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『――昏森心中――』
ケヴィンla0192)&化野 鳥太郎la0108

 遍く宇宙如何なる星に生まれども いつの日にか躯は滅び 魂は流転の旅に出る
 永劫の刻を巡りつつ 因果律によりてまた生まれ 業を負いてはまた旅立つ

 ケヴィン(la0192)
 化野 鳥太郎(la0108)
 蒼き世に在ってはこの名であった魂達が、『Werewolf』『Vampire』なる妖魅として化生した時分の一幕を記す


 ◇


 全国紙から地域紙に至るまで、先に強行採決された法案に対する抗議で紙面を賑わせていた時分。あるタブロイド紙の隅にこんな記事が躍った。

【百年前の怪異再び!? 一三名 遺体で発見さる】
 ×日午后、×森開拓村そばにて、同自治体警邏隊員含む都合一三名が惨殺死体となって発見された。
 いずれも遺体の損傷が激しく、検分に立ち会った医師は、何か強い力で引き千切られたようだとの見解を示した。金品や銃などは手付かずで、一部被害者の衣服に獣毛が付着していたことから、当局は狼や熊などの野生動物に襲われたものとみて調査を進めている。
 しかし関係者の話では、現場からは獣の足跡は一切発見できず、残されていた血痕は一三名分としてはあまりにも少なかったという。
 足跡も残さぬ凶悪な獣と大量の血液は、果たしてどこへ消えたのか。
 この森はおよそ百年前にも宅地開発が試みられたが、原因不明の事故や奇怪現象が相次ぎ断念された経緯があり……――


 ◇


 深夜の森に、オルガンの錆びた音色が流れていた。
 それは大層調子っ外れで、聞いているだけで気が違いそうになる。奏者の腕がどうと言うより、もう長らく調律保守などされていないオルガンなのだろう。
 酷い旋律を辿って森の浅い場所までやってくると、梢の間から満月が顔を覗かせ始める。彼は闇に慣れていた緑眼を瞬いた。
 彼が立つ辺りを境に、古木が入り組む鬱蒼とした森から、若い木々が茂る森へと変わる。かつて人間が森を拓いた跡だ。開拓途中で放棄された土地へ再び木々が侵食し、森の懐に奪い返したのだ。
 しかし今、再び森に人間の手が迫っていた。

(今度ばかりは無理だろうね)

 炎以外の灯りを手に入れた人間は、常夜の森の恐ろしさも、闇に潜む者達への畏怖をも忘れてしまった。百年前には森の妖魅達が結託し追い払うことができたが、人間はあまりにも数が増えすぎた。
 抗いきれぬと悟った妖魅達は、徐々に狭まる安寧の闇を奪い合い、夜毎種族間抗争を繰り広げているのだった。
 少し進むと、かつての開拓村の名残である朽ちた教会が建っている。曲はその中から響いてきていた。
 彼はブーツの足音を殺し、壁に走る大きな亀裂から中を窺った。
 瓦礫だらけの教会内は意外な程明るい。屋根が崩落し、月明かりを遮るものがほとんどないのだ。――仮にそうでなくとも、彼の緑眼には詳らかに視えただろうが。
 傾いだ十字架の向こう、こちらに背を向けた奏者の男の姿があった。音に合わせ気持ちよさそうに背を揺らし、筋肉質な腕をダイナミックに振るっている。あまりに愉しげで、まるで古びたオルガンと連れ舞でも演じているかのようだ。ややオーバー気味な強弱も、夢中で弾き鳴らす後ろ姿と相まって情熱的に感じさせる。

(まあ、だからと言って)

 特に感慨もなく、懐から蜘蛛の意匠が施された銃を取り出し、音もなく背後へ忍び寄る。そして鍵盤を叩き続けている男の背へ無造作に発砲した。
 乾いた音が響き、オルガンの音がぱたりと止んだ。しかし男は倒れるでもなく、紅眼を驚きに丸くし振り返る。

「びっくりした、いきなり撃つかね普通。というか、今時のワンちゃんは銃なんて使うんだ?」

 ワンちゃんと呼ばれぴくりと眉を動かしたものの、彼は取り合わず再度発砲した。
 半ば本能的に感じる。この男は苦手だと。
 戦場という非日常空間に出向いていながら音楽を嗜む感覚も、第一声から感じる馴れ馴れしさも、何もかもが彼には理解し難い。こういった手合の男は、相手のペースに巻き込まれる前に仕留めてしまうに限る。
 ところが放った銀の弾丸が左胸に当たるかに見えた時、男の上着がざわりと蠢いた。黒い生地の一部が幾匹かの蝙蝠となって胸へ集まり、弾丸を受け止めると霧となって散る。
 それを見た彼は嘆息した。

