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『腹中の狂信者(3)』
白鳥・瑞科8402

 聖女の振るう剣が闇を切り裂く。ぞっとする程深い闇と対峙しているというのに、白鳥・瑞科(8402)は穏やかな笑みを浮かべていた。
 瑞科の斬撃に応えるように、悪魔は禍々しい魔術を放つ。黒い弾丸は、しかし華麗に戦場を舞う聖女に届く事はない。
「あらあら、わたくしはこちらでしてよ。ちゃんと狙ってくださいませ」
 悪魔がどれだけ猛攻を繰り出そうと、微笑んだ瑞科の整った顔から溢れる自信が潰える事はなかった。
 挑発的なその態度が癇に障ったのか、異界に繋がる穴からこちらを覗き込む悪魔の姿が怒気に揺れる。瑞科はその怒気ごと斬り捨ててしまえそうな程鮮やかな剣撃を、息を吐く間も与えずに繰り出してみせた。
 剣を振るう彼女の姿は美しく、しなやかな足で駆けるその姿はまるで踊っているかのようにも見える。しかし、美しいバラには棘があるように、彼女の振るう一撃もまた悪魔すらも血に染めてしまえる程、棘のように鋭かった。
「それにしても、いつまでそこに隠れている気でして? わたくしと戦うのが怖いんですの?」
 再び、彼女の麗しい唇が紡いだのは相手を挑発するような言葉だ。
 それが、とうとう悪魔の逆鱗に触れたらしい。途端、周囲の景色が歪んだ。這い寄っていた影は広がり、気付けば一面が闇に包まれている。
「ここは……あなた様の世界のようですわね」
 悪魔は、異界から出てくる事はなかった。逆に、瑞科を自分の世界へと引きずり込んだのだ。
 見渡す限りの黒。それでも、ただ瑞科がいるだけで世界は色づく。ふわりとスカートが揺れた。スリットから覗いている美脚で、少女は駆ける。
 気配から相手の居場所に気付いた聖女は、瑞科を自らの陣地に引きずり込めた事で生まれた悪魔の隙を逃さず狙う。
 ――斬撃。悪魔の流す血は、その歪んだ心を表しているかのように黒く淀んでいる。跳躍し、返り血を浴びる事を避けた瑞科の表情には、やはり笑みが浮かんでいた。
 異なる世界に迷い込んだというのに、動揺する事もなく彼女は冷静に攻撃を続ける。この事すらも、聡明な瑞科は予測していたのであろう。
 それどころか、ここに引きずり込まれる事は彼女の作戦の内でもあった。瑞科は自らを餌にするため悪魔を挑発し、敵の拠点へと足を踏み入れようとしていたのである。
 作戦は、見事に成功した。それ故に、地の利は悪魔にある状況であるというのに聖女は微笑む。心の底から、楽しそうに。
「あなた様の世界。あなた様に有利な場所。……ようやく、本気のあなた様と戦えそうですわ」
 これは勝利のための作戦ではない。敵に全力を出させるための作戦なのだ。
 どうせ戦うなら、本気の相手が良い。そんな相手を叩きのめしてこそ、彼女の心は満たされる。自らを強者だと過信した悪魔に身の程を教えてやるために、瑞科は再び剣を構えた。
 何も見えない。悪魔の好む闇の世界。けれど、微かな違和感が彼女の鼻孔をくすぐっていた。それは死の臭いだ。ここで死んだ者がいる事を訴えてくる、嫌な臭い。
「恐らく、犠牲になったのはあなた様を崇拝していた方達ですわね」
 悪魔を崇める者達が、儀式決行前だというのに姿を消した不可解な事件。
 儀式が行われたのか否かも、神父達の調査では判明する事がなかった今回の任務の全貌。それを、瑞科はすでに悟っていた。
 ……召喚の儀式は、あの日確かに行われていた。だが、それを行ったのは、信者達ではない。
「あなた様、餌を求めてこちらの世界の者達を召喚いたしましたわね?」
 儀式を行ったのは、悪魔の方だ。異世界で暮らす悪魔は、自らを崇める者達が召喚の準備を進めている事に気付き、準備の段階で僅かに繋がったこの世界への隙間を使い逆にこちら側の者達を自らの世界へ召喚する儀式を行った。ただ、腹を満たす餌にするために。
「彼らがしていた事や行おうとしていた事も、決して許される事ではありません。しかし、あなた様の方がたちが悪いですわ」
 信者達の信仰心すらも、悪魔にとっては食事を楽しむスパイスに過ぎなかったのだろう。悪い心を持った者達といえど、その心を理解する気もない悪魔に一方的に貪れてしまった事には同情してしまう。
「やはり、わたくしが裁いてさしあげなくてはなりません」
 闇から伸びてきた悪魔の腕が、瑞科という次の獲物を捕らえようとした。しかし、遅い。瑞科を捕まえるどころか、彼女に触れる事すら叶わない速度だ。
「期待外れ、ですわ」
 どこか失望したように聖女は呟く。相手の方が有利な状況であるというのに、この程度の力しかないという事実に興が削がれてしまった。
「わたくしの期待を裏切った罪も重いですわよ。懺悔する時間もあなた様には与えたくはありませんわ。どうか、お眠りになってくださいませ」
 自身を捕食者だと思い込み、人々を食らっていた悪魔を聖女の振るった剣が切り裂く。太腿に括り付けたナイフや、電撃や重力弾すらも必要のない相手だった。
「あなた様、少し弱すぎますわ」
 呆れた様子の瑞科が吐き捨てた無慈悲な言葉に、悪魔の断末魔の叫びが重なるのであった。


東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年05月28日

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