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『黒猫が結ぶ縁の色は』
水無瀬 響la2686)& 朝霧 唯la1538

 様々な種類の店が並び、多くの買い物客で賑わうその通りには裏路地が一つある。従業員が出入りするだけの飾り気のない扉を横目に水無瀬 響(la2686)が大きな袋を両手で抱え持って進む先には、パステルカラーの肉球があしらわれた看板を掲げるとある店が存在した。硝子張りの正面からは奥の様子は窺えないが、ライセンサーの仕事に出向いているのでなければいるか、外出していてもそのうち戻ってはくるだろう。まあ最悪一日預かるという手もあると考え、響は出入口の扉に手をかけた。やや固めなのは予算の関係なのか万が一逃亡しかけたときを想定しているからか、教えてもらったコツを実践してみれば無事に開く。誰もいない受付を過ぎて奥へ向かうと声が聞こえた。
「みんな良い子だから邪魔をしちゃ駄目だよぉ」
 元から柔らかい声音が更に柔らかく、甘ったるい程に聞こえる。顔を覗かせれば、目的の人物であり、この店の店長も務めている朝霧 唯(la1538)がしゃがみ込んで、カーペットにハンディクリーナーを丁寧に掛けているところだった。その周りには何匹かの猫がまるで、猫じゃらしを前にしたように爛々と目を輝かせて集まっている。流石に床に零れたものが飲み物か食べ物かまでは判然としないが、とりあえず邪魔にならないように隅のほうに佇んでいると、時たま肉球パンチを食らいながらデレデレと幸せそうな表情を浮かべていた唯が、片付け終わってこちらに近付いてくる。と、顔を上げて、そこでやっと響の存在に気付いたらしかった。唖然とした顔で足を止め、小声で呟く。
「あたし、夢を見てるんでしょうかぁ……」
「夢じゃない。現実だぞ」
 一体何を根拠に夢だと思ったのかはさっぱり分からなかったが、現実には違いないのでとりあえずは否定しておく。すると唯はぺたぺたと足音を立てて目の前まで来て、それでも疑わしげにじっとこちらを見上げてきた。首を傾げて見返していると「確かに響さんご本人ですねぇ」と何を以てかは分からないが納得してくれたようだった。
「ところでそのお荷物は何ですかぁ?」
「ああ、今日はこれを届けに来たんだ」
 興味津々という様子の唯に響は一度紙袋を下ろし、留めていたテープを剥がすと彼女に中を見せた。
「おお、頼んであったキャットフードですぅ! わざわざ持ってきて下さったんですかぁ? 有難うございますですよぉ」
「俺が買いに行ったとき丁度、これから配達しに行くと言っていてな。この量だからと興味本位で訊いたら、この店だと言うからそれならと俺が引き受けたんだ」
 今にして思えば一顧客である響にあっさり預けたのも不用心な話だ。まあお得意様と自称してもいいくらいの付き合いはあるので信頼してもらえていることの証明といえる。何せ元々世話になっていたのは父だ。
「なるほどですよぅ。先にお代はお支払いしてますから、貰っていきますねぇ」
「いや、この量を運ぶのは大変だろう。場所を教えてもらえれば俺が持っていくが……いや、それ以前に店のほうは平気か?」
 用件を告げて立ち去るつもりが長居してしまっていた。接客が大丈夫か気になって訊くと袋ごと持とうとして、案の定持てずに床から若干浮かすのが精一杯の唯は顔を上げてぶんぶんと首を振る。
「ドリンクも入れ直して渡しましたし、猫ちゃんが接客をしてくれているので暫くの間は大丈夫だと思いますぅ。というか響さんもよければ少し休んでいって下さいですよぉ。ミントちゃん程じゃないかもしれませんが皆もすっごく可愛いんですぅ」
 熱弁を振るう唯は大きな瞳をきらきらと輝かせている。流石は無類の猫好き――自他共に認める常軌を逸したレベルなので猫オタクというほうがしっくりくるかもしれない――がそれでも本当は一番可愛いと思っているだろうこの店の猫よりミントを褒めてくれたことに気遣いを感じた。響が紙袋にテープを貼り直して抱えようとすると、唯も諦めたらしく手を離した。二人でスタッフルームに行きキャットフードを隅に置くと、先程唯が出てきた店内へと足を踏み入れる。いつだったかに口コミで意外とお客さんが来るのだと話していたが、今も数人の客が食事を楽しみながら猫を愛でていた。
「猫カフェとはこういうものなんだな」
