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『Ex.snapshot 006 満月・美華』
満月・美華8686

 場所は書斎かベッドの上か。覚醒か睡夢か――どちらつかずでいる様な、そんな中。
 いつも通りに思索を巡らせ、ふと、瞼を開けた時の事。

 まず感じたのはどうにも落ち着かない位の違和感。
 頼りなささえ覚える程の、それ。

 瞼を開けたそこから、意識をはっきりさせようとゆっくりと頭を振ってみる――そんな風に、何の気無しに振る事すら出来た。……意志のままに、簡単に、当たり前の様に。
 それから、額を押さえる――押さえる為、ゆるゆると腕を持ち上げる事も出来た。特別意識しなくとも。手を、指先を動かせる。何も構える事無く。簡単に。あっさりと。
 メイドゴーレムの手も借りる事無く――“それ”が、為せている。
 ただ、“それだけ”の事であるけれど。
 私にとっては、“それ程”の事でもあって。

 湧き上がるのは疑問より喜びの方が先だった。

 魔術の徒であるこの私であってさえ、感情の方が先に立つらしい。
 これも一つの発見かもしれない。

 ゆるゆると持ち上げた腕が視界に入っている。
 どれ程振りになるかもわからない、その、“見た目”。
 丸々と肥えた肉塊じゃない、当たり前の、人がましい細さ。
 手指の区別がきちんとある――意のままに、動かせる。
 頭が振れる――首が、ある。
 ……有り余る肉に埋もれていない。
 指と掌、手首に腕、首と肩と頭の区別が、きちんとあるのだと、感覚でわかる。

 ――違和感と頼りなさを覚えた理由は、まず自身の肉の薄さ。
 本来当たり前な筈のその状況が――久し振り過ぎて、落ち着かない。
 自身の肉が自身の肉に張り付き、季節問わず汗ばむ不快な感覚があまりにも薄い。

 ただ。

 喜びと同時に、致命的な懸念も浮かんでいる。
 だから、まず感じたのは“違和感と頼りなさ”――だったのだ。

 ――私の中の“命”はどうなった。

 違和感と頼りなさ。その正体が頭の中で意味のある言葉に帰結するなり、反射的に腹を抱える。妊婦が未だ生まれぬ我が子を案じる様にして――いや、行為としてはそうだったかもしれないが、彼女が抱いたのはどちらかと言えば“モノ”に対しての感覚、執着だったろう。
 とてもとても大切な、自分が辿り着いた“成果”――それが台無しになっていないか、どうか。
 今の自身の状況。代償としての体の肥大化が無くなったのならば、それで得た筈の“物”――私の中にある有り余る“命”も無くなってしまっているのではないか。
 抱えた腹を、撫でさする。





 とくん。とくんとくんとくん、とくん。どくん。





 ……“ある”。

 無くなってはいない。
 不吉ささえ孕む異様な鼓動の乱打は、そのまま。感覚的な命の重さも――胎の内にある、慣れ切ってしまった違和感も、同じ。
 ならば、“成功”……した、と思っていいのだろうか。
「地母神」と思しき存在との契約により手に入れた“永遠の命”――身の内にある数多の命、と言う形で手に入れた、自身の命のスペアとしての“それ”らはそのままに。
 代償、副作用として常識外れに肥大化を続ける体の方だけを、元の通りに戻す試みが。

 いや。

 今は――そんな魔術を試みてはいなかった筈。
 ならば、これまでに試みて来た数多の魔術実験の内、どれかが今頃になって功を奏したと言う事か?
 思い、これまでに自らの身に行った幾つかの魔術実験を思い起こしてみる……いや。幾ら思い返しても、どれもこれもが腑に落ちない。
 魔術実験と言うより、辛うじて一番の効果があったと言えるのが、己の力として元々持ち合わせている変化の魔術。但し、術式自体が可能は可能でも集中力と魔力を著しく要する術式故に、契約この方、まともに使いこなせた例が殆ど無い。
 ごく一時的な成功はしたとしても、必ず、何処かで、ボロが出る。
 少しでも気が緩んでしまえば、それで最後なのだ。
 ……つまり、覚醒か睡夢かもわからない意識もはっきりしない中での“これ”は、私の施術出来る変化の魔術の成果、では有り得ない。

