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『例えば、星みたいに』
アルla3937

 味方がナイトメアとやり合う中、アル(la3937)がその声を捉えたのは偶然以外の何物でもなかった。一見可憐な少女にしか見えない彼女はヴァルキュリアである。ただ大別して二種類のモードを搭載している為にリソースの問題があったのだろうか、或いは、放浪者の技術師が故郷のアイドルを再現したかったが故にそこだけは人らしさを追求したのか――いずれにせよ、特別優れた耳を持たないアルはだが確証を持って、その戦場に光る容姿には似つかわしくないスキル――床面に生み出した沼から無数の青白い腕を発生させてナイトメアを拘束し味方に余裕を持たせた上で左耳のヘッドセットに手を押し当てると、口を開いた。その周囲で燐光が舞台演出のように舞い落ちている。
『見つけたよ。あの子に一番近いボクが助けに行くのが早そうだから、少し負担はかけちゃうけど、ここはおまかせしていいかな』
 今回の任務を共にする彼らは初対面だが、作戦会議のときに積極的に話したので信頼関係は築けていると信じたい。逸る気持ちを堪えつつ自分がカバーに回る可能性も考えていると、少し離れたところにいる一番経験が豊富なリーダーが答えてくれる。
『ああ、頼んだ。ナイトメアを処理したら、私たちもすぐに合流する』
『うん、お願い。位置データはついてすぐ送るからね!』
 ああ、と再び相槌を打つ声は間近に響くキンと甲高い音に掻き消される。この小学校の中に入り込んだ烏に似たナイトメアは本物より巨大な体躯を無理に羽ばたかせつつ暴れ回っており、その鉤爪は刃物も同然の殺傷力を持っていた。恐らくその爪と刀身とがぶつかり合う音だったのだろう。アルと共に行動している仲間らがこちらに近付けないようにと、上手く立ち回ってくれた。それでもじりじりと後退し始めたアルの動きを察した一羽がその包囲網を抜けそうになる。そこを――。
「早く行って安心させてやれ。俺には絶対真似出来ないことだからな」
 離れた位置にいる味方の一人が弓矢で正確にナイトメアを射抜いた。致命傷には至らないまでも、さしたる知能はないようですぐに矛先を転換し、群れの中に戻っていった。他の味方とナイトメアが間に挟まっている為、よく見えない顔をアルは思い返す。強面で救出役は絶対無理と豪語したのが彼の筈だ。アルは踵を返し、ヘッドセット越しに『ありがと』とお礼を言う。脳内で見取り図を再現して、先程の音との距離から場所を割り出す。
(大丈夫! 絶対に助けるからね)
 一分一秒も早くそうしたいのは山々だが、音で刺激してしまっては元の木阿弥。アルは敵に見つからないように慎重に、しかし着実に歩みを進め、声がした所――音楽室に辿り着いた。辺りに気配がないと確認すると両手で把手を掴みそうっと開けた。夕方の教室は既に陽が落ちつつあり、ぱっと見では誰もいない。不安を感じつつ内側に入り込むと、後ろ手に扉を閉めた。見えていないだろうが笑顔を浮かべて明るい声を出す。
「ねえ、聞こえるかな? ボクはアル、君を助けに来たライセンサーだよ。君のお友だちが、まだ学校に残ってるから助けてって、そう言ってすごく心配してたんだ。分かるかな? ――って子なんだけど」
 名前を出したのが決め手になったようで、ガタッと音を立てて教卓の奥から少年が這い出てくるとそこに手をついて立ち上がる。まだ怯えた目線は低い位置にあり、いつもの調子で近付けば腰が引けたので、殊更慎重に姿勢を低くしてから歩み寄った。するとアルが少年を見上げる形になる。位置情報を送って、
「今ボクの仲間がね、ここから出られるように頑張ってくれてるんだ。だから何も心配いらないよ。おねえさんと一緒に、もう少しだけ待ってくれるかな?」
 と手を差し伸べる。少しでも不安を無くせるようにアルは満面の笑みを浮かべてみせた。未だ一言も言葉を発しない少年は、根気強く待っているとやがて、アルの小さな手へとその手を重ねる。両手で包み込むようにすれば、僅かに強張りが解けるのを感じた。アルは手を握り直して立ち上がると、味方が戦っている所から、部屋で一番遠い方向――窓際に向かう。途中に置かれている楽器に興味を惹かれながらも、隙間を縫って進んでいきピアノ椅子に腰を下ろした。小柄なアルとアルよりも小さい少年なら、二人で座っても狭く感じない。
