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『見舞』
LUCKla3613

 ようやく少し馴染んできたようだ。
 この世界の理にも、誰のものかしれない右腕にも。
 検査入院――他人の義腕を傷口に押しつけただけで自らの腕としてみせた埒外のせいだ――させられ、とある病院の個室にいるLUCK(la3613)。ベッドの端に腰かけ、先の戦闘で謎の青年技師に換装された右腕を意味もなく動かしてみる。
 細かな機械が押し詰まった義腕は音もなくなめらかに動き、瞬時に出力をゼロからマックスまで、自在に上下させてみせる。
「おもしろくはないが、俺の体よりも性能がいい。……おもしろくはないが」
 つい2度言ってしまうほど、原因不明の“おもしろくなさ”は色濃い。もっともLUCKはそれが理不尽であることも弁えていた。
 技師は彼の元の右腕を持ち帰ったようだから無償ではないとしても、到底この右腕と釣り合う価値はないはず。正当な対価を支払うならば、最低でも四肢のすべてを渡す必要はあるか。

 と。
「LUCKさん、お加減いかがですかー」
 過ぎるほど豊満な看護師が、高い声を先触れに病室へ入ってきた。
「特に問題はない。それよりも、着ぐるみ越しではこちらが落ち着かん」
「あらー」
 笑みを崩すことなく、看護師はベッド脇の丸椅子へのすり、腰を下ろした。耐久力に極振りでしているはずの金属の四つ足が撓み、なにかを通されたかのごとくにまっすぐ伸びる。あきらかに自然現象ではなかったし、この“におい”は。
「リジェクション・フィールド……ナイトメアか」
「人類からはエルゴマンサーって呼ばれてますけどー」
 エルゴマンサーが俺になんの用だ? 少なくとも、俺程度の中堅相手に出張ってくる必然性がないだろうに。
 探りを含め、笑顔の看護師、いや、エルゴマンサーを見やる。
「ちなみになんですけどー、どうやって私の正体見破りましたー?」
「体重移動の不自然さに加えて足音のズレだ。中に重量物が収まっていて、外殻との間に隙間があるからだろう」
 LUCKは淡々と告げ、エルゴマンサーへ「今度はこちらが訊く。何用だ?」。
「あらあら無愛想ー」
 むほほ。体を弾ませるようにして笑った看護師の体が服ごとぼろぼろ崩れ落ち、内より豊麗たる肢体持つ女が顕われた。ただしその身は肉ならぬ黒石でしつらえられている。
「仏頂面では欲しいものをも見逃そうぞ」
 言いながら、ゆるやかに波打つ黒髪を黒い指先で梳く。すべてが石であるはずなのにやわらかげで、艶めかしい。
「……初めて見たはずのおまえに違和感を感じる。そうではなかったはずだという疑問と、そうあってほしくないという身勝手。おまえはもしかして俺を知っているか」
 なぜ俺はこのエルゴマンサーを警戒せず、話に興じている? 俺が元いた場所がナイトメアの巣窟であったはずはない。だから、このエルゴマンサーと面識があるはずもない。
 そう、わかっているのだ。
 見覚えすらないエルゴマンサーと自分の間に、なんらかの縁が糸のごとくに結ばれているなど。
 しかし、わからないのだ。
 縁を糸に例えるような詩心をLUCKは持ち合わせていない。なのに気づけば唄いあげている。……俺が俺の記憶を取り戻せたとき、俺は悶死なり憤死なりせずに済むのか?
「いちいち思い悩む性も忘れ果てるがよかろうに、過ぎた生真面目は発想なり機転なりを潰そうぞ」
 LUCKの思考のかなり細部までを見透かしたらしいエルゴマンサーが肩をすくめ。
「心せよ。事象も事情も、汝(なれ)が思うより単純なものだ」
 吸い口の長いハッカパイプを口の端にくわえ、内に詰めた生ハッカの清涼な辛みを吸い込んだ。
 その様がLUCKの視界をショートさせる。パイプ。煙。酒杯。夜。とりとめないフラッシュバックに目を眩ませた彼はぐらりと傾き、倒れ込んで――
