『腹中の狂信者(4)』

白鳥・瑞科（8402）

　白鳥・瑞科(8402)は、闇に横たわるように倒れ伏す悪魔を見下ろしながら呆れたように肩をすくめてみせる。
「悪魔にはお似合いの惨めな末路ですわね」
　見るも無残な姿になった悪魔を嘲笑う彼女の瞳には、勝利のためか高揚感が滲んでいた。
　周囲の闇が消えていく。元の世界へと優雅に降り立った瑞科は、慣れた手付きで通信機器を手に取り「教会」本部に連絡を入れた。
「任務完了ですわ。後に残ったゴミの後片付けを、お願い出来まして？」
　微かに残る悪魔がいた痕跡を見下ろしながら、聖女は言い放つ。彼女がその時浮かべた笑みは、残酷なまでに美しい、笑顔であった。

　◆

「久しく大した相手と戦えていませんわね。次の任務では、もっと強い方と戦えたら良いのですけれども」
　休暇中の瑞科は、少し退屈そうな様子で呟く。先日戦った悪魔は強大な力を有していたが、「教会」随一の実力を持つ瑞科にとっては大した相手ではなかった。
　悪魔が狂信者達をその拠点ごと自らの世界に召喚したという事実に気付いた時は、少しは楽しませてくれそうだと期待したものだが――。
「あの程度の相手など、戦った事にカウントするのも嫌ですわ」
　いちいち倒した弱者の数まで数えていたら、きりがない。悪魔の事は忘れ、瑞科はひとまず休暇を楽しむ事にする。
　向かうのは、最近よく足を運んでいる小さなカフェだ。
　しかし、そのカフェの扉にはCLOSEと書かれた看板がかかっていた。その下には閉店のお知らせと書かれた紙まで貼り付けられている。
「あら、閉まってしまったんですのね」
　この店の紅茶は香りが良く、瑞科のお気に入りの店の一つであったため、聖女は少しだけ残念そうに呟いた。
　ふと、近くでうわさ話をしてる少女達の会話が耳に入ってくる。ちょうど、この店について話をしていたらしい。
　なんでも、このカフェは先日近くに出来たばかりのカフェに客を取られてしまい、経営を続ける事が出来なくなってしまったようだ。
「どの世界でも、弱い者は淘汰されてしまうのですのね……。哀れですわ」
　寂れた店内に取り残されてしまったのか、花瓶がぽつんと一つ置いてあるのが見える。花は未だ花瓶に活けられているままだったが、すっかり枯れ果ててしまっていた。以前見かけた時の美しさは、今となっては見る影もない。
「せっかく綺麗でしたのに」
　何事にも終わりはくる。永遠はない。その当たり前な事実を、聡明なはずの瑞科は時に忘れそうになる。聡明であるからこそ……かもしれない。
　彼女は、自分の実力を知っている。今の自分に勝てる者などおらず、この先自分があのように、寂しくも惨めな末路を遂げるなんてありえないという事実を。
「終わりも敗北も、わたくしには無縁なものですわ」
　気を取り直したのか、楽しげにそう呟き瑞科はその場を後にする。
　せっかくなので、その新しく出来たカフェとやらに向かうつもりだ。この店よりも美味しいのなら、そちらの店の方が自分には恐らく相応しいだろう。
　一人寂しく朽ちていく花になど、彼女はもう一瞥すらくれる事はなかった。

　◆

　瑞科がその場を去ったすぐ後に、花はぽとりと床へと落ちる。枯れ落ちたわけではない。花瓶の横にいつの間にか立っていた、影のせいであった。
　深い、深い闇の色をしたその影が、揺れる。まるで笑ってでもいるかのように。
　影は、揺れる。自分よりも強い者がいる事など夢にも思わず、ただ自らの力を過信し生きている瑞科の事が、ひどく可愛らしくて……それでいて哀れで仕方なかったからだ。
　瑞科はまだ気付いていない。彼女に恨みを持つ者、単純にその力と美貌に惹かれ興味を抱いている者、数多の闇が彼女の事を狙っている事を、知らない。
　その中には、今まで瑞科が叩きのめした者達とは比べ物にもならない程強大な悪も存在している。
　華麗で、聡明で、圧倒的な実力を持つ瑞科。今まで揺らぐ事のなかった彼女の自信も、この悪を前にしたら恐らく揺らぐに違いなかった。
　敗北どころか、自分が苦戦する可能性すらも考えた事がない彼女は、その慢心によって地獄を見るだろう。
　今まで倒してきた悪魔に対して彼女が向けた嘲りは、その時全て瑞科の元へと帰ってくる。
　完膚なきまでに叩きのめされ、無様に敗北し、痛々しい姿をさらした時、聖女の口から出てくる言葉はいったいどのようなものなのだろうか。彼女が、『悪魔にお似合いな惨めな末路』よりもひどい末路を辿る時に、プライドと自信をへし折られた聖女が口に出す悲鳴の音色を想像し、影は一層大きく揺れる。
　花ですら、このように寂しく惨めに散る時もある。花に例える事すら難しい程美しい彼女の末路は、はたしていったいどのようなものだろう。
　恐らく、傲慢な彼女にお似合いの末路に違いない。そう影は思い、闇へと溶けていくのであった。

　◆

　何も知らない瑞科は、笑いながら、出来たばかりのカフェでティータイムを楽しんでいる。
　微笑む彼女の目に映るのは、ただただ輝かしい未来だけだ。前をじっと見据えているせいで自らの進む道を照らす光に影が増えている事に気付かぬまま、聖女はこれからも悪魔を見下し、倒す日々を送っていく。
　いつか自分の慢心を思い知り、この道が悪魔の腹の中へと続いているという残酷な事実に気付く、その日まで。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
いつもご発注ありがとうございます！　ライターのしまだです。
今回の瑞科さんのご活躍、このような感じのお話となりましたがいかがでしたでしょうか。
お気に召す物語になっていましたら、幸いです。何か不備等ありましたら、お気軽にご連絡くださいませ。
それでは、ご依頼誠にありがとうございました。また機会がありましたら、是非よろしくお願いいたします！

東京怪談ノベル(シングル)

しまだ

東京怪談

2020年05月28日