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『愛は知らずとも好は知る故に』
ロベルla2857

 ――絶対に守りたいんです。誰も死なせずナイトメアを全滅させる。その為なら私は何でもします。弱い私にだって出来る事はある筈だと――。
 SALFに持ち込まれた任務は本部の掲示板へと貼り出され、必要な人員が揃うと作戦会議が行なわれる。参加するライセンサー全員で一から方針を決めるのが原則だ。勿論地形や編成の関係で殆ど選択肢がない場合もあるが。即席のチームを作る上で多少なりとも味方の人柄を把握する、そして、結束を高める意味があるのだろう。ロベル(la2857)は率直にいって、任務に熱心な方では無い。基本は面倒臭がりで、時折同じ所で顔を合わせる程度の面識が丁度いいと思う。任務中、行動を共にする事になる相手は出身も性格も様々だ。中にはまるで物語のヒーローのような正義感に溢れた人間もいる。ロベルは適当に生き、適当に逝く為の手段として所属したに過ぎないが、己と価値観が違うと思う程度で嫌悪感は無い。率直にいえばどうだっていいのだ。とっくの昔にロベルの中では自分という生物の在り方は決まっていて、今更変わる事など有り得ないから。ただその少女の眼差しは照明を浴びて眩しく光り輝いていた。それが何となく、頭に残った。
 そうして自己紹介の際に大言壮語とも取れる決意を表明した彼女は今は地面に倒れていた。その周囲には致命傷に繋がる程では無いにしろ、血溜まりが広がってはじわじわと隙間に染み込んでいく。その光景をロベルは息を切らして、振り返り見下ろすだけだ。散発的に押し寄せる群れを殲滅するので現状は手一杯だ。ここで少女を動かす、ましてや誰かが抜けて警官らが待機する安全な場所に運ぶなんてとんでも無い話である。人数が欠ければ、忽ちに全員が苦境に陥る事だろう。他の味方もそうだろうが、ロベルとて誰かを見殺しになどしたくない。しかしここで自分たちが崩れれば警官、更に一般人も危険な目に遭う。それこそ起こしてはならない事だ。どうにか息を整え雑に口の周りを手の甲で拭う。見れば口紅のように、薄く朱が引いていた。唇の内側を切っただけで内臓はやられていない。己の身体に視線を落としてみても、擦り傷や切り傷が散らばっている程度で反応は鈍っているが、持ち堪えるには充分。ぞんざいに地面に擦り付けていた切っ先を持ち上げ、長身のロベル自身を上回る大きさのツヴァイヘンダーを握り込む。銀に鈍く光る先端の向こうに、近付いてくるナイトメアの影が見えた。
「やれやれ。難儀なもんだね」
 ギリギリの戦いになると一体誰が想像したか。煙草を吸うのは全てが片付いた後にするとして、さてこの状況をどう乗り切っていくか。長生きしたいとは思わないが、今終わるのは勘弁願いたいところ。だから精一杯足掻いてみせるさと笑う。
 現れたのはゾンビの集団だ。だが本来は腕であるべき箇所に脚が生えているなど、溢れ出る出来損ない感は人に似ていると躊躇させる事も無い。動きは例に漏れず鈍重だが見事に足並みが揃っているのが厄介だ。高速道路の東西二方向からロベル達がいる所へと誘導されて、ロベルのほうは三名、もう片側が四名で別々に迎え撃つ。意識を失った少女が襲われないように前に進み出た。大剣の重量を活かし半ば叩きつけるようにそれを振り下ろす。脳天にヒットし、潰れて両断されていった。用が済んだ時点で引き抜くと、刀身を盾代わりに異様に伸びた爪での一撃を受け止めて、よろめいたところを斜めに斬り捨てる。続いて固まっている連中に両手で握り締めた大剣で横薙ぎに一閃。そうして自分の周りに集まった敵を片付けると、今まさに襲われかけている味方の前に強引に割り込んだ。
(身を呈して誰かを守る――なんて俺の柄じゃないがね)
 己を防壁に人を庇うのはそれこそ背後の少女の性分だ。自らを弱いと語る彼女なりの戦い方――ロベルとて余り仕事に熱心な方では無いので強いと自負は出来ないが、それで本人が大怪我を負うなら本末転倒と言わざるを得ない。しかし行動に躊躇は無かった。
「あっ、ありがとうございます!」
「礼はいいから、協力してとっとと片付けるとしようか」
 はい、と頷く少年に目配せし頷いてみせると、ロベルは味方をカバーするように心掛けて動く。ツヴァイヘンダーを振り回すのに合わせて風圧で髪とペンダントが揺れた。そうして何分戦っただろうか。想像力が生んだ刃で全て薙ぎ払い、大きく息をつくとロベルは逆側の戦闘が丁度終わるところなのを確め、更にこの街のシンボルである、最も高いビルを振り仰ぐ。その屋上で光が点滅している。それが予め決められたナイトメア殲滅のシグナルだった。一瞬気が緩んで、しかしそんな場合では無いと、ロベルは倒れた少女の元に歩み寄った。セイントに出来るのは所詮はシールドの修復だ。それを貫通し肉体に通った傷の治療は出来ない。ロベルは自分のシャツやジャケットが汚れる事を厭わず、止血を施し、仲間に応援を呼ぶようにと頼んだ。誰も彼もぼろぼろだ。しかし皆生きている。彼女が庇わなければ誰かが死んだのか、むしろこれが最悪の結果だったか――所詮は結果論でたらればを考えても何一つ意味はない。それならば。
「無事生き延びただけ良しとするかね」
 とりあえずそれだけ思っていればいいとロベルは懐にある煙草の箱を緩く握り締めた。辺りには誰もおらず静まり返っていて、だが平和を取り戻した証でもある。そこでようやく片がついた実感が生まれた。

