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『その感情の名前は曖昧に』
不知火 楓la2790)&不知火 仙火la2785

 不知火 仙火(la2785)はまた一つ溜め息をつく。本末転倒にも暑いくらいの暖房がついていて結露することも、絞り出すように吐き出した呼吸で白く染まることもなくなった春の始まり。その窓硝子に薄ぼんやりと映るのは子供らしからぬ浮かない顔だ。室内でする遊びが好きなわけではない。本心では同じ歳の頃の子らがしているみたいに、野球だのサッカーだので遊びたい思いで一杯だ。ならば、何故そうしないか――体調は悪くない。留守も言付かっていない。そもそも忍として連綿とその血と技を受け継いできた旧家である不知火家では一族が皆同じ敷地内で生活しているので、その本家の跡取り息子たる仙火が一人ぼっちになることなんて有り得ない話だ。同世代の子も数人いる為、本来なら遊び相手に困らない。――と、その筈だったが。
「……何でなんだよ」
 むすっと唇を尖らせて呟く。遊びたいのに遊べない現状に対する不満は、一体誰に向ければいいものか。幼心に行き場のなさを感じる。強いていうなら、自身が生まれる少し前に終結した戦いだろうか。あれがなければ、仙火だって皆と一緒に遊べた筈なのだ。天魔の侵攻さえなければ天使を父に持つ自分が孤立することなんてきっとなかった。その一件がなければ、そもそも生まれることもなかった等という考えには思い至らない。不満をぶつけても仕方ないと口を噤み、時折外に出て遊んでいるように装う日々を送る。種族の違いなど無関係に仲睦まじい両親は勿論、元は師匠であっただけの者が外から当主の伴侶になって、あまつさえ、その本性は天使という状況に置かれた一族の人間も、名前が売れているだけに仙火が人間と天使のハーフと知っていて、遠ざけたがる親の心理も――幼いゆえに理屈までは分からないが、肌で感じ取って誰も悪くないと考える。それだけに仲良くしてと声を掛けるのも躊躇われるのだ。すると、結果的に一人でいる時間が増える。と。
「やあ仙火。今日はやっぱり部屋にいるんだね」
 そう言い姿を見せたのは不知火 楓(la2790)だった。本家筋の仙火と末端に位置する彼女は本来おいそれとは近付けないのだが、お互いの親が付き合いの長い兄妹分ということもあって、何処に行くのも大体一緒の仙火にとっては、唯一親友と呼べる相手でもあった。仙火が「お前は俺のことが怖くないのか?」と訊いても、あっけらかんとして「どうして?」と聞き返してきた彼女だ。それどころか楓も本心ではどう思っているのか分からないと恐怖に駆られてこのところ様子がおかしかった訳を知って、呆れた後に説教までもされた。楓は何があっても自分を見てくれると確信した出来事だった。
「何しに来たんだよ」
 いつもなら喜色を浮かべて、何をして遊ぶか話し始めるところだが、今日の仙火は気持ちがささくれだっていた。今日今頃には父親に剣の稽古をつけてもらう予定だったのが、急遽外せない用事が出来たという理由で反故にされ、楽しみだった分、その揺り返しが酷かった。どうしようもないと分かってはいても、癇癪を起こしたくなる程にショックで、何かをして遊ぶのは勿論、不貞寝するのも出来ないくらいだった。じっと睨むようにして言うと、彼女から顔を背ける。窓辺に行儀悪く片足を乗せて座っているので後ろを向くことは難しかった。冷たい返しなどお構いなしに、部屋に入ってきたときと同様楓は無遠慮に中まで踏み込んでくる。その距離感は嫌じゃない。ただ今はそっとしておいてほしかった。
「何って勿論遊びにだよ。さあ今日は何にしようか。キャッチボール? それとも裏山にでも行く?」
「行かない」
 いつもの調子で接してくる楓に仙火はにべもなく断る。その短いやり取りのうちに彼女はすぐ側にまで来ていた。八つ当たりしてしまいそうなのを堪え、心配されるか気まずくなるかの二択で家の中に行く宛もないのに、楓の横をすり抜けていこうかとさえも考え出す。と、思索に耽る仙火の頬を自分のものより少しだけ小さい手がぎゅっと包み込んでくる。そうして強引に、だが痛みはなく目と目を合わせられた。名前通り鮮やかに紅葉した楓色の瞳に息を飲む。
「僕が君を楽しませてあげるよ。あの人の代わりは出来ないけど、ずっと隣にいることは出来るから」
 だからね、と楓は大人みたいな顔をして笑う。
「僕と一緒に遊ぼうよ」
 顔が近付けば視界一杯に楓の目が映って、差し込む光を受けて宝石みたいにきらきらと輝くそこに薄ぼんやりと間抜け面の自分の顔が小さく見えた。もう目は逸らせない。微かに頷き首肯するとやっと楓は離れていった。満足げに笑みが深まり、差し伸べられる手を仙火は掴む。楓には敵わないと新たな確信を得た瞬間だった。