「内装は色々あるみたいですけどねぇ。お座敷だったり、床に座る形だったり、ご飯を食べる場所と猫と戯れる場所が違うお店もありますよぅ」
「そうなのか」
「ですですぅ」
 開店前に入念な下調べをしたらしく、詳しい説明に響はなるほどと感心しきりだった。まあライセンサーになったことでSALFの支援を受けているとはいっても、好きなことを仕事にする以上は相応の努力をしたのだろう。何といっても唯はまだ若いというより幼いという表現がしっくりくる歳だ。
 唯は響に少し待っているように言い、空いている席に腰掛けて暫くすると彼女は珈琲を持ってきた。礼を言って受け取ると、喉が渇いていたので一口飲む。自分好みの味にほっと息が零れた。様々な種類の猫がいるなと思いながら眺めていた矢先、一匹の猫と目が合う。何やら琴線に触れるものがあったのか、猫は響の元へ歩み寄ってきた。足元まで来たその猫の背中を撫でてやる。
「随分と大きい猫だ」
「その子はメインクーンのマナですぅ。家猫でも大きいほうなのに穏やかな気性が特徴なんですよぉ」
 そうなのかと先程と同じ台詞を口にする他ない。響も猫は好きだが品種については詳しくなかった。大きいだけでなく長毛種かつ特に首の辺りがもふもふしていて指が綺麗に埋まる程だ。諸事情で飼えないが好きな者には猫カフェはうってつけの店なのだろう。
「そういえばミントちゃんは元気にしてますかぁ?」
「ん? ああ、変わりもなく元気にしているよ」
 先程から名が挙がるミントは水無瀬家の飼い猫で、父親が里親として拾ってきた猫のティアラがその親だ。響が大切にしている為実質的には響の飼い猫ともいえる。
「あのぉ……今度、見に行ってもいいですぅ? あたしも久しぶりに、ミントちゃんと遊びたいですぅ」
 わたわたと唯はいかにミントに会いたいかを熱弁した。黒猫もここにはいるが勿論性格などが違うだろうしで、見たくなる気持ちも分からなくもない。幸いにというべきか、響も今は用事は入っていない。ただ仲のいい妹は最近いないのでつまらなくないか訊くと、唯は元気よく「大丈夫ですぅ!」と叫んで、他の客から注目を集めていることに気付くと、赤く染まった頬を隠すようにテーブルに突っ伏した。
「唯がいいなら俺は大歓迎だ。是非ミントを可愛がってくれ」
 テーブルに顎をくっつけたまま姿勢だけを変えて彼女は上目遣いにこちらを見つめてくる。唯は暫し呆然としていたがやがて勢いよく顔を上げた。髪も瞳も銀と色素の薄い面差しが更に赤くなる。天真爛漫を絵に描いたような満面の笑みが可愛らしい。
「勿論ですぅ。絶対約束ですよぉ、響さん」
 そう言って唯が差し出してくる小指に小指を絡め、約束をする。大袈裟と思いつつも悪い気はしなかった。

 ◆◇◆

 唯が水無瀬家を訪れる機会は実は意外と多くない。親しい面々で集まるコテージであったりバッティングセンターであったり、外のほうが会う機会が多く、何かにつけて便利なのが大きな理由だ。ということは即ち、二人きりになる機会もまた少ないということである。唯は響が好きだ。前に好きだった人とは似ていないようで似ているところもある、しかし父譲りの容姿やのんびりしていて決して敵を作らない性格という、響が響たる所以をしっかりと持った彼が好きなのだ。今は一方的に響の追っかけとなってプライベートでも任務でもくっつき回っているだけだが友達としか思われていない現状をどうにかしたいし、あわよくば二人きりにもなりたい。――倒れてしまうのではと不安に思うくらいドキドキするのが玉に瑕だが。そんなわけで唯は予め周りの人間にそれとなく探りを入れて唯と響以外いないタイミングを見計らった。そして、自分から強引にでも理由をつけ話すつもりだったが、まさか彼から会いにきてくれるとは予想外だった。その事実が一番大事なのであって、理由は二の次だ。ともあれ実質二人の空間に喜んで我を忘れることなく、当初の目的通り約束を取り付けられた自分を褒めてやりたい気持ちで一杯になった。そして約束の日になり、
「お邪魔しますねぇ」
 多分待っていてくれたのだろう、インターホンを押すとすぐに応じてくれた響の背を追い、唯は水無瀬家に足を踏み入れた。ただの来客用とは思うが、唯に用意されるのは決まってピンク色のスリッパだ。ぺたぺたと音をたててフローリングの床を進めば、リビングにつき、そしてそこにはキャットタワーの途中に座るミントの姿がある。唯はつい目的を忘れ、駆け寄りかけた。しかし重度の猫オタクとして怖がらせることは絶対出来ないと、床にスリッパをくっつけるようにして近付くと、嫌がるかどうかを目線や反応で見つつ手を伸ばす。と、急にミントは軽やかな動きで上に登っていった。唯は懸命に追いかけるも、