「おっ、お目覚めかい?」
「あれ、私……」
 頬杖をつき見守るその側で、ベッドに横たわる少女が呟くと瞬きを繰り返す。寝台に手をつき、身体に残る痛みに怯みながら何とか起きあがる一部始終をロベルは黙って見つめていた。
「さっきまで他の人も居たんだけどね。俺が一番、怪我の程度が浅かったから、治療に行ってもらったよ。いつ目が覚めるのかも分からなかったしね」
「ごめんなさい」
 説明を聞いているのか否か、唐突に少女は蚊の鳴くような声で言い、俯いた。それをただ普段通り瞬きをしつつ見つめて気の利いた言葉を探す。面倒事は可能な限り避けたい。しかしどうも自分はお節介な性格のようだ。彼女に恋愛感情を抱いたわけでは無い。では人として好きかと問われれば、それを判断出来るだけの材料が無いと答えるだろう。それに、直ぐにでもこの仕事を辞めてしまいそうだ。戦いの姿勢も合わない。それでも――その弱い光を悪くないと思う自分がいる。
「自分でやった事を後悔してないなら、謝るもんじゃないと思うがね……疲れたら腹を膨らませるといい。と言っても怪我人に食べさせられるのはお粥くらいのもんだが」
 視線でベッド脇のテーブルを示せば、今にも泣き出しそうな少女は顔を上げ、そこに置かれた土鍋を見た。結構眠っていた為お腹が空いているらしく、鍋敷きごと手に取り膝の上に置くと蓋を開く。
「何の捻りもない卵粥で悪いけどまあ、味は保証出来るよ」
 ロベルの手料理とは思わなかったようで大口を開けた後、戴きますと手を合わせて彼女は一匙掬い口に運ぶ。
「……美味しい」
「そうかい。それは良かった」
 料理は一応の趣味だが、自分の為に作るのも味気ないので、どうせ作るなら誰かに食べて貰うのがいい。涙をぽろぽろと流しながら笑う少女に掛けてやれる言葉は何もないが、いっときだけ気を紛らわせる程度の存在がいい。ただ無言で過ぎ去る時間は殊の外、心地良いものだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
申し訳程度でも戦闘シーンを書いてみたかったのと
ロベルさんの人と接するときの微妙な距離感だとか、
料理を誰かに食べてもらうのが好きだという一面も
人間が好きとか嫌いだとか、どちらか一方にだけに
振り切っていない感じがしていいなと思うところなので
その辺りを意識して描ければと、今回欲張ってみました。
とはいえ、確固として揺らがない部分もあるわけですし
そこはコレジャナイ感が出ないよう意識したつもりです。
スマートな男性が大剣を振り回す格好良さをもっと
上手く書きたかったんですが力及ばず。精進します!
今回も本当にありがとうございました!
おまかせノベル -
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グロリアスドライヴ
2020年05月25日

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