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『祈り折る、いつかのための言の葉』
ファラーシャla3300

 ――悪夢が吠え、猛る。
 ナイトメアという脅威と対峙しているのは、数人のライセンサーだ。
 白銀の髪が揺れる。浮遊大陸から転移してきた放浪者、ファラーシャ(la3300)の姿もそのライセンサー達の中にはあった。
 月の装飾の付いた黒長手袋がはめられた右手で、彼女は愛用の武器を構え直す。死角に潜んでいるため、敵は彼女の接近に気付いていない。
 その機会を逃さず、ファラーシャはその槍の切っ先を相手へと突き立てた。美しい蝶の姿の掘られた槍が、空を舞うように優雅な動きで敵を突く。
 普段ののんびりしている彼女からは想像もつかない、獰猛類のような冷静で鋭い瞳が相手を射抜いた。敵の隙をその銀色の瞳は見逃さず、長いエルフの耳は聞き逃さない。
 交戦は続く。先程死角から狙われたのがよっぽど堪えたらしく、ナイトメアはファラーシャを警戒しているようだった。
 彼女の動きに気付くと、槍の攻撃を逃れようとし、敵はその身をよじらせる。しかし、それはファラーシャの狙いの内だった。
 響く、鈍い音。直後、彼女が敵に突きつけたのは槍ではあるが、鋭く尖った先端ではなかった。
 まるで棍のように、梟の彫り物が施された槍の石突が敵へと振るわれる。母譲りの体術を駆使し叩き込まれた一撃は、この場を制していたナイトメアという悪夢を終わらせる合図になった。

 仲間達と合流し、被害が少なかった事に少女はほっと胸を撫で下ろした。
 活躍を褒められたファラーシャは顔を僅かに朱に染めて、「お力になれたらのなら、良かったです」とはにかむ。戦闘が終わり緊張も解け、その顔は普段の穏やかで少し恥ずかしがり屋の少女へと戻っていた。
 気恥ずかしいが、戦い方について褒められる事は嬉しい事だと少女は思う。役に立てたと分かる事はもちろん、戦い方を教えてくれた両親の事が一層誇らしく思えるからだ。
 不意に、ファラーシャの鼻孔を潮の香りがくすぐった。この場所が、海に近いせいだろう。
(海の香りも、同じように思えてやはりどこか違うように感じます)
 海。広い広い海。この海には果てがなく、この水面の先には壁なんてものはなくて水が下へと落下していく事もない。
 グロリアスベースは、その海の上をまるで飛行船のように自由に移動している。
(空ではなく、海に浮かんだ世界……私の住んでいた浮遊大陸とは、やはり違う事も多いですね)
 ここは、ファラーシャにとっては慣れ親しんだ世界ではない。
 けれど、今確かに、ファラーシャが住んでいる世界だった。

 ◆

 私室にて、ファラーシャは机に向き直っている。書き出しはどうしようか、と小首を傾げた末、ひとまず頭語を筆でなぞった。
 彼女の目の前にあるのは、数枚の便箋だ。先日街で見かけ、蝶々の模様の愛らしさに思わず購入してしまったものである。
 この世界に迷い込んでから手に入れた手のひら程の大きさの不思議な箱には特殊な絡繰りがあり、それを使えば指先一つで手紙が出せるという事は知っている。だが、こうやって直接自分の手で筆を執る方が、やはり慣れ親しんでいるせいか落ち着いて文面を書き出せる気がした。
(箱で出す手紙にも、もっと慣れなくてはいけませんが……今日書く手紙は、紙の方が良いですよね)
 手紙を送る相手の姿を思い浮かべ、ファラーシャは納得するように一度頷く。
「こちらにきてから、色々な事がありました……」
 そして、少女はゆっくりと記憶を思い返しながら、この世界に迷い込んでからの事を手紙にしたためていった。
 開け放たれた窓から、心地の良い風が入り込んできて、時折ファラーシャの淡い白金の髪を悪戯に撫でた。かすかに香る、花の匂い。先日散歩をしている際に、近所で育てられていた花が開花している事に気付き、思わず微笑んだ事を思い出す。
 故郷では見かけない花を見つけたので興味深げに眺めていたら、その(これはいったい何という名前の花なのかな?)という疑問が顔に出てしまっていたのか、花の育て主が苦笑しながら花について教えてくれた事も。
 文化の違いに、驚く事はある。けれど、ファラーシャは環境になれるために日々奮闘していた。
 見た事もない技術に恐る恐る触れる日もあれば、故郷にはない甘味を口にして目を輝かせた事もある。逆に、自分の故郷の味に近いお菓子を作って振る舞った事もあった。
「他にも、ここで知り合った方に先日……と、少し話が長くなりすぎてしまいました。これでは、読んでいて疲れてしまいますね!」
 もちろん、経験したのは楽しい事ばかりではない。ナイトメアと戦う事もあるし、かつて感じたもどかしさを思い出し悔しくなった時もある。この先危険な事が起こるかもしれない、という不安もあった。横文字も……少しずつ覚えていってはいるものの、やっぱり難しい。
 それでも、ファラーシャは記憶の中にある楽しかった事を書き記していく。自然と、少女の顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。
 ふと、愛らしい声がする。見てみると、窓辺に小さなお客さんがきていた。
「わわっ、いつの間に……! いらっしゃいです!」
 微笑んだファラーシャに、行儀よく窓のへりに止まった小鳥は鳴き声を返す。
「……そうだ。少し、待っていてください」
 それを見て笑みを深めたファラーシャは、ふと何かを思いつき、まだ何も書かれていない便箋を一枚手にとった。
 器用に、彼女はその正方形の便箋を折り始める。折りたたまれた便箋は、彼女の手の中で別の形へと生まれ変わっていった。
「完成です! どうでしょうか?」
 ファラーシャは、作り上げられたそれを小鳥の横へとそっと置いた。
 それは、小さな折り鶴であった。ちょうど、翼のところに便箋の模様である蝶の透かしが入っている。
 小鳥は、興味深げにその周囲をしばらく歩いていたが、どうやら気に入ったらしく元気な鳴き声を一つ返した。

 ある日突然迷い込んだ、知らない世界。知らない場所。
 けれど、変わらないものもある。花の香り。可愛らしい小鳥。ファラーシャの周りにいる人々の温かさ。
「私は、これからもがんばります。私にできることを、精一杯」
 だから、安心してほしいと願いを込め、ファラーシャは手紙の最後に宛名を綴る。父と母の名を、少女は丁寧に書き記した。
 そして、もう一羽作った折り鶴を、膨らませる前に手紙と共に同封する。
 この手紙を渡せるのはいつになるのか、渡せる日がはたしてくるのかどうかは分かない。
(けれど、もしその時がきたら、胸を張って笑顔で渡せますように)
 少女はこれからも、精一杯生き延び、精一杯頑張る事を今一度誓うのであった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご発注ありがとうございました。ライターのしまだです。
このたびは、おまかせノベルという大変光栄な機会をいただけて恐縮です。ご両親思いな方のように感じられたので、ご両親と和風世界出身な点をメインとしたお話にしたく思い、このようなお話を綴らせていただきました。
ファラーシャさんのお気に召すお話になっていましたら、幸いです。何か不備等ございましたら、お手数ですがご連絡くださいませ。
それでは、この度はご依頼誠にありがとうございました。またお気が向いた際は、いつでもお声がけください……!
おまかせノベル -
しまだ クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年05月25日

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