「お友だちの話だと、君はサッカー部なんだよね? どうしてここにいたのか、訊いてもいいかな?」
 首を傾げて尋ねると暫しの沈黙ののちに少年は言った。
「……本当は僕、音楽を習いたかったんだ。サッカーも嫌いじゃないんだけど、見るのが好きで……」
「そうなんだね」
 要するに、親の方針で仕方なくということか。自らに重ねて考えてみる。アルは別世界に実在する人間を基に作られたヴァルキュリアだ。容姿も声も本物と寸分違わないように、細心の注意を払い作ったのだという。大好きなことも収集癖もプログラミングされたもの。ヴァルキュリアである以上は確固たる意思を持ち、オリジナルと違う筈だが、もしかすると同じではと、そんな想像が不意に頭を擡げてアルは繋ぐ手に少し力を込める。敷かれたレールの上を歩いているのは自分も同じだった。しかし――。
「パパとママには話してみたの?」
「言ったって怒られるだけだもん」
「そんなの分かんないよ。やりたい! って精一杯伝えたら、分かってくれるかもしれない」
 ぐっと強く力を込めて、ただ敵に気付かれると困るので囁き声で少年に言う。アイドルは夢を売るお仕事だけど無責任にはなれない。でも後ろ向きもまた嫌だった。今目の前にいるこの子のことを救いたいから。時たまふと不安に襲われることはあっても、その気持ちは揺るぎはしない。
「やりたいことをしなくちゃ、勿体ないなってボクは思うな。ボクは歌を歌いたいし踊るのも大好き。だから、それが出来る今が楽しいよ」
 そう言って微笑んでみせる。
「歌……僕もアルちゃんの歌、生で聴きたいな」
「ボクのこと知ってたんだね。人気がなかったらどうしよう、って思ってたよ」
 アルの言葉に少年は首を振った。最近は子供向けのテレビ番組や動画に出演しているので、彼くらいの年頃の子供には知名度がある筈だ。反応が薄かったのは、出会った当初怯えていた為だろう。そうだね、とアルは呟き背後へ振り返る。次第に暗くなる空にはまだ一番星は見えず、敵の気配も味方の気配もない。逡巡し、繋いでいないほうの腕を上げ、唇に指を添えてウインクした。
「それじゃあこっそりと一曲だけ、ね」
 以前即興で歌った曲を柔らかなテクノボイスで紡いでいく。星の声という曲名に合わせて、髪の内側のスクリーンを電子回路から星空に変更。アル自身は見ることは出来ないが、口の動きにシンクロする形できらきらと万華鏡のように映像が移り変わっている筈だった。踊れない分、繋いだ手でリズムを取る。いつしか少年も笑顔に変わっていて、それが嬉しくてアルの声も少し弾んだ。
 やがて肩に軽く体重がかかって、歌うのをやめると少年の寝息が耳へと届く。急いで駆けつけたがそれなりに時間は経っていたので緊張し疲れていたのだろう。少し遠く足音が響く。アルはヘッドセットに唇を寄せ、保護した彼が眠っていると伝える。了解の声に『よろしくね』と返した後で囁いた。
「――おやすみ」
 今は眠って明日からまた踏み出せばいい。少年の幸せを祈ってアルも目を閉じた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
子供と接するアルちゃんが書きたいなと思ってはみたものの
戦闘と関係なく子供や仲間と交流している印象はあったので、
微妙に変化球を入れた感じでそんなふうな内容にしています。
あとは星だとか髪の内側がスクリーンというのを入れたくて。
外見だけならともかく、性格面も実在する人間をトレースし
生まれたというのは本当にアイデンティティーが揺らぐ程の
怖いことで、でもライセンサーやこの世界のアイドルとして
感じた彼女の記憶は彼女だけのものですし、とそんなことを
つらつら考えつつも明るさは損なわないよう意識したつもりです。
今回は本当にありがとうございました!
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グロリアスドライヴ
2020年05月27日

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