 という経緯で不知火家の敷地内にある広場のような場所に二人はやってきた。声は聞こえないが一族の誰かが通り過ぎる際に横目で見つつ小声で話している気配を感じて居心地が悪い。どうして人間と天使の子供というだけで遠ざけられなければいけないのか。頭の片隅にちらつく答えのない問いは楓が掻き消してくれる。
「あっ……」
 そんな声が聞こえたのは、楽しく笑いながら、ぎりぎり足が入る程度の大きさのけんけんぱで遊んでいたときだった。横を通り過ぎようとしていた二人と同い年の子が不意に吹いた突風に手に持っていた紙を巻き上げられる。そしてそれは、近くの木の生い茂る葉の中に物の見事に挟まってしまった。その後二人に気付いたようで、目が合うとびくりと肩を震わせる。中々失礼な反応だと思っている間にも、楓は彼の元に歩み寄っていく。
「あれ僕が取ってこようか」
「おい、楓」
「全然平気だって。僕のほうが木登り得意だし」
 ねっ、と振り返り言われると事実なので返答に窮する。いけるいけると楓は軽過ぎて説得力のないトーンで安請け合いし、仙火が止める間もなくその木に向かう。そして、器用にするすると登り始めた。ただその紙――後で聞いた話によると友達に貰った似顔絵だったのだとか――は枝の先端部に引っ掛かっていて幹から上半身を離し、ぎりぎりまで手を伸ばす必要があった。楓は大人より短い腕を懸命に伸ばして、指先が紙を僅かに掠めた。と同時に稽古のときは絶妙なバランス感覚を発揮する身体が傾ぐ。あ、と短く呟いたのは自分か楓か――真下にいた仙火はどうにか楓を受け止めようと試みた。そして――。

