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『掬い救う選択肢』
白神 凪la0559

 テーブル席に腰を掛け、白神 凪(la0559)は目の前にあるスープを見やる。その利き手に握られているのは、悪魔を殺す拳銃ではなく匙だ。
 熱いスープを一口その匙で掬い、彼は口元まで運んだ。以前食べた時と変わらぬ美味しさが、凪の舌を楽しませる。
 この店に凪が訪れたのは、今日が初めての事ではない。自らがまとめている情報にも、しっかりとこの店については記してあった。
(やはり美味いな……)
 突然別の世界に迷い込んでしまった困惑は依然として完全に拭えるものではないが、この世界の食事が元の世界とそう差異はない事は幸運だったと凪は思う。食への関心は、生き延びる事へのモチベーションに繋がる。日々の糧は、なるべく美味い方が良い。
 それに、何より凪は食べる事が好きだった。こうして仕事の合間に食べ歩きをし、情報をまとめ、気に入った店に再び足を運んでしまう程度には。

 ◆

 食事を終え、凪は立ち上がる。レジで対応してくれた店員は、業務的なやり取りをした後、何かを言いたげに凪の方をじっと見つめてきた。
「あの……」
 恐る恐るそう口にした店員が、どこか緊張しているように見えて凪は内心首を傾げる。
 何かしてしまっただろうか。自分の目付きが、鋭い自覚はある。注文の時の凪のぶっきらぼうな態度に、思う事があったのかもしれない。
(怖がらせたのか? 悪い事をしてしまったな)
 胸中で反省しながら、凪は急かす事なく彼女の言葉の続きを待つ。
「先日も、店にきてくださいましたよね」
 しかし、凪の予想に反し、次いで彼女の口から溢れた声に怯えの色はなかった。
 むしろ、喜びを表すようにその声は跳ね、顔には笑みを浮かべている。
「突然こんな事言われて、困らせてしまったらすみません。でも、どうしても、あなたにお礼を言いたかったんです」
「礼?」
 注意でも文句でもなく、礼とはいったい何の話だろうか?
 今度こそ、凪は実際に首を傾げてしまった。様子からして、一般的に店員が客に対して言う礼とは少し違うようだ。
 心当たりといえば、今就いている仕事に関する事しかない。
 元の世界では、学生として学びながらも敵と戦い続ける日々を送っていた。こちらの世界にきてからも、凪が選んだのはやはり戦場に身を置く事だった。
 ライセンサーとしてSALFに所属し、かつて戦っていた魔物ではなく今はナイトメアと日々対峙している。引き受けた依頼の数は、片手では足りない。
 人を救助する任務を引き受けた事もある。彼女も、以前任務で助けた者の中にいた一人なのだろうか。
 だとすると、凪はただ目の前にあるものを守ろうとしただけだ。別に、特別礼を言われる事ではない。
 だが、どうやら凪のその予想もまた違ったらしい。
「あなたのおかげで、この店を続ける事が出来たんです」
 彼女の言葉を、凪は何度か頭の中で繰り返した。しかし、その意味はさっぱり分からなかった。凪の困惑に気付いた店員は、慌てた様子で話し始める。
 人々に自分の作った料理を美味しいと喜んでもらえる事が好きで、この店を始めた事。けれど、最近は客足が減ってしまい自分の料理の味に自信がなくなってきた事。店を畳んだ方が良いのだろうかと悩んでいた事。
 ――そんな時に、凪が店を訪れた事。
 凪はあの日、注文した料理を綺麗に食べ終え、勘定をし去っていった。別に何も特別な事はしていない。けれど、彼がレジでもらした呟きは彼女の心に響いたらしい。
 店を立ち去る時にぶっきらぼうながらも呟かれた、『美味かった。また来る』という凪の言葉は。
 思えば、確かに凪が初めてこの店にきた時の店内はどこか鬱屈とした雰囲気だった気もする。客足が少なくなり、店を畳む事を考えていた店員の悩みが店自体にも広がってしまっていたのだろう。
「久しぶりに誰かに『美味しい』と言ってもらえて、やっぱり嬉しかったから……あなたがまたきてくれた時のためにも、もう少し店を続けてみようと思ったんです」
 それから、今まで悩んでいた事が嘘のように調子が良くなり、店も最近は繁盛しているのだという。
 食事において重要なのは味だけではない。香りや付け合せ、その場の雰囲気も美味さには関わってくる。
 客足が減り暗い雰囲気になってしまった店。その雰囲気のせいで、更に減ってしまう客。あの時のこの店は、そんな悪循環に陥っていたのかもしれない。
 だからこそ、店員が凪の一言によって前向きになった以降は、店の雰囲気自体も明るくなり客足が増えたのだろう。
 あの時、凪はスープを口に含んだだけだ。銃も手にしておらず、ナイトメアを倒したわけでも、優しい笑みを浮かべ手を差し伸べたわけでもない。
 たまたま選んだ店で、たまたま選んだスープが美味しかったので、つい呟いてしまった、それだけ。けれど、自分の何気ないそんな選択が誰かを救う事もあるのだなと凪は思う。
「こちらこそ、美味い飯をありがとな」
 凪の言葉に店員は穏やかな笑みを返し、その唇は再びお礼の言葉をなぞるのであった。

 店を出る際、少年は最後にもう一度だけ口を開く。
 なるべく優しい言葉を選ぼうかと思ったが、どうにも自分には向いてない。それに、下手に繕うと嘘っぽく感じるような気がした。
 だから、凪はあの時のように、ぶっきらぼうな言葉を一つだけ残す。シンプルで、ストレートなその言葉を。
「美味かった。また来る」

 ◆

 気付いた時には、異世界に迷い込んでいた。準備をする間すら与えられず、何もかもを強制的に置き去りにする羽目になった頃に感じた戸惑いは今も忘れる事が出来ない。
 それでも、凪は選んだ。この道を。生き延びる事を。
 この店もまた、生きるか死ぬかの選択を迫られていたのだろう。かつての凪のように。
「願わくば、それがあんたにとって後悔のない選択であれば良い」
 生きるという選択肢は、決して楽なものではない。未だ、凪も手探りの状態で進んでいる。
 けれど、それでも凪に今更道を引き返す気などはなかった。道の先にある何かを掴むために、凪は日々戦い、食べ、生きる。そして、時々今回のように、自分でも気付かぬ内に別の誰かを『生かす』事もあるのだろう。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました。ライターのしまだです。
この度はおまかせノベルという貴重な機会をいただけて、光栄です。
凪さんは食べ歩きが趣味との事なので、食べ物に関するお話を綴らせていただきました。
凪さんのお口に合うお話になっていましたら幸いです。何か不備等ありましたら、お手数ですがご連絡くださいませ。
この度はご依頼、誠にありがとうございました。またいつかお気が向いた際は、是非よろしくお願いいたします……!
おまかせノベル -
しまだ クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年05月25日

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