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『Ex.snapshot 007 桃李』
桃李la3954

 ん? どうしたの。俺の顔に何か付いてる?
 そうじゃない……って事は、ひょっとして見蕩れちゃったかな? なんてね。
 ああ、ごめんごめん。困らせるつもりじゃなかったんだ。きみみたいな可愛いコに憂い顔は似合わないよ。
 だから笑って見せてよ。……ね?

 うーん。俺、何か変な事言ったかな。なに? 初対面相手に馴れ馴れし過ぎるって?
 ま、確かにその通りで間違ってはないよね。
 でも、そういう風に話し掛けちゃって大丈夫だろうなって思えたんだよ。きみにならね。

 あ、そうだ。まだ名乗ってもいなかったっけ。
 俺の名前は桃李(la3954)だよ。きみの名前は……教えてくれる? それとも嫌?



 クスリ、と笑う端整な顔立ちに、また、どきりとさせられる。
 思わず見ていてしまったら、気付かれてしまって、あまつさえ声を掛けられてしまって。
 これはナンパなのかな、どう反応したらいいんだろうってあわあわしていたら、あれよあれよと言う間に、同席までしてしまっていて。
 テラス席で小休止がてらお茶をして、それから気分を切り替えてバイトに向かおうって思ってた所。
 すぐ近くの席で、ちょっとびっくりする位に綺麗な男の人が珈琲を喫していた。

 年の頃は、二十歳よりは少し出ていそう。
 凄く長身だけど、体は薄くて華奢。でも、ひ弱って感じはしなくて――それだけ、自信に溢れてる様に見えるからかな、それとも、何かそう思える事に裏付けがあるのかな。例えば、何かの武術やってるとか、実はイマジナリードライブの適合者――SALFのライセンサーだったり、とか。
 そんな細身の体を包んでいるのはシックなベストスーツ。その上に、やけに鮮やかで綺麗な色の上着を羽織ってるなと思ったら――こちらは日本伝統の着物らしかった。それも、多分、女物の。

 ちょっと唐突な、傾いた格好。
 冷静に見るなら胡散臭いって思いそう。
 でも“そんな格好”だったからこそ、多分、現実離れして見えて。
 警戒する気になれなかったんだと思う。
 綺麗と思うのが、先に立ったんだと思う。
 長めの前髪がちょっと表情を隠してる感じがあって、その奥にある瞳は凄く不思議な色合いで。金が散りばめられている様な深い青――瑠璃色。こんな色合いの瞳があるんだなって、初めて知った。
 同じく黒髪に隠された耳たぶには、蒼玉の耳飾りがちらりと見える。そこに付いてるタッセルみたいに華やかな――毛先に行くに従って赤いグラデーションになってる房飾りが、この人の――桃李さんのほんのちょっとした動きに従って、控えめに揺れている。

 それら一つ一つが、奇抜で派手なんだけど、なんか、しっくり来る感じがして。



 そっか。教えてくれて有難う。可愛い名前だね……ふふ。照れなくていいよ。
 って、あ、ひょっとして忙しい所で呼び止めちゃってたかな? だったら……え、そんな事ない? 本当に? 無理しなくていいんだよ? ……無理もしてない? ……まだ時間あるから大丈夫?
 ……ふぅん、そっか、これからバイトだったんだ。じゃあ仕方ないよね、適当な所で切り上げないとだね……でも。これだけなんて何だか惜しいなぁ。そうだ、良かったらまたここで会って貰える? ……あ、今頷いてくれたよね。有難う。凄く嬉しいな。



 くすくすと軽やかに笑いながら、桃李さんはそんな風に言ってくる。
 私とこんな風に話してて、この綺麗な人の方が本当に楽しんでいるのかなって、気にはなったけど。

 気安く言葉を交わして、笑い合って。初対面同士の薄っぺらい遣り取りだってわかってるけど、でも楽しくて。
 このままもっと桃李さんと話していたいなぁなんて、思い始めた、矢先。

 急に、周辺が慌ただしくなって来た。
 警察の――パトカーのサイレンが何処からともなく聞こえてくる。それも、複数。辺りを見回してはみたけど、今ここから見える範囲では――何も起きていない。



 あれ、何かあったのかな。物騒だねぇ……でも。ちゃーんと駆け付けて来てるんだから、おまわりさんが何とかしてくれるよ、きっと。
 きみもここに居れば大丈夫だよ。もし何かあっても俺が護ってあげられるし? ね?

