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『目配りと気配りと心配りと』
ルシエラ・ル・アヴィシニアla3427)&珠興 若葉la3805

「“配り”がまるでできてないの! ずれてるの、遅れてるの、落としてるの!」
 ルシエラ・ル・アヴィシニア(la3427)の鋭い声音に打たれ、皆月 若葉(la3805)は奥歯を噛み締めた。
 足の捌きを意識するほどに思考は遅れ、かといって思考を加速しようとすれば体が止まる。もちろん、息を荒げることはできない。それを悟られれば冷めた刃を喉へ突き立てられ、引き斬られることになるから。
「反動に乗ったらだめだの! 重心が振れないように勢いを殺して、膝をやわらかく……シャッセじゃなくてウィスク!」
「1回! 1回待って! ぜんぜん追いつかないから!」
 若葉の弱音に、ルシエラはあきれた調子でかぶりを振り振り。
「このくらいで音を上げてちゃだめだめなの」
「そう言うけどさ」
 若葉は右手に乗せていた銀の丸盆を下ろし、深く息をつく。
「ほんとにこの特訓、喫茶店やるのに必須なやつ?」
 突きつけられたルシエラは息を詰め、それはもう渋々と言葉を返すのだ。
「私が思うに、必須。うん、必須で必要で必然で必殺だの」

 喫茶店を営むことが若葉とパートナーの夢。そのために厨房担当のパートナーは日々がんばっている。だから、ホール担当の若葉もスキルを高める努力をしようと決めた。
 そこで、彼が所属する【白椿】の隊長であり、気の置けない友人であり、自分よりも深く礼儀作法へ通じたルシエラに執事的な動きかたを教えてほしいと頼んだのだが……いや、「必」の連打はともかく、彼女が本気で極意を教えてくれようとしているのはわかるのだ。わかっているのだが。
「センセイって、特別な才能が要る商売なんだなぁ」
 それが若葉の正直にしてオブラードに包んだ感想だった。

 とにかく若葉は疑問点を整理してみることにする。
「目配り、気配り、心配りがルシエラの言う“配り”だろ? 目配りはいいけど、気配りと心配りのちがいってなに?」
 目配りは文字通り、くまなく目線を配って客の様子を見て取ることだ。たとえばオーダーの気配を店員が正しく察してくれれば、客は驚き、喜んでくれるはず。
 しかしだ。続く気と心、このふたつは同じものでは?
 若葉の問いに、ルシエラはうつむけていた顔をばっと上げて。
「気配りは気づかいだの。たとえばお客さんが左利きだったとき、カップの取っ手が右を向いていたら大変だの。つまり、目配りができていなければ気配りも成り立たないの」
 客が椅子に座るまでの動きで、最低限それだけのことを見て取る必要があるということだ。
 若葉の引き締まりゆく表情を見て、ルシエラは頃合いを計って言葉を継ぐ。
「心配りは――解釈はいろいろだけど、私が思うに「目も気も配らせない」ことなの」
「え?」
 さすがに眉をしかめる若葉。配らなければいけないはずのものを配らない? でも結局、配るんじゃないのか? だめだ、ぜんぜんわかんないっ!
 果たしてルシエラの答は。
「人はそれぞれの時間を過ごしているものなの。それを勝手にこちらの時間で計ったら、当然邪魔にしかならないの。必要のないときは目に入らないよう立ち位置を外して、意識に障らないよう気配を潜める。それがお客さんの心地よい時間を成すものだと思うの」
 と、語り終えたルシエラは、若葉の胸の中心を指先でつついて。
「若葉はもう、知ってるはずなの。【白椿】では無意識の内にできていることだもの」
 え? え? 俺が戦場ではできてること? 配らせないって、自分じゃなくて相手にだろ? なんだよそれ。
「……うまく思いつかない。俺は軸になってるルシエラに合わせてるだけだから」
 情けなくもそうとしか思えなかった。目の前の戦局は見ているつもりだが、ルシエラのように広い視野を持っているわけではない。
 が、ルシエラはかぶりを振り。
「いつもは意識しないでしていること、今度は意識してするだけでいいの。それだけで若葉は目と気と心の配りマスターになれるの」
 ルシエラはあえて多くを語らない。若葉が自分自身であてはまる言葉を見つけ、納得するべきことだと思うから。ルシエラが小隊長として試行錯誤し、その中で抑えるべきを抑えられる分別を得たように。
 ふ、私もなかなか成長したものだの。
 まあ、指導となるとつい熱くなってしまい、わーわー言ってしまうわけなのだが……これは彼女の若さというものなのだろう。
 しかし。
 言葉ならぬ手ならば、伸べてもいいのではないか? 彼女を導いてくれたのは兄の手だ。だから今度は、自分の手が誰かを導く番。
「明日、付き合ってほしいところがあるの」


