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『今隣にいられる幸せを噛み締める』
神埼 夏希la3850)&吉良川 鳴la0075

 本日も晴天。絶好のバッティング日和である。といっても、バッティングセンターに天候が影響するのはせいぜい行き来程度のもので管理人の吉良川 鳴(la0075)が任務に出掛けていない限りは年中無休。しかしこれでは生活出来ず、ライセンサーにならざるを得なかっただけあって、客足は好調とは言い難い。その凡そが見慣れた面子だ。掃除機のナオは今日も仕事に励んでいる。怒りに任せて備品を壊そうとするような輩もいるにはいるので、縦横無尽に動くその後ろを巡回も兼ね歩いていく。――と、入口の扉が開く音がしたので、鳴は追うのをやめてそちらに向かった。しかし受付に誰もおらず、首を傾げる。音楽を齧っているので耳には自信があり、聞き間違いとは思えないが。そう考えて扉に目を向けたところ、薄く開いた隙間から覗く金色と目が合う。一目で誰だか分かったのにびくっとしてしまった。
「……夏希?」
 と名前を呼べば、鳴の元カノである神埼 夏希(la3850)が扉を開き中に入ってきた。伏せた目がおずおずとした様子で上がり、もう一度目が合う。一瞬泣いているのかと思った。やけにしおらしい態度に数年の交際で培った慣れが崩れて、内心鳴は焦る。何も泣かせるようなことはしていない、筈。時折素っ気なくなるのは自身も認めるところではあるのだが。それで挫ける程彼女は弱い人ではないのだ。何せ別れて暫く経った後で、風の噂を聞きつけて自身もライセンサーになったくらいである。
「なになに、一体どうした?」
「その……元気かな、って思って」
「んん? ……いや、元気だけど」
「そう。それならよかった!」
 元気のなさにつられて鳴もトーンが下がったので、急に元気になられて今度はテンションを上げるのが追いつかない。しかし全くお構いなしに夏希は明るく朗らかな彼女に戻った。胸の前で手を合わせ微笑むと、夏希はあのねと声を弾ませる。
「この前、遊園地のチケットを貰ったんだよ♪ 良かったら、鳴に一緒に来てもらいたいな」
「遊園地、って、俺と夏希の二人で行く感じ?」
 そう尋ねると、腕のブレスレットになぞるように触れた後、腕を下ろして夏希は頷く。伝わってくるのは僅かな困惑――いや、期待と不安だろうか。確かに普通なら、元カノと二人で遊園地なんて行かないだろう。ましてや他に大事に想っている存在がいるのならば尚更。とはいえ付き合っているわけでもなし、遊びに行くだけでやれデートだと騒ぐには鳴も夏希も大人である。
「んー、じゃあ、行こうかな」
「だよね……え? 本当に?」
 何故か鳴が断る前提で誘ってきたらしい。目を丸くする夏希にヘアピンで留めた前髪をちょいちょいと直しながら鳴は自らの指の隙間から彼女を見返し訊く。
「夏希、それじゃあ俺以外に誘う相手、いるんだ?」
「それは……いないけど」
 鳴の脳裏に同性異性問わず何人かの顔が浮かんで、しかし凡そ良好とはいえない仲に絶対に行く筈ないと結論付けた。太腿の辺りまで伸びた蒼色の長い髪に、フリルのついたワンピースとお嬢様然とした夏希がむっと頬を膨らませる。清楚な外見と子供じみた反応のギャップに鳴はつい笑いそうになるのを堪えた。
「じゃあ決まり、だ」
「うん。鳴、ありがとう」
 笑顔を取り戻した夏希とその場で日時を決めると、まるで見計らったように珍しくも初の客が入ってくる。すぐに笑みを浮かべ、対応しようと向かう鳴の服の袖を白魚のような指が掴み、緩く引っ張った。楽に振り解けるがそうはせず、足を止めて振り返る。
「当日、楽しみにしてるね♪」
 蕩けるような甘い声で言い、それで満足したらしく、夏希はスキップをし始めそうな軽い足取りでバッティングセンターを出ていった。さらさらと波打つ髪が綺麗だなんて現実逃避な思考が脳裏を掠め、我に返ると鳴は新規の客に声をかける。その一日は驚く程に盛況だったので天気が理由か夏希のお陰かと、そんなことを考える鳴だった。

