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『計』
不知火 仙火la2785)&日暮 さくらla2809

「アップしなくていいのか?」
 丹念に人の手で整えられた林のただ中、不知火 仙火(la2785)は10メートル先に立つ日暮 さくら(la2809)へ問うた。
 鞘に納めた守護刀「寥」を右肩へ担いだ棒立ち姿勢だが……半ば閉ざされた両眼はいわゆる“観の目”を成しており、さくらを含む彼女の周域すべてをながめやっている。
「ここへ来るまでに仕上げてきました。……そのような気づかいを今されれば、私の体を冷ましたいのかと勘ぐってしまいますよ」
 冷めた声音とは裏腹、さくらの体からは相当な熱が沸き立っていた。
 己が体に十全の動作を為させるには、端からは行き過ぎに見えるほど準備運動をさせ、筋肉を熱しておく必要がある。それはスポーツであれ武道であれ同じことだし、ましてや寸毫の“先”が勝負を分ける立ち合いとなれば、あらためて説くまでもあるまい。
「あー、そういうのは考えてなかった。いや、考えとくべきだったな。せっかくの仕掛けどころだってのに」
 苦笑を閃かせ、仙火は右足と並べていた左足を無造作に下げた。実に何気ない動作だが、さくらには知れる。言葉に紛れさせて自然体を作ったのだと。
「復讐のために私を呼びつけたはずが、ずいぶんと暢気なのですね」
 さくらもまた、わずかに腰を落とした。当然、仙火には見て取られたことだろう。彼女が重心を下へ移し、跳び込む準備を終えたことは。
「人聞き悪いこと言うなよ。こないだの仕合で負けたリベンジって、いや、リベンジは復讐か」
「どちらであれ、為すべきことはひとつ」
 さくらは仙火の言葉を断ちきり。
「日暮護刃流、日暮 さくら」
 流派の名はもともと存在しない。あえて「誰かを護る刃たれ」の教えをはめ込んだのは、さくらの心を示すがため。そして。
「尋常の勝負を願います」
 勝負を強いるのではなく願うことで、仙火の心へ問う。さあ、私は私を晒しましたよ。あなたはどう応えてくれますか?
「不知火無手勝流、不知火 仙火」
 父が成した天衣無縫の威を借る真似はしない。しかし、かつて父の振るった無手勝こそは、今このときの仙火が目ざす濁剣の“先”だ。
 掲げさせてもらうぜ。これが俺の――重ねた恥を伝い登ってでも行き着きたい俺だからな。
「尋常に勝負させてもらう」
 互いに機先を隠しておきながら、さあ立ち合おうと声をかけあう。滑稽を演じている自覚はあったが、かまうものか。ここにはさくらと仙火、ふたりきりなのだから。


 先手を取ったのはさくら。
 左に佩いた守護刀「寥」へは手をかけず、文字通りに仙火目がけて体を滑らせた。
 程よく間引かれた雑木、その上下生えを刈られて広く空けられた根元には厚く苔が茂っている。普通ならばそれを躙って足場を固めるところ、さくらはあえて足を滑らせて己を運ぶ“道”としたのだ。

 立ち合う場所、道場にしとくべきだったな。
 立ち合いを申し込んだ際、不知火所有の林を舞台とすることを提案したのは仙火自身だ。さくらは忍の業や銃をよく使うから、道場では手狭だろうと気を利かせたわけなのだが……っと、考え込んでたらほんとに命取りだぜ!
 ちっ。囀りに満たぬただの舌打ちを響かせ、仙火は鞘ごと寥を地へ突き立てた。いくらなんでも、その姿勢からじゃうまく抜き打てねぇだろ?
 滑りながらさくらは口の端を上げる。私が十全を為す必要はありませんから。ええ、あなたの固めた守りが十全であれば。
 かくてさくらは蹴りつけた。仙火が正中線の守りに立てた寥を。そして爪先を鞘の下緒へかけ、跳ぶ。
「っ」
 さくらが抜き打ちかけた寥から手を放し、体を不自然に反らして宙返り、仙火を跳び越えた。
 ま、さくらならよけるよな。
 胸の内でうそぶいた仙火が、たった今斬り上げた抜き身を引き戻して八相構えを成す。
 さくらが跳ぶことを察していたわけではない。ただ、剣を抜く以外の手で仕掛けてくることは察していた。そうさせるため、わざわざ先に受け手を見せたのだから。果たしてまんまとさくらを跳ばせておいて、鞘先を深く地へ潜り込ませて固定した寥を抜き打ったのだ。
 実の一条を隠す虚の濁りは俺の得意だ。生半な業なんざ当てさせるかよ。

