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『イニシアチブ』
桃李la3954


 鉄の臭いと、空気に触れた体液特有の生臭さ、そして痛みを感じる。その不快感で目を覚ました桃李(la3954)は、自分の衣服がじっとりと濡れていることに気付いて顔をしかめた。
(ああ……ヘマしちゃったなぁ)
 思わず舌打ちが出る。彼にしては非常に珍しいことだが、イマジナリーシールドを解除したタイミングで敵の不意打ちを許し、深手を負った。最後の記憶に残っている場所とは違う。恐らく、何者かにここまで運ばれたのだろう。身体を起こそうとすると、傷が痛んだ。
「痛……っ」
 どうやら、服が濡れているのは出血らしかった。身軽な戦い方を得意としているが、これではいつも通りの身のこなしは難しそうだ。
(流石にこの怪我じゃ、多数相手の戦闘は難しいか……。どうしようかなぁ)
 ここは敵陣。単身での脱出は難しい。もっとも、この出血なら、道中に痕跡が残る筈なので、SALFはすぐ桃李を見つけるだろう。
 けれど、
(このまま何もしないで脱出するのは面白くないし……)
 何か、敵の情報を持って帰りたい。救出をただ待つだけのお荷物にはなりたくない。
 上着に付いた血は乾き始めていて、起き上がると、固まった布がバリバリと音を立てた。自分の持ち物を確認して、気に入りの鉄扇がないことに気付く。
(取り返さなきゃ……)
 自分が寝かされているのは、どうやら治療をする部屋らしかった。棚に薬瓶が並び、アルコール脱脂綿の箱が置いてある。拘束はされていなかった。死なれては困ると思ったのか、傷には簡単な手当がされている。だが、動き回れば傷が開くことは明らかだ。羽織っていた着物は、入り口横の棚へ無造作に引っ掛けてある。
 桃李はゆっくりとベッドから起き上がった。
「い……」
 それでも、動けないほどじゃない。彼はゆっくりと着物を取ると、羽織って部屋を出て行った。


 何も知らない者が見えれば、桃李の動きは怪我をする前とさほど変わらなかっただろう。喩え本人が多数相手の戦闘を避けたいと思っていても。
 隠すのが上手いと言うのもあるが、それ以上に弱みを見せたくない意識が大きい。
 多数相手は避けたい。だから、見張りは各個撃破だ。物音を立てて、おびき寄せたところで急所へハイフォースを叩き込む。生死は知らない。知ったことではない。今の桃李はやや機嫌が悪かった。
(誰かの目のあるところで倒れるなんて絶対嫌だったのに……)
 おまけに囚われの身だ。「対価」でも頂かないと割に合わない。
 倒れた見張りの持ち物を探ると端末があった。施設内のマップも入っている。拝借して、情報がありそうな部屋を探した。この端末も、持ち帰れば情報になるだろう。
(でも他にもう少し欲しいな……詰所。ここなら何かあるかな)
 問題は何人いるか、だが。
「いて……」
 立ち上がると傷が痛んだ。だが、動けないほどではない。桃李は再び足音を殺して詰所に向かった。