 なら、これは何なんだ。
 わからない。
 まさか、今までのあれは、ただの悪夢だったとでも言うのだろうか。
 ……いや、そんな都合のいい話などある訳が無い。

 けれど――それでも。
 少なくとも、今なら。

 己で自在に動けるのである。ならば、これまでにやろうとしても出来なかった事をもやってみればいい。それで、足りなかった研究を進めればいい。
 そして、今の私の、ずっと望んでいたこの――元の通りの姿に戻れているのは“何故なのか”を、はっきりさせる為の知見を得るのだ。
 まだ、手放しで喜んではいけない。
 本当に喜ぶのは、きちんと裏付けを得てからでなければ。

 逸る心を何とか抑えつつ、満月美華(8686)は、そう思う。

 ……けれど、ああ。

 意思のままに当たり前に体を動かせるなんて。なんて、なんて自由なのだろう。



 屋敷の表へ出向く。魔術の力もメイドゴーレムの力も借りず。己が身だけで、外出をする。足取りも軽い――当たり前の様に歩く事が出来るなどどれ程振りか。

 ……有り余る“命”は、確かに私の中にある。

 そう、どの“命”も同様に、お腹が空いたと叫んでいる様で――この辺りは、体の肥大化が戻ってもそのままなのだろうか? とちょっと不思議に思う。……いや。不思議を不思議で片付けるのは魔術の徒の遣り方じゃない。何かしらの理由がある筈。……私の中の有り余る“命”が私の肥大化した肉をも消費した? その可能性をふと思い付く――だとしたら。

 今度は、私が“命”に食い潰されかねない……?

 思い付いた可能性にぞっとしながら、空腹を過ごす。
 こうしている間にも、“吸われて”いる様な気さえした。

 堪らず、通りすがろうとしたそこにあった喫茶店に飛び込む。
 いらっしゃいませの声も最後まで聞く余裕無く、席にすら着く前の時点で――メニューにある物全て、と注文した。店員が面食らい聞き返して来るのも苛立たしい。何も聞かず頼んだ通りに持って来てくれればいいのに。早く。早く。早く。まず運ばれたのは珈琲とプリンとサンドイッチ。届くなり、すぐに食べ始めた。続いて、数種のパフェに、ナポリタン、グラタンに、ハヤシライスに……と、注文通りにメニューが続々と並べられていく。
 ……そう、こうでなくっちゃ、と少しだけ心の何処かに安堵が戻る。カトラリーで口に運ぶのももどかしく、殆ど掻き込む様に――呑み込む様にして食べる。食べる。食べる。食べた物が腹に溜まって行くのがわかるのに、まだ足りないと不安が残る。傍から見ればどれだけ汚らしい喰い様になっているのかとも思う。だがそんな事まで気にしている余裕が無いのだ……もっと食べなければと言う使命感が全てに勝る。

 これだけ食べ続けているのに、まだまだ腹が空いているのだから――










 ――目が醒めた。

 瞼を開ける事すら億劫で、頭を振る――なんて、何の気無しに出来る訳が無い。覚醒したそこから、肉を震わせる以上は動けない。腕を持ち上げるなんて夢のまた夢――そうか、夢だったのか、と思う。

 豊穣の魔女として肥えに肥える前の姿のままで、有り余る“命”を抱えたまま、身軽に動けているなんて都合のいい夢。
 そんな事がある訳が無かった。
 ……夢の中であってすら、最後まで御都合主義が続かなかった。

 結局は、これでまた、いつも通りの日々が続くのかと思う。
 真なる永遠の命を得る事と、肥大化し続ける体の返上を模索する日々が。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

 満月美華様にはいつも御世話になっております。
 今回はおまかせノベルでの発注有難う御座いました。

 どうもこちらのキャラ把握がいまいち怪しい所だったとお見受けするのに、おまかせ頂いても良かったのかなと思いつつ。
 結果として、少々変化球な感じで書かせて頂きましたが、如何だったでしょうか。

 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いなのですが。
 残り期間も少なくなってしまいましたが、またの機会が頂ける時がありましたら、その時は。

 深海残月 拝
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東京怪談
2020年05月29日

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