 激戦区となっているアフリカ大陸。
 中でもエジプトはカイロを中心に激しく攻め立てられている最中で、この地方都市も見逃してはもらえず――避難所へ詰め込まれた人々は、明日を見失って途方に暮れる。

「差し入れをさせてもらいに来たの!」
 SALF有志による炊き出し隊を率いたルシエラが高く告げ、鍋をおたまで打ち鳴らした。
 人々の顔が上がったのは、音よりもあたたかな湯気に乗ったムルキーヤ(モロヘイヤのスープ)のにおいのせいだ。
 若葉も経験してきたことではあるが、人間は強い不安や恐怖に体熱を奪われる。そしてストレスは体のいたる箇所を酷く震わせるのだ。歯の根がガチガチ踊ってうまく合わなくなるのもその一例である。
 だからこそあたたかく、噛まずに食べられる食事を提供することをルシエラは考えた。しかもエジプトでは定番の家庭料理であり、ミネラルとビタミンが豊富なムルキーヤを。

 これが気配り、だよな。
 ある意味、心配りでもあるように思う。ルシエラがごちそうではなく定番メニューを選んだのは、打ちひしがれた人々の心に障らず、自然に受け入れてらえるものを考えてのことであるはず。
 正直、震えた。目と気と心をここまで尽くすということの奥深さに。それをかろやかに行い、人へ届けてみせるルシエラの“礼”の完成度に。
 ルシエラはほんとにすごい。見てもいない場所の状況を見通して、全部準備して人も集めてさ。それに比べて俺は――って、震えてる場合じゃないだろ! しっかり目配りして、気配りして心配り!
 若葉は意識して口角を上げた。そしてスープを茶用の紙コップへ注ぎ、取っ手のついた樹脂製ホルダーをつけて、座り込んでいる人々へ配り始める。
「あったかいスープです。お腹があったまるとここもあったまりますから」
 自分の胸を指先で差し、笑みを含めたやわらかな声音で語った。
 彼が配給用の皿を遣わなかったのは、人々の指が冷えて震えているのを見て取ったからだ。そんな指でも落としにくく、抱え込みやすいように紙コップをホルダーへつけて渡した。さらには飲み終えた後その辺りに投げ棄てられても、紙と樹脂なら誰かが怪我をすることはない。
 少しでも配れたかな? スープだけじゃない、俺の気持ち。

 一方のルシエラは、自力で配給へ並びに来ることのできる人々へスープを配り、付け合わせにアエーシ(エジプトでポピュラーな平パン)を勧めつつ、目を光らせている。
 この人は何度も並んで周りの人たちに配ってるの。追い詰められてる状況でもアエーシが食べられる心の強さがあって、冷静だの。いざというときはお願いできるの。
 後方とはいえここは戦場で、ナイトメアの強襲を受ける可能性はそれなり以上。しかしながらここにいるライセンサーは自分や若葉を含めてボランティアで、少数だ。敵を抑えることはともかく、人々の避難を誘導する余裕があるとは限らない。そのときは、緊急事態の中でも役割を担って動くことのできる一般人に避難を統率してもらう必要がある。
 今、彼女の胸中を兄がのぞき込んだなら、医者に行くぞと騒ぎ立てるかもしれない。彼はどこかで、ルシエラをまだ幼子だと思い込んでいる節があるから。確かに彼女の本質は歳より幼いところが目立つし、戦うことへの恐怖も拭えていないが、しかし。
 みんなを守るためなら、私はいくらでも自分を据えて考えられるの。為すべきことはただそれだけだもの。それに、それは若葉も同じなの。
 実際、若葉は自分でよく考え、よく動いている。まさにかゆいところへ届く手として機能していた。これならば名ウェイターとして店を担えるだろう。もちろんそれだけではなく、この“戦場”をもだ。
 うん、私も負けてられないの!
 ルシエラは給仕を他のランセンサーへ頼み、十数秒前に駆け出していった若葉を追った。


