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『これからこの街は変わるのよ。風に言葉は流れていく。』
Uisca=S=Amhranka0754

 今日は風が強く吹いていた。砕かれた瓦礫から出た宙に舞う粉塵を人々は避けるために、目を細め口に手を当てていた。
 暴食王との決戦から数日後の帝都。彼は帝都中央から逃げ出そうとして外へ向けて走った。巨体を引きずる彼の逃避行は建物の破壊を伴っておりその道行にあった建物はことごとく破壊されている。
 相手が暴食王ともなれば、討伐後も戦場には大幅なマテリアルの乱れが残るに思われたが、戦後に行われた浄化作業でそれはすっかり均されていた。
 帝都外に避難していた帝国民も帰還をしており、瓦礫の山から日常を再開しようともがいている。
 これで終わりではない。これからなのだ。
 そして、終わったのは暴食王ばかりではなかった。
「アラベラさん!」
 瓦礫の中を、帝都ではあまり見ないゆったりとした服のエルフの少女が駆けていく。
「あら、Uiscaじゃありませんか」
 呼びかけに答えるのは大きな瓦礫を槍で粉砕している女騎士だった。
「ご無事、なんですよね……?」
 エルフの少女、Uisca=S=Amhran(ka0754)はじっくりとアラベラを観察しマテリアルが乱れたり弱体化したりしていないか確認する。
「もちろんですとも」
 絶火の騎士にして英霊のアラベラ・クララ(kz0250)は、当然だとばかりに胸をはる。
「妾、忠誠を誓ったわけではありませんから!」
 その言葉は騎士としては問題かもしれないが、アラベラらしくはあるだろう。
 暴食王が倒された後、ほとんどの絶火の騎士が消滅した。それは彼らが忠誠を誓い同じく英霊となっていたものが消滅したことに起因する連鎖反応なのだが、アラベラは基本忠義とは無関係なのでそれを免れていたのだった。
「もしや心配してくださったのですか? ふふ、これは照れますね」
 まんざらでもないというアラベラだか、Uiscaは安堵のために深く息を吐いた。
「当たり前なのです。何も言わずにそのままお別れなんて寂しいじゃないですか」
「むむっ」
 アラベラは自分の軽薄さがUiscaの真心に釣り合っていないことを悟った。
「……ありがとうUisca。この通り妾は無事ですよ」
 持っていた槍を掲げて元気さを彼女はアピールする。
 アラベラは倒壊した建物の瓦礫撤去の手伝いをしていた。魔導アーマーでは大げさすぎるが非覚醒者では処理できない瓦礫を砕いたり移動させたりしている。
 Uiscaも決戦後のマテリアルの乱れの確認や、作業中に怪我をした人の手当てなどで帝都を見て回っていたのだ。
「私もお手伝いしますよ」
「大丈夫ですよ。この辺の作業は終わったので、他の助けの必要なところに移動です」
「私も付いて行ってもいいでしょうか?」
「もちろんです。妾から誘おうと思っていたところですもの」
 二人は連れ立って帝都を歩いた。

「以前白鯨と戦った時に凹んだ盾はどうなりましたか?」
「ふふん、ぐわっとリニューアルしたのです。……戦いといえば、Uiscaは暴食王と戦ったのですか?」
「いえ。私は参加はしていないのです」
「暴食王との休戦がどうとかの投票に行くところは見かけたと思ったのですけれど……」
 ならばなぜ? とアラベラが視線で問いかけた。
「私は休戦に賛成したのです」
「それはまた、どうして?」
「休戦を提案したのは暴食王の方です。であるのなら、相手は戦う気がないのでしょう。そういう相手と戦いを望むのは戦いを楽しんでいるだけでは、と思うのです」
「歪虚も人間も一筋縄では行きませんね」
 なまじ自意識と思考を持ち合わせてしまったがためにただ敵を滅ぼすことも滅びることもできない。利益や因縁が絡み合って話し合いが出口を探っている。
「それに、雑魔がこの世界に自然発生するというのならそれだってこの世界の一部です。私は……人と歪虚が共存できる日が来ることを祈っているのです」
 だがしかし、暴食王の討伐をハンターは投票の結果選び取り、それを成し遂げた。帝都民はあらかじめ避難していたが、帝都には大きな破壊の爪痕が残っている。
 ぐしゃり、と魔導アーマーが再建不可能になった建物を壊す音が聞こえた。
 これが戦いの傷口だ。この今は瓦礫だったところに住んでいた人たちはまた生活を立て直す努力を必要とする。
「ですが、Uisca。反対しながらも戦うという選択もあったのでは? あなたは守護者だ。その大きな力は戦局を変えるでしょう」
 大きな力でもっと早くに敵を討伐していれば帝都の被害を抑えられただろう、とアラベラは考える。
「だからこそ力を使いたくないと思う時もあるのです。力が不要だとは言いません。ですが、力があるからこそ使い方を見極めたいのです。今は──、今までの世界は守護者の力が必要な世界でした。この世界は歪虚と争ってきたのです。であるならば、今までと同じやり方をしていては……同じことを繰り返すだけではないでしょうか?」
 争いの繰り返し。憎しみが罪ではなく人に向く世界。憎しみを晴らしてしまえば今度はその人が憎しみを買う、永久機関に似た業が漣のように寄せては返す終わらない連鎖反応。
「しかし、それでもって続いてきたのがこの世界です」
 そしてあなたもその世界に産まれてきたのですよ──、とアラベラは続けた。
「アラベラさんは、私が祈る世界をどう思いますか?」
 人が英雄を望み、ついには英霊にまでなったアラベラはそんな世界にこそ生きていて、おそらくそんな世界だからこそ活き活きとしていたのだ。だとすれば、平和から最も遠い生き方をしていたと言える。
 でも、彼女はUiscaの祈りに反発はしなかった。
「いいのではないですか? もしそんな日が訪れたら人類にとって最も革新的な日です。妾、新しいもの大好きですから」
 ──だって、とても目立ちますもの。
「話を聞くに!」
 アラベラはひょいっと瓦礫に飛び乗って彼方を見やった。
「北には人類の隣人たる歪虚がいるそうですね」
 その白髪の女騎士とはUiscaは直接面識があった。
「ならば、妾も妾なりに人類の行く末を見届けましょう。ほら、記録とか書いて」
「歴史書、ということですか?」
「そうです。妾たちのついた嘘が歴史に残ったこともありましたし。コネクションもありますし」
 歴史書に隠された真実をアラベラは知っていて言わなかった。
「槍を振るう時代でもなくなりそうですし、ペンを握ってみようかと。どっちも先がとんがっているので似たようなものです」
「あの……嘘を書いてはいけませんよ?」
「それは難しい話です。妾、お勉強って苦手なんです。だって退屈なんですもの。冒険小説の方が心躍るじゃありませんか。そっちの方がいいに決まっているのです。……なので!」
 挑戦的な目をアラベラはUiscaに向ける。
「真実の方が素晴らしい世界になることを妾は望みます」

 戦いが続いた世界からすれば、穏やかで平和な日々とはどれほど奇跡に近いか。
 それがどれほど驚異であるか。

「すべてを愛す慈愛の心を持ちて……」

 美しくて善い、愛に満ちた日々を。
 日が沈み、終わっていく今日をその道程の日々とするかは結局生きている者次第だ。
 人類は勝利した。あの日終わったかもしれない未来を生きている。

「そのために私たちは考え、あらゆる苦難を歩んできたのですから」
「英霊となった今は長生きでもしてみようと思うのですよ。……楽しみもできましたからね」


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2020年05月25日

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