 そして日を跨いで約束の日。二人は電車を乗り継ぎ、連れ立って夏希が持つチケットに書かれた遊園地に辿り着いた。今日は彼女も今まで通り、鳴がよく知る頃と何も変わらない。交際していた頃のデート当日さながらのはしゃぎっぷりを見せていた。ゲートを潜るなり、夏希は振り返って笑う。前屈みになってこちらを見る姿は絵画も同然に嵌まっていた。
「ほらほら、鳴、女の子はちゃんとエスコートしなくちゃ♪」
「いや、遊園地で遊ぶのに、エスコートも何もないって……それだって、持つって言ったのに、頑なに譲らないし」
「これは駄目だよ。だって、大事なものが入ってるんだもの」
 手を伸ばして促してみるも夏希は無理矢理奪われるといわんばかりに、両腕でその大きな鞄を抱え込む。歩いているときもいかにも重そうで何度か代わりに持つと言ったのだが、今みたいに断られてしまうのだ。そんな大事なら別に持ってこなくても、との言葉をぐっと鳴は飲み込む。自分で持つなら好きにさせればいい話だ。
「そんな大事なら、コインロッカーにでも、入れておきなよ。でなきゃ、ジェットコースターにも乗れないでしょ」
「あっ、そうだね」
 感心した声をあげる夏希にどうもその発想がなかったらしいと知った。ゲートのすぐ側にある中サイズのコインロッカーを利用して鍵はブレスレットにして敢えて左手につける。
(そんなに大事なんだ。って、俺も人のことは言えないけど、ね)
 別れてそれなりの月日が経ったのに、二人の手首には未だに贈り合ったブレスレットがついている。それを意識するとデート気分になりそうで、余計な感情を追い払い鳴は溜め息をついた。過去を振り返ったところでどうしようもない。
「折角だし、夏希の好きなアトラクションでいいよ」
「本当にっ!? やったぁ、ますます楽しみだよ♪」
 ぎゅっと丸めた手を胸の高さに上げてはしゃぐ彼女は控えめにいって可愛らしい。ただあの頃と見え方が変わっているのを自覚した。愛着か罪悪感か何ともいえない感情を抱き、早くと急かす夏希と共に奥へ進む。各種アトラクションを一巡出来そうなくらい時間はたっぷりとある。

 ◆◇◆

 鳴との久々のデートを楽しみたいという下心も半分込めて選んだ遊園地だったが、パンフレットを読みつつ次はどれに乗るかを決める度、もう自分たちは恋人ではないのだと現実を突きつけられて夏希は胸がぎゅっと締め付けられる思いがした。――今でも淡い恋心を抱くのは自分だけで、鳴のそれは別の子に向いている。挫けそうになる心を奮い立たせ、何でもない顔で夏希は彼を引っ張っていった。
「夏希、観覧車とか好きじゃなかったっけ?」
「うん、まあね……好きだけど今はそんな気分じゃないかな。それよりも、シューティングライドで鳴の格好良いところが見たい!」
 スナイパーとしてライフルを使用した遠距離狙撃で支援するのが鳴のスタイルだ。後方支援に特化したクラス二種の彼と違い、夏希はレイピアによる近距離での戦闘も行なえる為、その姿を間近に見る機会は少ない筈である。期待の眼差しでじっと見上げると、少し渋い顔をしていた鳴は息をついた。駄目なのかなとしゅんとすると夏希の頭に手が乗る。大きくはないが男らしい、人差し指と中指の間に煙草を挟む印象が強い異性の手だ。撫でるでもなく触れ、すぐ離れる。鳴は得意げな笑みを浮かべていた。
「任せてよ。前より絶対、上手くなってるから、さ」
 翡翠色の瞳が太陽の下、きらきらと輝いて見えた。常に明るく人懐っこいわけではないと知っていればこそ、眩しくて格好良くて、夏希は彼が好きだとまた実感する。
(――だからもう一度手を繋ぎたいよ)
 観覧車に隣同士座って、あるいはお化け屋敷で怖くなくても怖いふりで、腕を巻きつけて。そんな恋人同士のデートがまたしたい。距離が遠くなったことへの悲しみを取り戻すという決意に変えて夏希は鳴の肩を叩くと、二人でシューティングライドに向かう。

