし成長出来たら、その前提で考えると他の所員に任せるなんてとんでもない話だ。無理を承知でパーツ担当の所員に頼み込み、一つ一つの作り方を教わる。金と時間が許す限り練習をし続けるのみだ。
 私と元妻のどちらに似たのかと、そんなことを考えながら、私はパーツ作りに励んだ。はっきり覚えているのは予定日まで持ち堪えた分、薄く髪が生えていて色が分かったこと。それだけだ。ワインレッドの髪はどんな長さにしたのだろうか。年頃の女の子は色々な髪型にしたいだろうから長い方がいい。目はどうだろうか、元妻に似て、ぱっちりしていたなら嬉しい。身長は――私も元妻も低めなので小柄な可能性が高い。後それから――。
 やがて想像力に現実が追いつき始めると、私はいよいよ完成した素体に、アンドロイドの頭脳たるプログラムを組み込むことにした。そして導線――人間でいうところの血液を循環させる心臓を取り付けて各部位のリンクを確認してみる。心臓から頭、左腕から右腕へ、右脚から左脚へ。愛娘の肌を青白い光が駆け巡る。
「……上手くいったみたいだ」
 安堵は声になって零れ出た。その日帰った後の食事を久々に美味しいと感じて私は苦笑いした。

 トライアンドエラーを繰り返し、肉体と精神の間に生じる不具合をこまめに修正していく。見た目的に出来が良くても噛み合わないなら全部作り直す。時が経つにつれいつしか、私はヴァルキュリアになれるかアンドロイドのままか分からないこの子に愛着を抱いていると自覚した。目が覚めて言葉を交わしたわけでもない。なのにまるで話をしている様な錯覚に陥る。彼女は彼女以外の何者でもないと、そう気付いた瞬間、彼女の側にいるべきではないと悟った。私には私の人生がある様に彼女は、彼女の人生を生きるべきだ。エゴで彼女を生んだ私に出来る贈り物。髪を撫でて願う。
「どうか君は幸せに」
 愛娘の代わりなどではない君だけの生を歩んでほしい。そうして私は全財産を注ぎ込んだ彼女の目覚めに立ち会う事もなく、長く世話になった研究所を去った。最後に残したのはヴェス・ヴィアス・ヴァインロートの名。V・V・V(la0555)は愛娘につける名じゃない君の為の名だ。君の前へと姿を現すことはなくとも、私は幸せを祈っているよ、ファオドライ――私が残せた、たった一つの命。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
おまかせノベルらしいことをしたかったのと、せっかく
ご発注いただいたので自分に出来ることをと悩んだ結果、
以前に書かせていただいたお話の別視点をという発想に
至りました。研究所で作られながらも、その後は自由に
出来たことを考えると研究所が得る恩恵はノウハウ程度、
と記載されている情報を勝手に膨らませていったら
製作者さんの背景がもりもりと想像出来ていった感じですね。
勿論、大体が捏造なのでイメージと違っていたらすみません。
今回も本当にありがとうございました!
おまかせノベル -
りや クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年05月20日

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