 業を読まれた――いえ、押し流されましたね。
 やわらかな苔に転がり、衝撃を吸わせて立ち上がったさくらは、体内に押し詰まっていた緊張を息と共に吹き抜いた。
 さくらと同じく忍を母に持ち、業を受け継いでいる仙火だが、その性(さが)は剣士に大きく寄っている。しかし濁剣に開眼したことにより、業を技の内に生かす術を身につけつつあった。
 だからといって流され、飲み込まれるつもりはありませんよ。
 爪先で足場を探るを演じつつ、その実すでに見出していた苔の狭間へねじ入れて、見切られる程度に呼吸を乱して後、整える。仙火がわずかにでも侮ってくれれば御の字だ。
 これまでの私であれば、清の一条を隠すことに業を費やす、そればかりを考えたでしょう。でも、あなたとの稽古と仕合の中で、思い至ったことがあるのです。――剣を清(す)まそうとするからこそ、私は遅く、鈍くなる。
 今のさくらが清剣を為すには、心を澄ませて練り上げるための時間が要る。たとえその剣が一閃必殺であれ、整うまでに仲間や仙火へ多大な負担をかけることとなる。
 この立ち合いで見えるでしょうか。私というなまくらが目ざすべき清の剣筋は。

 踏み出した右足で雑木を蹴り、斜め前へ身を沈めたさくらが寥を抜き打った。繰られた羽断ちの軌道は、逆燕返し。
 仙火が前に置いた右脚の脛は打たれ、膝を叩かれたが、ダメージは防具で止まり、奥歯を噛むばかりで済んだ。
 最初っからよけるつもりもねぇよ。それよりいいのか、入ってるぜ。俺の間合に――!
 八相から斬り下ろした寥に含めたものは咆吼ならず、フォールバッシュである。刃ごと体を押し下げ、真下にあるさくらの背へ己が鬼気を込めて叩き落とす。
 これもまた、虚。
 背で見切ったさくらは、仙火の刃にまとわるように身を押し上げ、彼の顎に膝蹴りを突き上げた。
 当たらないことはわかっている。なぜならこれは仙火の誘いだからだ。さくらの身のこなしを抑えるフォールバッシュは見せ札。当てるよりもさくらを警戒させ、大きく回避させることで体勢を崩すための手だ。当然、返された後のことも想定しているはず。
 
 すかされた膝をゆるめ、畳んでいた脚を巡らせながら腰を捻る。鋭い弧を描いた縦蹴りが横へ逃がされた仙火の首筋へ食らいつき。
「――ぁ」
 息と共に気合が抜けて仙火の目が濁り、途端、色を取り戻し始める。生身でこれだけ打たれ強い、すでに一芸の域ですが。
 蹴り足を滑らせて仙火の首へ巻きつけ、肩へ跳び乗ったさくら。左手に抜き落とした散弾銃「バスターブリザード」の銃口を、自らの膝裏と仙火の首との隙間へ捻り込み――
 なまくらが清むや否やは弾に問いましょうか。
 ――引き金を絞った。
 声もなく、仙火が硬直した体をのけぞらせる。
 散弾によるゼロ距離からのジャックポット――回避も防御も不可能な一撃は、いかな訓練用の弱装弾であれシールドを撃ち砕き、内の仙火を昏倒させるだけの威力を発揮する。
 そのはずだったのに。
 仙火は自らを縛める脚をぎちりと抱え込み、体を捻りながら彼女を投げ落としたのだ。

 馬鹿な! とは思わなかった。痛感させられますね、仙火の硬さの程を。
 ここで言う硬さとはすなわち、苦痛への耐性を指す。そして耐性とは慣れであり、つまりは仙火がどれほど最前線で体を張り続けてきたものかということだ。
 しかも仙火の投げは、不知火の格闘術の応用だ。この拘束から抜け出るには、変化していく敵の手を正しい手順で解いていかなければならない。それができなければ、地へ叩きつけられたと同時にいくつかの関節をへし折られる。
 不知火の業であればこそ、私は反応せざるをえない。その間にあなたは、不可避の一条を叩き込むつもりでしょう。
 と。さくらは思い出す。業の達人たる仙火の母と試合った、いずれは仙火の補佐に就くのだろう麗人の言葉を。
 あなたは「仕掛けてこようとこまいと、どちらでもよかった」と言いましたね。相手の手に乗せられないために、乗らない。並の遣い手なら、言うばかりで行うことはできないものですが。
 私は、仙火がなにを仕掛けてこようとかまいませんよ。どちらでもではなく、どうでもいい。為すことを選ぶのは仙火ではなく、私です。