 さて、詰所には二人の見張りがいた。何やら笑いながら話をしている。背の高い男の使い道を。顔も綺麗でスタイルも良い。使い道はたくさんある。下卑な笑い声が聞こえた。
(俺のことか)
 それでなくても斜めになっていた桃李の機嫌が更に悪くなった。
 あれに言う事を聞かせるのはさぞや気分が良いだろう。立っていても寝ていても。その言葉に、彼は目を細めた。
(好きに出来ると思わないで欲しいな)
 そっと覗くと、一人が自分の鉄扇を持っているのが見えた。桃李は目を細めて、詰所に向かってレールガンを撃ち放つ。詰所の窓ガラスが割れて、悲鳴が上がった。すかさず中に押し入る。転んだ方にはハイフォース最後の一発を食らわせた。生死は知らない。知ったことではない。
 まだ動けるもう一人が、応援を呼ぼうと無線を取った手を捻り上げる。もう片手にはまだ鉄扇があった。
「ソレ、返してもらえるかな? 気に入ってるんだ」
 自分の立場がわかっているのかと相手は喚いた。お前は人質、囚われの身だと。
「いやいや、俺を人質に取ったって君達の有利に事が運ぶ事は無いからね?」
 更に無理な方へねじ上げた。相手の口から汚い絶叫が上がる。やれやれ、肉声で人が駆けつけるのも時間の問題か。流石に囲まれるのはまずい。
 手を離すと、相手は鉄扇を取り落とした。桃李はそれを拾おうとしてかがみ込む。その時、傷に相手の蹴りが叩き込まれた。
「──!」
 なけなしのイマジナリーシールドを張っていたおかげで助かった。そうだ、相手は桃李をここへ運んだわけだから、どこに怪我を負っているかも知っているのだ。相手が無線で仲間を呼んでいるのが聞こえる。
(逃げなきゃ)
 シールドの残量も危うい。幸い、情報としては見張りから奪った端末がある。桃李は詰所を飛び出した。出口の方に向かって行くと……他の見張りと鉢合わせる。
 大人しく元の部屋に戻ってもらう。相手はそう言った。その後ろから来た人影を見て、桃李は思わず頬を緩めた。何がおかしい、と相手が声を荒げたその時、

 背後から炎が吹き付けられた。
 悲鳴が上がる。その炎は、桃李も巻き込んだけれど、彼は髪の毛一本だって燃えやしなかった。
 セイントの使うフレイムロードだ。

「怪我した一人を囲んで弱いものいじめですか? ご立派ですねぇ。地獄に落ちろ」
 グスターヴァス(lz0124)が、大きなメイスを持って立っていた。
「ああ、だから言ったのになぁ」
 俺を人質に取ったって、君たちの有利に事が運ぶ事はないって。
 それはすなわち、この頭のネジが取れたライセンサーが駆けつけると言う事なのだから。
 グスターヴァスは桃李を見ると、
「桃李さん! ご無事で何より……って、あらやだお怪我されてるじゃないですか! いや現場に血痕あったからそうかなって思いましたけど」
「ああ、大したことないから気にしないで。それより、早かったね」
「がんばりました。さ、逃げましょ。応援も来ます」
「そうだね」
 グスターヴァスが伸ばした手を取って、桃李は倒れた見張りの上を飛び越えた。
 振り向きざまに、咲き乱れる赤を放つ。お手本通りに燃え上がった炎を見て、桃李の機嫌は少し良くなった。
「おぶってあげます」
「大丈夫だよ」
 向こうから、SALFの制服を着たライセンサーたちが走って来るのが見える。
 助かった。それは口には出さなかったけど、桃李は人心地ついて息を吐く。
 グスターヴァスがあまりにも心配するので、
「じゃあ、グスターヴァスくんの好きにして良いよ」
 と言うと、彼は桃李を横抱きにしてキャリアーに連れて行った。念のため手配していた医師が待機しており、桃李は「対人なら手術まで」とうたわれるFS-10の処置室できちんとした手当を受けた。やはり、動いたせいで悪化したようである。
「寝てて良いですよ」
「ありがとう。あ、そうだ、グスターヴァスくん、これ」
 桃李は端末をグスターヴァスに差し出した。
「見張りの子からもらった端末」
「あらやだ、すごい情報じゃないですか! SALFには桃李さんが持って来たって伝えときますね」
「うん。よろしくねぇ……」
 端末が手から離れると、あくびが出た。一気に眠気が襲ってくる。鎮痛剤の効果もあるだろう。
「じゃあ、俺ちょっと眠らせてもらうね……おやすみ……」
「はい、おやすみなさい」
 部屋の電気が消され、ドアが閉まった。残されたのは桃李の呼吸で、それもすぐに寝息と呼ばれるもの変わった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
こんにちは三田村です。ご発注ありがとうございました。
痛みだとか機嫌の悪さみたいな不快感を描写するのが結構好きなので、ちょっとそこが強く出てしまったかもしれませんが、ピンチと言うシチュエーションならではかな、と思って描写させて頂きました。
それにしても桃李さんも人間だったんだなぁ……と変な方向にしみじみしてしまいました。
またご縁がありましたらよろしくお願いします。
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三田村 薫 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年05月25日

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