「すごく格好良かったよ♪ 流石のスナイパーだったね、鳴」
 あくまでアトラクションなので、銃もナイトメアをイメージしたらしいオブジェクトも、本物を知っている自分たちにはチープに見えたが、素早く照準を合わせて鮮やかにパンパンパンッと連続ヒットを決める横顔は控えめにいっても最高だった。鳴がどれだけ頼りになるかはもう身を以って知っているけれど。あの時とはまた別の意味で惚れ惚れした。
「まあこれくらいは、ね。けど、そろそろ小腹が減ってきた、な。レストランは――」
「あっ、待って、鳴」
「んむぅ?」
 出端を折られた鳴は一度横を通ったレストランに向かいかけた足を止めて、僅かに眉根を寄せる。その彼に夏希は一度コインロッカーまで戻ることをお願いした。そしてゲートの側まで行き、中身が詰まった鞄を抱えるとレストランではなく、休憩所へと鳴を導く。理由は明かさなかったので、真正面の椅子に腰掛け訝しげな顔をするその目の前に、鞄の中身を取り出して置けば彼は驚きに目を丸くした。
「なに、弁当を作ってきたんだ?」
「調べたら持ち込みOKって書いてあったから。お詫びも兼ねて、奮発したよ」
「お詫び?」
 まるで心当たりがないといわんばかりの不思議そうな顔つきに夏希は神妙に頷いた。二人の間には手製のお弁当が置いてある。鳴の物のほうが大きいのは食事量の差を気にしたというよりも、あれもこれもと作ったら多過ぎたせいだ。楽しい気持ちが急激に落ちる。テーブルの下で指を交差させて、一瞬の躊躇を飲み込んで口を開いた。
「この前の任務、私を庇って怪我をしたでしょ。だから、ずっと謝らなきゃって思ってたんだ」
 鳴を追いかけ、ライセンサーになった夏希は、先日初の任務に挑んだ。当然ながら何も知らない人間を急に戦場に放り込む程SALFも鬼畜ではないので、それなりに戦えるようにはなっていたが、不安があった為にこっそりと鳴が受けた任務に紛れ込んだのだ。何も知らずに対面したとき、彼は驚いた後呆れを隠しもしなかったが、比較的安全かつ貢献も出来るようなポジションに進言したりと、さり気なく世話を焼いてくれて嬉しくて、無自覚なままにはしゃいでいたのかもしれない。押せ押せな空気に飲まれ前に出過ぎ、恐怖でイマジナリーシールドの強度が緩んだところを襲われて――そこに遥かな後方にいる筈の鳴が現れ、夏希に覆い被さるような格好で助けてくれたのだった。今でも――というよりもライセンサーである限り二度と忘れない気がする真新しい記憶。目を閉じれば鮮明に蘇る。密かに拳を握る夏希に返ってきたのはあっけらかんとした声。
「怪我、っていっても全然大したことなかったから、ね。夏希が気にしてるとは、思わなかったよ。だから誘いに来たとき、少し様子がおかしかったんだ、ね」
「だって鳴が傷付くところを見るなんて思わなかったんだよ。……凄く怖かった」
 確かに傷が深くないことは素人目にも見て取れた。しかし戦うことも怪我することも夏希にとってはまだ非日常の出来事。生半可な気持ちでライセンサーになったわけではないが、想像よりも現実は生々しかった。
「まあ俺だって、ライセンサーになったのは生活の為だけど。だからこそ、死ぬつもりはない、よ。安心してくれ」
 頬杖をついて鳴は微笑んだ。今までも夏希を安心させてくれた、付き合っていた頃と何一つ変わらない顔で彼は笑う。夏希は泣きそうになるのをぐっと堪えて笑い返した。大好きな鳴の言葉を信じる。たったそれだけで、彼を失う怖さを消し去ることが出来るのだ。
「うん、分かった!」
「なら、良かったよ。それで、弁当は何が入ってるのかな?」
「勿論、私の手料理だよ! おにぎりに鮭の照り焼きと、きんぴらごぼうも……腕によりをかけて作ったから、一杯食べてね♪」
 夏希は和食を作るのが得意なので満足がいく量の料理を色々詰めた弁当を用意し持ってきたのだ。鳴が包みを外し蓋を開けるのに合わせて自分も同じようにする。そうやって二人、手を合わせて「戴きます」と声まで揃えた。また同じ時間を過ごせる、その喜びを夏希は強く噛み締める。
 今はデートとは呼べず、あの子に気持ちが傾いているのを知っていても。諦められないくらい鳴が好きだ。この時間を楽しもう。今日という日は続くのだから。鳴の美味いという言葉を心待ちにしつつ、ご飯を食べたら何しようと夏希は期待に胸を弾ませるのだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
これを書き終えた時点では、夏希さんはまだ任務を
受けていない状態なので完全に捏造になってますが、
最初はくっついていきそう、鳴くんも何だかんだで
世話を焼いていそうというイメージで、先輩後輩の
経験の差が出て……と妄想が膨らんだ為書きました。
あとは単純にデートするところが書きたかったです。
しかし別れた理由やブレスレットの意味が分からない以上は
付き合っている際のラブラブな様子は難しいというのがあり、
なので夏希さんには申し訳ないですが再会後にしました。
しかし夏希さんの幸せも密かに応援したい所存です。
今回も本当にありがとうございました!
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グロリアスドライヴ
2020年05月28日

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