 さくらの脚関節を極めつつ投げ落とす仙火に、欠片ほどの余裕もなかった。
 くそ、指が痺れてもつれる。気合でなんとかしようなんざ思いつくもんじゃねぇな。
 立ち合いの行方を左右する“迅さ”でさくらに大きく劣る仙火だが、頑健さにおいては逆に、大きく勝っている。故に己を信じてさくらを誘い込み、ついには捕らえてみせたわけだが……代償は相応以上だったわけだ。
 それに、不知火の投げなら自動で解きに来るだろうって思ったんだけどな。むしろ取り合ってやらねぇって言われてる気がする。
 そして仙火は、いずれ己が補佐に就くのだろう幼なじみの言葉を思い出した。
 俺も今、同じこと考えてる。一歩退いて全部見通すのおまえの兵法とはちがうけどな。さくらが解きにきてもこなくてもどっちでもいい。俺は濁りを逆巻かせて飲み込むだけだ。

 さくらは背を地へ叩きつけられる寸前――上体を大きく跳ね上げた。
 バスターブリザードだ。
 仙火ではなく、さくらはその凶悪な二連の銃口を地面へ向け、ポイントショット。凄絶な反動を利してその身を引き起こしてみせたのだ。
 体勢を保った我が身を真上へ振り上げたさくらは、さらに高く寥を掲げて心を澄ます。
 なにをどうされようとどうでもいいことでした。あなたが私の体を揺るぎなく据える“台”として機能さえしてくれていれば。
 そして私の望みは叶いました。だからこそ私はただ、空(くう)なる一条を描くことを想いましょう。

 銃遣いが斬り合いの間合で虚を突くとか、地面撃った反動に乗って跳ねるとか、よく思いつくもんだぜ。不知火の俺より不知火らしいじゃねぇか。
 わずか先に描かれるだろう清まされた一条を幻(み)上げ、仙火は現状を確かめた。
 体にはさくらの両脚が巻きついており、手を放したところで振り落とせはしない。いや、ちがう。たとえさくらが解こうとも、仙火が解かせはしない。
 ここまで来てどっちでもいいとは言わねぇよ。だっておまえは本気で来るんだろう? だったら俺は本気で受けてやる。

 さくらの返した寥の峰が限りなく清んだ一条を描き、上向いた仙火の前頭を打つ。
 手応えはなかった。止められたのだ。仙火の背に灯った赤き幻翼、それが変じた金焔の守りに。
「……まさか、この状況すらも、あなたの誘導だったのですか?」
 仙火に両脚を抱え込まれ、峰を彼の頭上で燃え立つ焔へ食い込ませたままさくらが問い。
「そういうのは考えてなかった。いや、さくらが決めに来るんなら俺は受け止めてやるって、それだけは考えたけどな」
 さくらの脚を放して立たせてやって、仙火は猛然と彼女に詰め寄った。
「なんでもっと本気で来ねぇんだよ!? 銃も業もスキルも、おまえだったら射程生かしていくらでも駆け引きできたろうが!」
「本気でしたよ。ただ、あなたの濁に頼ることなく刃を清ます方法を模索していました……想像以上に難しくて、まるでうまくいきませんでしたけれど」
 仙火の暑苦しい面を指先で押し退け、さくらは低く告げる。
 押し退けられた仙火は恥じ入るばかりである。
 やり合いながらそんなこと考えてたのかよ……足りてねぇ。ぜんぜん、まったく!
 噛み締めた仙火はあらためてさくらへ向かい。
「俺は結局、型に落とし込んでうまく受けてやるってことしか考えてなかった。無手勝の濁りってのはもっとこう、そういうことじゃなくて」
 イメージを言葉に変換できず、もどかしく唸る仙火。
 さくらは薄笑み、すれ違い様仙火の肩へ手を置いた。
「互いの描く清濁へ届くため、精進あるのみですね。今日の勝負は預けておきます」
 残された仙火は目をしばたたかせて。
「……いやいや、今日は俺の勝ちだろ!?」
 あわてて後を追ったが、迷いなく吹き過ぎたさくらに追いつけようはずはなく、今日の勝負はうやむやのまま終わるのだ。


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2020年05月21日

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