「うわ、こっそり出たのに気づかれちゃった?」
「目配りは私のほうが上なの」
 若葉とルシエラは言い合いながら左右に展開し、マンティスの行く手を塞ぐ。
「足跡とかざっと調べたけど、仲間はいないみたいだ」
 ルシエラが着くまでの数十秒で、若葉は周囲を探索し終えていた。それもマンティスが避難所へ向かわぬよう牽制しながらだ。
「幸いだの」
 それだけを応えたルシエラはロングボウ「レクセル」の弦を引き絞り。
「報われたの、避難している人たちに目も気も配らせたくなかった若葉の心」
 え? 若葉の驚愕を置き去って跳んだ矢が、マンティスの片眼を削り潰した。
 が、若葉が硬直していたのは一瞬のこと。マンティスが残された片眼をルシエラへ向けたときにはもう、その眼前へ跳び込んでいる。
 ルシエラは知っていた。若葉がどんな激戦の中にあっても真っ先に突っ込み、敵の目も与えられる痛みも引き受けてしまうのは、自分以外の誰も傷つけさせたくないからなのだと。
 そして若葉は、ルシエラに見通されていたことに驚きつつ、納得もしていた。
 そうだよな。俺が考えなしに突っ込めるのは、助けてくれる仲間と、しっかり目と気と心を配ってくれるルシエラがいてくれるからだ。
 俺はなんにもわかってなかったし、ぜんぜんできてもないけど、それでも精いっぱいやるよ。みんなに配らせなくていいよう、配る!
 マンティスの鎌の根元へ腕を押しつけ、振り込まれるのをブロックした若葉の後方、ルシエラは次の矢の狙いを澄ます。
 いろいろなことができていないって、若葉はきっとそう思ってるの。でも、若葉がみんなの先へ伸びて、引き受けてくれるからこそ、私はしっかり戦局と状況に目を配れるの。
 昨日は自分も成長したものだと思ってみたものだが、それが自身の力ばかりでないことをあらためて思い知る。そう、みんなに支えてもらっているからこそ、私は【白椿】の幹でいられるの。
だからこそ今は、揺るぎない意志をもって支えよう。迷わない若葉の覚悟を。
 肩関節を射貫かれ、マンティスが体勢を崩した。若葉を押し込んでいた圧がその体と共にずれ、彼はその力を利して我が身を回転。
 スナイパーがこの間合にいるって意味、教えてやる!
 左手のバックスイングに乗って振り向いた若葉、その右手にはFR「アウトローS」が握り込まれていて……マンティスの顎へ引っかけられた銃口が、ぐいと口腔内へ捻り込まれる。
「跳び込んだときからちゃんと計ってた。おまえの“中”に銃口突っ込める間合をさ」
 そして引き金を引けば、弾の発射音はナイトメアの外殻に抑え込まれ、最後は濁ったため息のごとくに漏れ出した。
「うん、これならみんなには聞こえないの」
 若葉の攻めに合わせて上空へ放たれたルシエラの矢が、弧を描いて降り落ちる。若葉がどのように動くかは、援護の矢を放ったときすでに察していた。【白椿】の同僚として、それ以上に友として。
「あとはお任せなの」
 若葉とマンティスを残し、避難所へ駆け戻っていく。
 万が一他のナイトメアが避難所へ辿り着いていたら事だし、そうでなくとも避難している人々に必要分の食事を届ける作業は終わっていないのだから。
 お任せされるほどのもの、残ってないけどね。
 若葉は延髄に矢を突き立てられ、震えるマンティスを照星越しに見やり、心を据えた。
 ルシエラは避難所へ戻った。彼女が目と気に乗せた笑みは人々へあまねく配られた末、その心を救うだろう。


「ごめん、遅くなった!」
 戻ってきた若葉へ、ルシエラは人々へ向けていた笑みをそのままに振り向けて言う。
「新しく避難してきた人たちがいるの! フォローお願い!」
 今はルシエラみたいにうまくできなくても、みんなに安心して休んでもらえるよう、心を配るんだ。
 気合を入れなおし、若葉は「了解!」、強く踏み出していった。


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2020年05月25日

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