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『雨音混じりのプレガンド』
ユキナ・ディールスla1795

 降り始めた雨が、ユキナ・ディールス(la1795)のさす傘を鍵盤代わりに叩く。徐々に強まっていく軽快なリズム。まるで曲を奏でているかのようなその音色に、ユキナは瞼を閉じしばらく耳を澄ませた。
(心地の良い音……。こうして雨音をじっくり聴くのも……久しぶりかも……)
 日々は慌ただしく過ぎていく。ふとした時、ユキナはこうして世界に耳を傾ける。
 辺りに人けはない。けれど、ユキナは音楽を感じていた。無音のように思える時も、必ず何かしらの音は奏でられているものだ。
 今日は、心を明るくするようなリズムの良い曲を聞きたい気分であった。雨音は、そんな彼女の気持ちに寄り添うように軽快な曲を奏でている。
(ここよりも……今は、向こうの気分……)
 しばらくきょろきょろと辺りを見回した後、ユキナの黒く澄んだ瞳がどこかを捉えた。ゆっくりと自分のペースで、彼女はそこを目指して歩き始める。
 降り注ぐ雨量は変わらなくとも、場所を変えると曲の雰囲気は大きく変わるものだ。ユキナが足を踏み入れたのは公園であった。普段は子供達で賑わっているのだろうが、この天気のせいかやはり人の姿はない。
 しかし、さして気にせずユキナはそこで立ち止まると再び雨音に耳を傾ける。雨の音に遊具を叩く音が重なり、音楽はより軽快なものになっていた。
 他者から見れば何事にも興味がないように見えるかもしれないが、彼女にだって好きなものはある。
 その内の一つは、他でもない音楽だ。興味を向ける対象が少ないからこそ、彼女の関心は一心にそれらへと向けられている。
 記憶の中にある曲をなぞる。その中から、このリズムに合いそうな曲を少女は引っ張り出した。
 頭の中で、彼女は雨音にその曲を重ねる。ユキナの期待に応えるように、脳内で二つの音色は混ざり合い美しいハーモニーを作り上げてみせた。
 ユキナの顔を、足元にある出来たばかりの水たまりが映し出す。彼女の口は結ばれたまま、その表情は変わらない。きっと彼女が心の中で軽快な曲を奏でている事など、誰にも分からないだろう。
(しばらく、ここでゆっくりして……。その後は……どうしようかな……)
 今日は任務もないし、特に予定もなかった。よく行くアトリエに寄ろうか。それとも、どこかで何かを食べようか。
 食べに行くならなるべくたくさん食べれるお店が良いな、とユキナは思う。案外、量を食べるほうなのだ。
 傘を少しだけずらして、空を見上げる。雨はまだやまない。雨音の曲は、何度目かも分からないアンコールを演奏し始めている。
 依然として、公園に人がくる気配はなかった。だから、この曲を聴いているのはユキナただ一人だけだ。
(私以外、誰も知らない曲……)
 不意に、先日戦ったナイトメアの事を少女は思い出す。矢を放った瞬間に弦が奏でた美しい音色に、敵の歌声じみた悲鳴が重なり不協和音を作った時の事を。
(あの時のナイトメアの声は……まるで、歌をうたっているかのように聞こえた……)
 はたして、ナイトメアも歌をうたうのだろうか。だとすると、あの時一つの音楽が消えてしまった事になるのだろうか。
 ふと、そんな疑問が浮かぶ。水面が映す表情は変わらない。けれど、彼女に心がないわけではない。欠落した感情こそあれど、ユキナの心は確かに揺れ動いている。
 雨は先程よりも強さを増していた。曲目が変わったように激しくなる雨の中、ユキナは一人ぼんやりと佇む。
 傘の下、一人。消えてしまったかもしれない音楽に、それからしばらくの間少女は思いを馳せるのだった。

「にゃあ」
 ふと、彼女の思考を知らない声が切り裂いた。声というより、鳴き声と言った方が正しいだろうか。雨音の途中乱入してきたその声の主は、いつからそこにいたのかユキナの足元に座っている。
「あ……、こんにちは……。雨宿り中、でしょうか……?」
 黒く澄んだユキナの瞳が、猫の方へと向けられた。スカートが濡れてしまわないように気をつけながら、ユキナは身をかがめて猫となるべく視線を合わせながら問いかけた。
 飼い猫なのだろう、その首には首輪がついている。どうやら、雨をしのぐためにユキナの傘の下へと忍び込んだようだった。
「にゃあにゃあ」と猫が鳴く。可愛らしい声だ、とユキナは思った。
 彼女にだって好きなものはある。一つは音楽。そしてもう一つは――猫である。
 雨音の中、猫と雨音を聴くという状況に、胸がほんわりと温かくなったのを彼女は感じた。
「素敵な声を、お持ちですね……」
 それこそ、歌をうたっているように猫は鳴く。あまりに無邪気なその歌に、ユキナの胸に湧いた感情は明るい方向へと向かっていった。
 ナイトメアが歌をうたったとしても、驚異である事に変わりがない。あの日、ユキナが弓という弦を鳴らした時に、守った音楽はある。この世界の音を、ユキナは日々守っているのだ。
「おうちは、どこでしょう……? よかったら、送っていきますよ……」
 猫を驚かせないように、いつも以上に静かな声音で呟かれたユキナの言葉に、相手は再び愛らしい鳴き声を返した。ちゃんと猫がついてきている事を確認しながら、ユキナはゆっくりと歩き始める。
 場所が変われば、やはり雨の音も変わる。曲調の変わった雨音に、猫の楽しげな鳴き声が重なる。住宅街へと近づくと、どこかから人の話し声や子供の笑い声が聞こえてきた。
 雨はまだやまない。雨音は、うるさい程に辺りに響いている。けれど、ひどく穏やかで落ち着く音だと黒衣の少女は思った。
「この音が、いつまでも……続きますように……」
 傘に隠れているため、きっと今のユキナの顔を見た者はいない。
 だから、たとえ見たとしてもきっと気付かないほど些細な変化ではあったが、それでも少しだけその表情が柔らかくなった事を知るのは、のんきに彼女の足元で歌う猫だけなのであった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました。ライターのしまだです。
この度はおまかせノベルという貴重な機会をいただけ、光栄です……! ユキナさんは音楽と猫がお好きとの事でしたので、その辺りをピックアップしたお話を綴らせていただきました。
少しでもお気に召すものになっていましたら幸いでございます。何か不備等ありましたら、お手数ですがご連絡くださいませ。
それでは、この度はご依頼誠にありがとうございました。またいつか機会がございましたら、その時は是非よろしくお願いいたします!
おまかせノベル -
しまだ クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年05月21日

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