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『見ることは信じること』
そよぎla0080


 そよぎ(la0080)には何かが見えているらしい。
 と、言うのはSALFの中での共通認識である。猫や犬が人のいない玄関に向かって鳴いていたりするようなものだと思われており(つまりは常態化している)、特別心配されるようなことはなくなった。それでも、初対面のライセンサーは大丈夫かと気にしていたりもするが。
 本人曰く、森羅万象の声が聞こえるらしい。森羅万象。すなわち、宇宙に存在するすべてのものの声。馬鹿馬鹿しいとあなたは一蹴するだろうか?
 ではここで、とある警察に残っている記録をお目に掛けるとしよう。


 2060年某月某日。管内のアパートで傷害事件が発生。ナイトメア関与の疑いありとしてSALFに応援が要請された。その時に現場に駆けつけた一人がそよぎだった。被害者は救急車で病院に運ばれた。
 その時、そよぎは何もない虚空に向かって話しかけていた。
「僕、そよぎって言うのよ。そうなの。ここであったこと、見ていたかしら? ナイトメアさんだった?」
 警察官は同行ライセンサーに彼が正気かどうか尋ねた。同行者はあれが彼の普段通りだと答え、SALFによる調査は続行された。
「男の人が来ていたのね。どんな人?」
 この世ならざるものの声など証拠にならない。警察官たちは、少なくとも物理的には大人しくしているそよぎを放っておくことにした。他のライセンサーたちも、過去の経験から、もしナイトメアならエルゴマンサーか、少なくとも人間に擬態する程度に成長しているナイトメアではないかと見解を述べる。
「お兄さん」
 そよぎが一人の警官の制服の裾を掴んで引っ張った。
「どうした坊や。今お兄さんはお仕事中なんだよ。遊ぶのは後でな」
「違うのよ。このお部屋にいた子がね、女の人を酷い目に遭わせた男の人を見たって言うのよ。だから、僕似顔絵が描きたいの。描くもの、貸してくれないかしら?」
 警察官は戸惑いながらも、他のライセンサーの手前、特定のライセンサーだけ邪険にするわけにもいかず、望み通りのものを提供した。そよぎはにこりと笑い、
「ありがとう」
 丁寧に礼を言って再び「聞き取り」に戻った。
「彼は本当に正気か?」
 社会性はある。受け答えもできる。ただ、自分たちに見えないもの(そしていないとされているもの)を「いる」と言って会話している……。そのそよぎの正気を、警察官は疑った。


 しばらくしてから、被害者の恋人だと言う男性が訪れた。彼女はどうなったんですか、と警察官に詰め寄っている。病院に運ばれた旨を伝え、別室で聞き取りをしているところに、スケッチブックを持ったそよぎがやって来た。彼はその男性の顔をじぃ、と見つめる。
「この子は? まさか彼女の隠し子だって言うんじゃ……」
「彼はライセンサーです。坊や、今お兄さん、この人とお話しするから向こうで」
「その人、このお部屋に来てたみたい、なのよ」
 そう言ってそよぎがスケッチブックを開いて見せた。男性の似顔絵が描かれている。イラスト独特の誇張表現はあるが、その似顔絵の特徴は確かに、女性の恋人そのものだった。
「そりゃあ、僕は彼女の恋人なんだから、部屋に来ることくらいあるさ」
「……彼は、『女の人を酷い目に遭わせた男の似顔絵を描く』と言ってスケッチブックを受け取りました」
「写真を見て描いたんだろ。大体、犯人を誰が見たって言うんだ」
「……その靴、斑点がお洒落ですね」
 警察官は男性の靴を見た。黒っぽい飛沫の様な点が、左右非対称に付いている。
「新しい血痕に見えますね……証拠品として提出してください」

 男性はその場で全て自供した。細かいことは割愛するが、そよぎはスケッチブックを持ったままその場に留まり、きょとんとしたまま自供を聞いていたと言う。彼の描いた似顔絵がきっかけになったことは間違いない。

「よくやったな。お手柄だ。本当は誰から聞いたんだい? 目撃者がいたの? それとも、写真を見て描いたの?」
 容疑者が連行されてから、警察官がそよぎの頭を撫でた。そよぎは嬉しそうに顎を引いて、
「お部屋にいた子たちよ。女の人と、一緒に暮らしていたんだって。お話しすることはなかったけれど。だから、とても怒ってたのね。そう言えば、お写真もたくさん飾ってあったのね……」
 みんなのお話聞くのに夢中で気付かなかったのよ……と呟くそよぎに、警察官は少し困惑していたが、彼の言葉を受け入れると決めたらしい。
「わかった。もし必要なら君からもまた話を聞くかもしれない。名前は?」
「そよぎって言うの」
「そよぎか。良い名前だ。では今日はもうお帰り」
「うん! お兄さんまたね」
 そよぎは手を振って、同行者たちと一緒にSALFに帰還した。

 証拠も自供もある。意識を取り戻した被害者の証言も。そよぎのスケッチは証拠品としては保管されたが、裁判では提出されなかったという。


 本当に写真を見ずに描いたのだろうか? 個人的はそうだろうとは思うが、疑う気持ちはわからなくもない。どっちにしろ、彼は大変洞察力が高く、その上それを理論立てて説明しないところがあるから、普通に現場を見て推理した可能性はゼロじゃない。

 ここで一つ興味深い話を。

 男が凶器を捨てた場所については、本人も覚えていないと供述した。犯行は自供して、凶器だけ隠す意味はないから、恐らく突発的な犯行で気が動転したのだろうと思う。誰かを庇っている可能性も考えられたが、それについては否定した。

 男の身柄を送り出すと、件の警察官は周辺の捜索をするため応援を要請しようとした。そこに、そよぎがとことことやってくる。
「どうした?」
「これ、あの男の人が落として行ったって」
 彼が持っていたのは凶器らしいものだった。警察官は驚いて、
「落として行ったって、誰が言ったんだ? 目撃者が?」
「目撃者さん……うーん、いつも道にいるって言う子たちなんだけど」
 警察官はしばらくそよぎの目を見つめていたが、恐らくその「目撃者」が自分と話が出来ない相手なのだろうと言う事はわかったらしい。
「わかった。場所を教えてくれるかい?」

 鑑定の結果、付着した血液や傷の形状、犯人の供述などから凶器と断定された。表向きはSALFのライセンサーが偶然発見した、ということである。

 そよぎには何かが見えているらしい。
 それがSALFの中での共通認識だ。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
こんにちは三田村です。ご発注ありがとうございました。
そよぎさんは何か見えているらしい……ということは事件現場でもたくさんいる「目撃者」からお話が聞けるのでは……? と思って書かせていただきました。
森羅万象はそう言うことを教えてくれるのかとか、そよぎさんはお絵かきお好きなのかとか色々ありますが、楽しんでいただければ幸いです。
またご縁がありましたらよろしくお願いします。
おまかせノベル -
三田村 薫 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年05月21日

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