「うぅ……ミントちゃん、届かないですぅ」
 と涙目になって言った。水無瀬家のキャットタワーは天井に突っ張る形のもので一番上はほぼ天井に近い。身長が低い唯には絶望的なまでに遠く、爪先立ちになって目一杯に伸ばしても絶対に届かないだろう。ミントと遊びたい気持ちも本当なのでとても悲しかった。しょぼくれる唯の隣に立つ響がミントを見上げて両腕を伸ばす。
「あ……響さん、無理に抱かなくても――」
 平気ですよぉ、その強がりが唇から零れることはなかった。
「おいで」
 響はそう言い、ちちちと気を引くように舌を鳴らして呼ぶ。その優しい声に猫相手と分かっていても自分に向けられたらどんなに幸せだろうと一瞬思ってしまった。一人と一匹の目が合うと、数秒の間を置いて、僅かな準備動作の後に響の胸へまっすぐ飛び込むミント。彼も危なげなく受け止め、偉いというように背中を撫でる、その顔は微笑みに優しく彩られていた。元々響は戦闘中でもない限り穏やかで落ち着いた気性の持ち主だが、ごく限られた相手にしか見せない慈しむような表情は確かにミントを大切にしているのだと窺える。同時に自分にはまだ向けられていない気がして、唯は胸がきゅっと痛むのを感じた。とそんな内面など露知らず響はこちらに向き直る。そして、動かない唯の真正面に回ると、腕にしっかりと抱き締めた愛猫を自分の身体ごと近付けた。
「大丈夫だ。嫌がってはいないぞ……ほら」
 上手く感情が纏まらないながらも両腕で受け取る姿勢を取れば、響に愛される黒猫は意を決したようにして唯の胸の中に飛び込んできた。小柄な唯には少し重めの衝撃だったが、響が支えてくれて何とかなる。
「あっ、有難うございますぅ」
 両手で抱きかかえたミントは安心しきったように唯に身体を預けてきた。そのことに心底ほっとして顔を上げて改めてお礼を言うと、思いの外近い距離に響がいて今度は呼吸が止まりそうになる。身長差が少なければ吐息を感じるくらいの近さだ。金色の眼がじっとこちらを見下ろしているのが伝わってきて、瞬時に唯は顔を真っ赤に染める。誤魔化すように先程響がしていたようにミントの身体を撫で、機嫌が良さそうと感じたので頭の天辺から首にかけて丁寧にマッサージした。嫌がって逃げないのなら、ソファーに寝転がったところを丹念に愛でたくてしょうがなくなる。
(――流石、響さんですねぇ。文句の付け所がない綺麗な毛並みですよぉ)
 と内心関心しきりな唯の顔に不意に影がかかった。何事か考える以前に、頭に不快さなど欠片もない重み。唯はそのまま顔を上げられなくなった。むしろ、気持ち俯いて言うべきか逡巡した後に口を開く。
「……あのぉ、響さん……?」
「……ん? ああ、すまない。何というか、ついな」
「あのっ! 響さんがいいのなら、暫くこのままで……」
 頭に乗せられた手が指摘を受けて離れそうになったので引き止めてしまった。自分はともかく、響もミントもこのままは嫌だろうに。そう思いつつも律儀にもう一度頭を撫で始めたことに喜びを感じ、その優しい感触にますます惹かれる。――いつかはあの笑顔を自分にも向けてほしい。そう願いながら、今から何を話すか考えている唯には響がどんな顔をしているのか見えずじまいだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
あくまでコミュニティとしての設定で実際には
猫カフェの店長さんはやっていなかったらまず
前提からやらかしてしまっているので、すみません。
それと今更ながら響さんのご両親の話を知ったので
微妙にその辺りを踏まえた内容にもなってます。
一応響さんの唯ちゃんへの感情がどういうものかは
まだ分からないという前提で、小動物的な可愛さを
感じているとも無自覚ながら少し意識しているとも
どちらともとれるようにふんわり書いたつもりです。
唯ちゃんを撫で撫でする響さんが書きたかったので!
今回も本当にありがとうございました!
おまかせノベル -
りや クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年05月21日

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