「厄介な術を……十字架も平気なようだし、もしかして王族筋の人?」

 ぼやきともつかない気だるげな声を零し、彼はゆさりと頭を振った。金の髪が揺れ、合間から堅い毛に覆われた三角耳――狼の耳が突き出した。見る間に長い尾が現れ、袖口から伸びる手が凶悪な爪を備えたものへ変化していく。
 男はその様子を楽しげに紅眼を細めて眺めながら、唇の端から独特の尖った犬歯を覗かせた。彼が人狼姿に変化する間は絶好機だというのに、仕掛けてくる気配はない。

(王族の余裕……というよりやる気がない。まあ、何であれ)

 男が他種族たる吸血鬼である以上、ここで屠ってしまわねばならない。
 彼は豊かな尾を一振りすると、咆哮を上げ男へ飛びかかった。長い爪で蝙蝠の護りごと断ち斬るべく、男の胴へ振り下ろす。しかし、

「そんなに慌てなさなんなって」

 男が腕を一振りすると、その軌道へ炎の壁が立ち昇る。彼は獣の本能故に反射的に飛び退き、意に反して距離を取らされてしまった。ならばと再び銃を繰り出し、引き金を引くと同時に地を蹴る。着弾を妨害しに動いた蝙蝠の隙を突き、男の肩を深々と裂いた。
 日光に十字架、銀の弾丸に大蒜と弱点の多い吸血鬼だが、膂力以外の身体能力では人狼に勝る上、魔術を繰ることができる。対して人狼は月夜でなければ能力を発揮できない代わりに、日中でも人間として活動することが可能だ。
 そういった事情から、両種族が争う際には、吸血鬼側は日の出前までの早期決着を試み、人狼側は持久戦に縺れ込ませにかかるのが"お決まり"だった。
 だからこそ、人狼の彼の性急な攻撃に、吸血鬼の男は首を捻った。爪の斬撃を躱しつつ口を開く。

「あんた変わってるって言われない? 群れで浮いてたりとかさ」
「……」
「あ、気にしてた? 悪い」
「……」
「深い意味はない、俺にはそう見えるって話さ」

 煩い。答える代わりに、人狼の彼は本能を胆力でねじ伏せ炎の壁を破ると、斬り落とし損ねた腕へ喰らいつく。ぶっつりと筋の切れる音がし、男の腕が千切り取れた。そこでようやく男の紅眼に焔が灯る。

「あーあ、演奏家の腕に何てことしてくれやがる」

 一方、人狼の彼は顔色を変えた。男の眼光に気圧されたのではない。咥えた男の腕からは、男のものではない甘やかな血の香りがした。急ぎ吐き捨て男を睨む。

「子供の匂い……人間じゃない、吸血鬼の子供の匂いだ。お前、まさか同族の子供を……?」

 すると男は悪役めく笑みを閃かせた。

「聞き分けのない教え子でね」
「教え子?」

 吸血鬼の中でも王族筋らしいこの男が指導に就く子となれば、即ち同等以上の血筋の子ということに他ならない。それを手に掛けたとするならば、

「大罪人か……道理で戦意がないわけだね。勝って生き延びたとしても、同族に狩られるんじゃ」

 ならば遠慮なく仕留めさせてもらおうと、彼は腕を振り上げる。否、振り上げたつもりだった。望月夜の人狼を凌駕する速度で突き出された男の手刀が、彼の腕を一瞬の内に斬り落としていた。目を瞠る彼へ、男はにんまりと口の端を吊り上げる。

「これで片腕同士、オソロイだな? まああんたの見立て通りだが、むざむざ殺されてやる気はないぜ。いつかあの子があんたに殺されねぇようにな」
「?」
「で、俺の見立てじゃあんたも似たような境遇だと思うね」

 意味が分からず眉を寄せると、男は彼の腕を拾い上げた。そしておもむろに袖を引き抜く。月下に暴かれた彼の腕は、頑強で治癒力に富む人狼のものとは思えぬほど傷つき、痛々しく変色していた。

「ワンちゃんは群れの仲間意識が強いはずだろ。あんたの群れは何だってこんなズタボロなあんたを独り寄越したのかって考えると……ほらオソロイ、」
「お揃いとか女子か。キモい」
「ひひひ! つれないねぇ。除け者同士、せいぜい楽しくヤろうや!」

 軽口を叩き、己が持てる力と術とを真っ向からぶつけ合う。
 男の見立ては確かだった。少年時代の記憶も血縁者もなく、気付けば今の群れにいた彼は、自他ともに認める異物だ。
 氏族意識の強い群れの中で疎まれ、種族間抗争が勃発してからと言うもの、ほぼ毎夜独り他種族の縄張りへ送り出された。
 けれどそれはむしろ救いだった。戦場へ赴けば同胞の嘲笑に晒されずともよく、獣の本能のままに力を振るっている間は余計なことを考えずに済む。戦場こそが彼にとっての安息地だったのだ。
 しかし隻腕となった身では、例え生き延び戻っても、役に立たぬと棄てられるだろう。同族の輪からはぐれた者が生きていけるほど、この森は優しくない。