 ◆◇◆

「――ナイスキャッチ」
 自分もまさか足を踏み外すと思わず、反応が遅れ受身が間に合わないと背筋をヒヤリとさせた矢先、木の真下に立っていたらしい仙火が身体を受け止めてくれた。精悍な顔に浮かぶのは昔と変わらない焦りと心配の色で、楓は思わずその姿勢のままぼんやりと見返してしまった。十年かもっと前に一度だけあった出来事がふと、記憶の片隅から引き出されて懐かしい気分で一杯になる。
「間に合ってよかったぜ……しかし大丈夫か? どっか痛いとこは?」
「ううん、大丈夫だよ。だから、その……そろそろ下ろしてくれると、ありがたいかな」
「……え? ああ、そうだな!」
 声が大きいと指摘しようと思ったが、藪蛇になる気がしたのでやめておいた。所謂お姫様抱っこをしたまま会話していたのは深く考えずともシュール極まりない。仙火が膝裏に回していた腕を下げ、やっと地面に足をつける。それでも背を支える辺り相変わらず律儀というか過保護というか――まあ彼の場合性格が変わったよりも、心構えに変化が起きたというほうが正しいので、変わらないのが当然とは思う。彼のお陰で汚れず済んだので、乱れた狩衣の裾を軽く整えるだけに留める。そうやって再び頭上を仰げば、まるで心配をしているように、巣箱から鳥が顔を覗かせているのが見えた。
「お前本当に酒とパフェのこととなると見境なくなるよなあ」
「……それは褒め言葉として受け取っておけばいいのかな?」
「お前のそういうとこ、嫌いじゃねえけど、今はちげえんだよな」
 どうやら褒め言葉ではないらしい。いや、言われる前から分かっていたことだったが。肩を竦めてみせれば、仙火は呆れたように息をついた。
 並行世界を渡れる天使の力を使ってきたのだから、技術格差があっても並行世界の一種なのだろう。ここでも久遠ヶ原学園は茨城県の人工島に位置しており、小学校から大学院まであるのも世界の脅威に対抗する技術を身につける為の場所というのも一致している。しかし、将来のライセンサーの為にと設けられた学部も人が足りていないところが多い。そしてどこで聞いたのか、楓は面識のない生物学部の学生からこの広大な学園内に点在している鳥の巣箱の調査を依頼され、本当なら了承する筈ないのだが報酬が何だかんだ用事があった為に食べそびれた期間限定のパフェである。何でも身内にその店の経営者がいるという職権乱用した釣り餌だ。戦況を鑑みるに数年は要するだろうが、世界が平和になって、今年元の世界に戻る可能性もゼロではない。食べれるうちに食べるのがいいと思い、引き受けた結果がこれだ。
「やれやれ。またとんでもない目に遭わせちゃってごめんね。昔は得意だったしいけると思ったんだけど、流石にこの身長と格好じゃ難しかったかな。無精せず脚立を借りてくればよかった」
「俺がお前を探してずっと歩き回ってたからよかったものの、もしも俺のいないところで落ちてたらと思うと、ぞっとするぜ……ん? またってどういう意味なんだ?」
 まあこれが最後で、調査といっても中にある小鳥の卵をチェックするだけだったので、もう借りに行かなくてもいい。木の幹に立てかけたクリアフォルダーを拾い上げて、一番下の項目に数字を書き入れた。疑問を抱き唇を真一文字にする仙火に軽く目配せして歩き出せば、彼も隣に並んで、同じ歩幅で進む。背の高さに差が開き始めても彼が楓を置いていったことは一度もない。少しだけ焦らすように間を置いて、その疑問に回答する。
「僕たちが子供の頃の話だよ。さっきみたいに僕が木から落ちて、そこを君が助けてくれた。確か、誰かの紙が引っかかってて、頼まれてもないのに得意げになってしたら、って感じだった気がする。本当ちっちゃい頃で、僕ら背格好が同じだったから、君は翼を具現化して浮いてどうにか勢いを殺してくれてね。格好良かった」
「……全っ然覚えてねえ」
 思い出せないのがもどかしいらしく、善行をしたというのに横目で見ると顰めっ面だった。いちいち覚えていないのも仙火らしい。彼の優しさはいつも無意識だ。だから余計に自分の性格も低く見てしまう。中々面倒臭くて、しかし嫌いじゃない一面。ふっと笑い声を零す。
「人前なのに全然迷わなかったことが、僕は本当に嬉しかったよ。駆けつけた大人に俺のせいだっていって嘘をついて、庇おうとしたことは今でも根に持ってるけどさ」
 これは楓が勝手に考えていることで、それが真実とは限らない。ただ親同士の仲がいいのは所詮はきっかけに過ぎず、いずれ父らと同様に当主と補佐役として唯一無二の関係を築きたいと思ったのは互いの魂に触れたからだ。しかし人間性を知るだけの交流を持った理由は、彼には自分しかいなかったから――それが尾を引いている為に仙火は過保護なのだ。信頼と依存の天秤は今は信頼に傾いているが、今後どうなるかは分からずにいる。
「そんだけお前が大事だってことだろ、結局は。まあ、その辺はどうでもいいとして――」
 この場合のどうでもいいはわざわざ気に留める必要もないくらい当たり前という意味だ。実際何事もなかったかのような表情になった仙火が不意に楓の後頭部に触れた。天然たらしの優しい彼が時折雑な扱いをするのも多分今は自分にだけ。緩む唇を意図して固く引き締めた。
「昨日の夜話してたんだけどな、一つでも擦り傷をつけれたら、とっておきの銘酒を分けてくれるっていう話になったんだよ。だからなあ、一緒にやろうぜ。一対一とは言ってなかったし、お前なら乗ってくれるだろ」
 酒の為ならやるという意味か、共闘相手に相応しいという意味か、単に訊くまでもないという意味か――何だっていい。仙火が自分を見て笑いかけてくれるのなら、他には何もいらない。足りない言葉の余白を正確に汲み取り、楓は頷いた。
「君の背中は任せてよ」
 戦うときはいつまでもずっとそうし続けるから。足りない部分を補い合いつつ、これからも二人は共に往く。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
仙火くんと楓さんの二人でおまかせノベルだったら
幼少期のエピソードを書きたい! という気持ちで
一杯だったので元から結構ボーイッシュなところも
ある楓さんと、彼女が唯一の親友という仙火くんの
過去の出来事を勝手に色々と妄想してみた次第です。
昔は楓さんがぐいぐい仙火くんを引っ張っていたけれど
今、というか最近は逆になることも多々あるのかなあと。
感情はどうであれ、最終的には寄り添っていてほしいと
思う二人です。一応この話では何とでも取れる形ですね。
今回も本当にありがとうございました!
おまかせノベル -
りや クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年05月22日

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