 ひょっとしてそろそろバイトまでの時間厳しい? いや、時計気にしてるみたいだったからさ……でも、さっき教えてくれたバイトの場所って……今サイレン聞こえた方角みたいだったよね。
 気になる様ならバイト先の人にまず携帯端末で連絡取ってみた方がいいかもしれないよ。直に様子見に行くよりまずそうした方が。もし向かう途中で何かあって、巻き込まれちゃったりしたら大変だからね。

 うん。

 ……SNSに反応もないし電話に出てもくれないか。そんな事いつもはないんだ? ……心配だね。じゃ、俺が一緒に行ってあげるよ。様子を見に行ってみよう。



 桃李さんの厚意に甘えて、バイト先まで一緒に行って貰う事にする。既読すらも付かないし、幾ら鳴らしても留守電に切り替わるだけ。バイト直前のこのタイミングでそんな反応は有り得なくて、さっきのサイレンもあって――酷く、不安になった。
 急行したバイト先は、ペットショップ――と言うか、熱帯魚とか金魚とかの水棲生物を取り扱う店になる。あろう事かパトカーが複数止まっているのはその店の前だった。が――その割に、妙に静かなのがまた、変な気がした。気が逸って当の店に駆け寄ろうとしたけど、さりげなく桃李さんに腕を掴まれ、やんわりと止められた。

「俺が先に行ってみるよ。きみは後からゆっくり、ね?」

 言い聞かされる通り、素直に私は動きを止めている。それを認めて桃李さんはにこやかに頷いて来ると、それから――何でもないみたいなゆったりした足取りで店へと向かった。その最中、ちょっと大きめの扇二つを何処からともなく取り出して、綺麗な所作で両手それぞれに持っていたのだけれど、理由はわからない。
 ただ。
 その姿が店内に消えて少しした時、何だか大きな異音がした。
 私は慌てて後を追う。

 そこには。

 扇を広げて舞っている桃李さんの姿があった。
 いや、違う。
 ……舞ってるみたいに、凄く綺麗で優雅だったんだけど、本当は舞じゃなくて、戦ってたんだって、すぐにわかった。おまわりさんが周りに倒れてる。そして桃李さんの前に居たのは――人型とは程遠い、ナニカ。
 ナイトメア、と頭に浮かんだ。
 多分、倒れてるおまわりさんはこのナイトメアにやられてたって事なんだろう。ひょっとすると、私が連絡を取ろうと試みたバイト先の先輩も。
 ちょっとびっくりする位に力強く躍動する桃李さん。肌のあちこち、何かに侵蝕されてるみたいな禍々しい位の黒い色が浮き出ているのにも驚いたけれど、それで舞の凄さとか、桃李さん自身の端整さが損なわれる訳では決してなくて。
 黒い扇が――鉄扇が閃く度、黄色の飾り房がひらりと揺れる。ナイトメアに向かい、指示した軌跡に鱗粉めいた何かが浮かんだかと思うと――その軌跡の通りに切り刻まれ、ナイトメアは形を無くした。

 そこまでを茫然と見ていたら、舞を終えた桃李さんが、ふとこちらを見て、クスリと微笑んだ。
 私を安心させようとするみたいな、そんな笑い方だった。
 さっき、初めて話し掛けて来た時みたいな、そのままの軽やかな笑顔。

 ……やっぱり何だか、凄く現実離れした時間を過ごしていた様な気がする。
 凄く、凄く綺麗な、夢を見ていたのかも。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

 桃李様には初めまして。
 今回はおまかせノベルの発注有難う御座いました。
 果たして初めましての当方で本当に良かったのかと思いつつ。

 内容ですが、おまかせ、となるとキャラクター情報やら過去作品からして「こういう事あるんじゃないか」と考えてみたキャラ紹介的な日常、がまず思い付く所なのですが、その流れで今回はこんな形になりました。最後の状況は初めから読んでいたのか偶然か、どちらとも取れそうですが詳細は不明。な感じで。
 致命的な読み違え等無ければ良いのですが……如何だったでしょうか。

 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いなのですが。
 では、またの機会が頂ける時がありましたら、その時は。

 深海残月 拝
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グロリアスドライヴ
2020年05月29日

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