(そう思うと、なんて無意味な戦いだ)

 勝とうが負けようが、ふたりに帰る場所はないのに。

(ああ、そもそもこの抗争自体にさして意味なんてないか)

 いずれ人間が点す灯りは、森をあまねく照らし出すだろう。そうなれば闇の住人達はどこにも存在し得なくなる。他を押しのけ生き延びたとて、余命なぞたかが知れている。種の王族筋である男なら、そんなことは先刻承知だろう。
 それなのに男も彼も死物狂いで、ただ戦うために闘って、命を削り身を刮げ合う。手を止めようなどとは夢にも思わない。ひたすら全力で意味のない戦いの中に在ることが――そして似たような境地で興じてくれる相手が居ることが、堪らなく滑稽で、どうしようもなく心地よかった。


 ◇


 やがて隻腕隻脚となった吸血鬼は、ついにごろりと身を横たえた。

「っはー、やられたやられた。もう動けねぇ。そっちは?」

 しかしその顔には、やりきったと言わんばかりの満足気な笑みが浮いている。
 両腕を失った人狼も倒れ込んだが最後、上体を支えられず起き上がることができずにいた。仰向けに転がり、白み始めた東の空を見やる。

「見ての通りだよ。もう月の魔力も消える。直にただの人間に戻るさ」

 人狼の自己治癒力を失えば、直に死に至るだろう。束の間眼を閉じ、死に際しても特にこれといった感傷もない己に苦笑した。

「ならお互い後腐れなく、夜明けと共に露と消え、ってわけだ」

 世間話でもするような気軽さで迫る死を語らうと、男は懐からシガリロを取り出し火を点けた。

「あんたもどうだい?」
「吸いたいのは山々だけどね」

 腕もないのにどうしろと、と肩を竦めると、男は器用に片腕で這い寄ってくる。瓦礫の上に赤い血の筋が長く伸びた。そうしてもう一本のシガリロを彼の口へ咥えさせると、男は自らが咥えたシガリロの先を押し当ててきた。先端から先端へ、炎がじわりと燃え移る。

「……貰い煙草しておいてなんだけど、普通に点けて欲しかったよ」
「俺が好きでしたとでも!? こっちだって魔力切れだっ」

 それでもこうして火を点けてくれるのだから、何とも律儀な男だ。そんな事をぼんやり思いながら最期の紫煙を味わっていると、狼の鋭い聴覚が幾つもの足音を捉えた。ごく短くなった腕を動かし、何とか足掻き身を起こす。

「人間が来る。十人ちょっとってところかな」
「派手に騒ぎすぎたか。……で、その身体でどうする?」

 尋ねられ、彼は不思議そうに首を捻る。

「どう、って。まだ人の首を噛み切る程度の力は残ってる」
「まだヤるか」

 元気だねぇと揶揄する男に、彼は更に首を傾げた。

「人間が森を拓き続ければ、どの道君の教え子も危うい。開拓は止まらなくても、事件になれば多少の時間は稼げるだろうさ」

 そう言うと、男は紅眼を見開き彼を凝視した。

「そいつは俺の都合で、あんたにゃ理由ないだろ。朝日を待たず死にたいのか?」

 それもそうだと彼は思いかけたが、戦いきった充足感か、あるいはいつしか『君』と呼ぶようになった彼へのなにがしかの心の動きからか――小ざっぱりした心地で立ち上がる。

「シガリロ一本分の恩返し、かな」

 男はぽかんと彼を仰いでいたが、やがて犬歯を剥き出して笑った。

「ひひひ! よし行くか、肩貸して? うわ、嫌そ。俺の脚ふっ飛ばしたのあんただろーが」
「俺の腕捻じ切ったよね?」
「お互い様だ、言いっこなし!」
「先に言ったのは君だろうに」

 そうしてどちらからともなくシガリロを吐き捨て、ふたりは朝焼け迫る森へ飛び出していった。


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登場人物】
ケヴィン(la0192)/緑眼の孤狼
化野 鳥太郎(la0108)/紅眼の吸血鬼

【Werewolf】
ウェアウルフ。人狼。獣人の代表的存在。
昼は人間の姿、満月の下では半人半狼となり凶暴化する。
氏族意識が強く群れの絆は堅い。吸血鬼とは犬猿の仲。
【Vampire】
ヴァンパイア。吸血鬼。西洋妖怪の代表格。
能力については諸説あり、恐らく個体差が激しいものと思われる。
血統や氏族に対する誇りが高く、人狼とは犬猿の仲。
おまかせノベル -
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グロリアスドライヴ
2020年05月28日

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