「此れぞ生真面目の末路よな」
 LUCKを片手ひとつで掬い上げ、ベッドへ座らせるエルゴマンサー。その手からはハッカのにおいがして、石のはずがやわらかい。
 ここでLUCKはようやく気づいた。俺は、見ただけの相手が石でできていることをなぜ知っている? ……俺はなぜ、それを忘れ果てた!?
 胸中で苛立ちをぶちまけて、我に返った。
 いや待て。俺は今、記憶を取り戻せるかもしれないきっかけを掴んだはずだな? それがなぜ、忘れた自分への怒りにすり替わる!
 決まっている。LUCKが記憶を取り戻したい理由がそこにあるからだ。これほど大切なものを手放すなど、俺はどの面を下げておまえに……おまえと……おまえを……ああ、せめておまえのことを欠片ほどでも思い出せたなら、俺は俺が欲しい俺を取り戻せるはずなのに。
 懊悩の淵へ落ち行こうとする自分を押し止め、LUCKは顔を上げた。
「俺は、おまえを忘れたのではないかと思う。もしそうなのであればかけがえのない――味方ではないはずだから、宿敵だったんだろう」
 表情を変えずにハッカパイプを吸うエルゴマンサーへ、彼はさらに言い募る。
「しかし、それを訊いたところで答があるとも思えん。いや、結局は俺自身が答えてほしくないだけなんだ。すべてが明かされたところでうなずくよりないし、それでは俺のこの悔しさの原因を答合わせできないままになってしまう」
 一度言葉を切り、心を整えた。
 言葉選びをわずかにでもまちがえれば終わりだ。下手をすれば人類への裏切りを演じることになる。体のほぼすべてが機械とはいえ、その一点だけは守り抜かなければ。
「答の代わりに名前を教えてくれ。……おまえはこの場で俺をどうする気もないんだろう。ならばまたまみえる機会があるということだ。そのときになんと呼べばいいかを知らないのは、わざわざ見舞いに来てくれたおまえに失礼だ」
 それにしても。俺はいつからこれほどべらべらとしゃべるようになった? 不思議だな。こいつには、なんとしても伝えなければという気になる。
 対してエルゴマンサーはくわえていたハッカパイプをしまい込み、くつくつ喉を鳴らしてみせた。すると。
 エルゴマンサーの肢体を形作る黒が流れ落ちる。失せた黒の奥より顕われたものは、純然たる黄金だ。
「幾度か汝の内へ張った黄金糸通じて語りかけた。そうせねば汝は誓いを破りて死したであろうがよ」
 そうか、俺に巡らされた神経は、このエルゴマンサーが造ったのか。この世界に来たばかりで途方に暮れていた俺を導いたのも――
 察したものの重大さに打たれたLUCKの眉間へ、伸べた指先を押しつけるエルゴマンサー。パヂパヂ鳴るこの不快な音は雷か。
「知れた途端に記憶を奪われるのは納得がいかん」
「まだまみえるときにあらぬ。今は忘れ去るがよい」
 エルゴマンサーは笑みを傾げ、告げる。
「イツトラコリウキ=イシュキミリ。石と寒気の神の名を騙る妾を、な」
「忘れろ? 断る。俺は全力で抗うぞ」
 頑なに言い返すLUCKへまた笑んでみせ、イシュキミリ(lz0104)は指先に灯した雷の圧を高めた。
「見舞いに来やったは真(まこと)よ」
 なに? 全力で固めたLUCKの心が、虚を突かれてするりと解け。
 ぱぢん。雷に揺すられた無防備な脳はあっさり、記憶と意識を手放した。
「今は眠れ、縁の糸結びし者よ」
 果たしてイシュキミリはその場に砕け散り、跡形もなくかき消える。
 今はただ、数ヶ月の先に演じられる出遭いの種ばかりを残して。


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グロリアスドライヴ
2020年05月29日

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