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『たどり着いた想い』
瀧澤・直生8946)&天霧・凛(8952)

 小さな誤解から生じた気まずさから、瀧澤・直生(8946)と天霧・凛(8952)はどちらからともなく会う機会を減らしていた。
 互いの店にも通わなくなり、顔も合わせる事すらなくなった。
「…………」
 直生は咥えタバコのまま、いつもの通りを歩いていた。
 その表情は、複雑そうだった。
 凛が店に来なくなった、というだけで落ち着かない。
 そして自身も彼女のバイト先を避けて、ランチは近所のコンビニで済ませてしまっている。
 あの時、別れ際に目にした凛の涙が、忘れられない。
 自分が泣かせたのだろう。それは分かるのだが、だからと言って何を言えばよかったのか。そして、後悔は過ぎ去れば何も取り戻せない。
 マイナスの感情ばかりが先立ち、彼の思考はままならない日々が続いていた。
「……あっ、瀧澤さん!」
 背後から声を掛けられた。
 それに黙ったままで振り向くと、視線の先にいたのは凛の弟であった。
 少し前に凛から紹介されて、それから数回立ち話をする程度くらいの認識ではあったが、知り合いであることには変わりはない。
「こんにちは、お久しぶりです」
「……あぁ、そうだな」
 凛の弟は直生の傍まで駆けてきたあと、丁寧にお辞儀をして挨拶をしてきた。
 こういう所は姉にそっくりだと思いながら、直生も軽く頭を下げる。
「あの……実は、最近姉さんの元気が無くて」
「…………」
 弟は少々俯きがちに、そんなことを切り出した。
 直生はそれに応えることが出来ずに、黙っている。
 そうしていると、一旦言葉を切っていた弟が、顔を上げて直生の片手を掴んできた。
「……瀧澤さん、姉さんを励ましてやってください!」
「はぁ……?」
 彼の目は真剣そのものだった。
 手を取られた直生は、思わずタバコを落としそうになり、慌てて空いている方の手を口元に持って行った。
「……なんで、俺?」
「だって、瀧澤さんですから。僕たちが姉さんに何を言っても、全然笑ってくれないんです……あの、お時間ありますか?」
「あぁ、まぁな……」
「じゃあ、一緒に来てください! 僕たちの家に!」
 勢いに飲まれた――と言ったほうがいいだろうか。
 とにかく真剣に悩んでいるらしい凛の弟は、直生の手を取ったまま口早にそう言い、そして彼を家へと半ば強引に招いたのだ。
 直生は、そんな彼に一言も反論できないまま、凛の家まで連れていかれた。



 凛には、その現実が受け入れられなかった。
 何故、直生が自分の家に――目の前にいるのか。
 弟が連れて来たという事は分かる。だがそれでも、頭で整理しきれない光景が目の前にあるのだ。
 ちなみに、直生を連れて来た弟は二人にお茶を出した後、「どうぞごゆっくり」と言い残してまた出かけて行ってしまった。
 互いに何を言っていいのかわからず、気まずい空気が広がっていく。
「……あの」
「ん」
 とりあえずは、と凛が口を開いた。
 すると直生は僅かに逸らしていた視線を元に戻して、短い返事をくれる。
「この間の事ですけど……あの時の男性は、ただの依頼相手なんです」
「…………」
「私には、特別な人なんていません」
 ――あなた以外は。
 凛はそう言ってしまいそうになり、慌てて口を噤んだ。
 自分の気持ちはすでに、目の前の彼に向いている。
 直生に誤解をされてしまった事が、とても悲しかった。そしてそれを、説明できないまま会えなくなってしまった事が、辛かった。その過程で、心根にある感情に凛はようやく気付いたのだ。
「…………」
 直生は黙ったままだった。
 怒っているようには見えないが、やはりまだ疑っているのだろうと思う。
「……信じては貰えませんか?」
「いや……」
 凛の切なる言葉を耳にした直生は、ゆるく首を振った。
 そして彼女を改めて目に留めて、瞳の端に滲んだ僅かな涙を見た。

 ――あの時の、あの涙だ。

 彼はとっさにそう思った。その瞬間、ダメだ泣くな、と心で叫んだ。
「凛」
 思わず名を呼び、手が彼女へと伸びた。
 その指先は凛の頬に当たり、そのまま耳のほうへと滑り込んでいく。手のひらから伝わる彼女の体温が、直生の感情を掻き立てた。
「……っ」
 テーブルの上に置かれたままのティーカップから、ゆらりと湯気があがった。
 直生が言葉なく身を乗り出してくる。
 凛はそれを視界で受け止めつつ、やはり言葉は出せずに彼に従った。
「…………」
 柔らかな感触が、互いの唇に触れ合う。
 自然な行動に、二人とも不思議な感覚を得た。
 初めての温もりは、心がくすぐったくなるような気持になる。
「……直生、さ……」
「うん、……そのまま」
 唇は一度だけ、離れた。
 それでも距離が出来るわけではなく、二人が小さな会話を交わしたあと、再び触れ合った。
 凛は思わず瞳を伏せる。
 直後に感じる強い触れ合いに、体が震えた。
 これが彼の温もりなのだ――と改めて感じると、嬉しかった。

(ああ、私……やっぱりこの人が……)

 心で小さく、自分の気持ちを溢れさせる。
 早い段階で気づいていた。隣を歩けるようになった頃には、すでに直生という存在が特別なものになっていたのだ。
 惹かれずにはいられなかった。
 『瀧澤直生』は、そういう人であったのだ。

 二人はそれからしばらくの間も、テーブルを挟んで影を重ねていた。
 互いの気持ちを確かめるように。
 温もりを深く感じ取れるように。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ライターの涼月です。この度もありがとうございました。
お二人の大事な一シーンを書かせて頂けて本当に嬉しかったです。

少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
またの機会がございましたら、よろしくお願いします。
東京怪談ノベル(パーティ) -
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東京怪談
2020年05月26日

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