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『もちの縁』
LUCKla3613)&アルマla3522

 右腕を失った戦場で、右腕を得た。戦いの後に丸1日、検査入院の名目で拘束されて調べられ、問題なしと診断された途端に放り出された。
 扱いこそ酷かったが、病院のベッドは悪くなかった。いつになくよく眠れた感がある。
 LUCK(la3613)は胸の内でつぶやき、そして気づいた。道行く人々のいくらかが、ちらちらとこちらを窺っていることに。
 まあ、見られるだろうな。苦笑を噛み殺す。
 緑のバイザーで目を覆っていて、その上タイトな黒革のシャツで体を覆っているのだ。つい見てしまうのは人情というものだろう。
 ライセンサーとは己の命をチップに勝負へ挑むギャンブラーだ。生き延びるがため、今よりも強い装備を求めるのは必然。そしてついつい酷い格好となる。
 これでも相当ましな部類なんだがな。
 ため息をつき、任務と任務の合間に自分を置いておくだけの自室へ帰り着いて――
「部屋にぬいぐるみを置いたつもりはないが」
 部屋の隅に「笑顔がキュートなぬいぐるみですー」といった顔で体育座りしていた“もち”をつまみあげた。
「……ばれましたですー!?」
 宙づりにされたまま、じたじたもだもだ。
「丸わかりだろうが」
「ふいんきで! ちがうです、ふんいきでいけるかなっておもったです!」
 調度らしい調度などひとつも置かれていない、ミニマリズムの極地さながらな部屋でなければ押し通せたかもしれない。もっとも、男の独居にぬいぐるみが紛れ込める場所など、ゴミか洗濯物の山ぐらいだろうが。
「見たような気がしないでもない顔だが、どうにも一致するデータを引き出せない。不法侵入者は警察に」
 LUCKの淡々とした言葉をわーっと遮り、“もち”はさらに激しくじたもだしつつ。
「アルケミストはこっかけんりょくとちょっとなかわるいですので! ここはひとつおんびんによろしくおねがいしますですー!!」
「……冗談だ。姿形を変える能力を持ち合わせているのか。だとすれば、おまえはヴァルキュリアか、技師?」
 やっと解放された“もち”はわたわた衣装を引っぱって整え、立てた人差し指をぷりぷり振ってみせた。
「ほうろうしゃですー。あ、ごあいさつおくれましたです。アルマともうしますですー」
 ぺこーっと頭を下げ、ぱぁーっと笑うアルマ(la3522)。
 彼こそは、先の戦場でLUCKに自らの右腕を与えた青年技師の成れの果て(?)だった……などと言われたところでだ。先に見たアルマはLUCKより長身の、いっそ麗人と呼びたくなるほどの美男子だった。断じて全長80センチの“もち”ではない。
 だからこそLUCKは「そうか」、ただひと言で片づける。
「わふぅ!? よそーがいですっ!?」
 もっと詰め寄られたり問い質されたり吊し上げられたりするものと思っていたのに、あっさり受け容れられて逆に焦るアルマだったが。
「疑う時間が惜しい。それに俺の腕を見に来てくれたんだろう? 心遣い、ありがたく受け取らせてもらう」
 薄笑みと共にLUCKが告げれば、アルマは大きな両目を半ば閉ざし、口だけをぱくぱく。
「……なにか言いたいことがあるのか?」
「ありますけど、ないです」
 思わせぶりなことを言うアルマにもう一度「そうか」と返し、LUCKは視線を外す。こうしたときには見ないふり、聞かないふりをしておくべきだ。相手が男であっても、つい気にかけてしまう女ならばなおさらに――女? 気になるような女、まるで思い当たらんが。俺はいったい誰を想定している?


「わふぅ、せじゅつをはじめますですー」
 ほぼ唯一の調度品であるベッドを部屋の中央部に引き出し、その上へLUCKを横たわらせて後、アルマは厳かに告げた。
「んー。みぎうでのせいでバランスわるくなってるです。こんなみじかいじかんであちこちひずんじゃってますです」
 LUCKに繋いだ謎計器をふむーとにらみつけ、機能がまるで推測できない謎工具を忙しく使いながら説明する。声音と内容が噛み合っていないのはさておいて、やはり新しくつけられた右腕の性能が突出しているせいで、あちらこちらへ無理がきているようだ。
「俺の有り様に馴染むいいボディなんだ。なんとか調整できないか?」
 平らかなLUCKの要請に、アルマは半拍の間を置いて応えた。
「あとづけのみぎうでだけ、だうんぐれーどするです。そしたらびちょうせいだけですむですよ」
 悪くない提案だ。高性能化は当然、義体の戦闘力を引き上げるわけだが、それはあくまでも数値上の話である。それを使う者の性や戦術と噛み合わなければ逆に弱体化を招く。不思議なものだが、型落ちの得物が最新商品よりも高い戦果をもたらすことはめずらしくない。
 だがしかし。
「ボディの有り様を変えず、おまえのくれた右腕に合わせてアップグレードできるか? 俺も大概なことを言っている自覚はあるんだが」
 そう言いながらも、可能であることは確信していた。
 アルマがくれた右腕はこのボディより高性能なばかりでなく、同じほどLUCKの有り様に馴染んでいる。違和感はあくまで両者の性能差のせいだ。
「この先に待っているんだろう激戦を生き延びるためには、今まで以上に俺の意志を汲んで動いてくれる体が必要だ」
 重ねて言うLUCKへアルマは真剣な顔を向け。
「ぼくがおからだにいろいろしてもだいじょーぶです? しんよーできますですか?」
 もっともな問いだ。サイボーグであれ生身であれ、他人へ体を預けるにはそれをできるだけの信用が要る。しかも相手は医師ならず、LUCKの体構造を識らない技師なのだ。そんな相手に会ってわずか2度め。命を収めた体を預けられるか。
「初めて会った俺に、おまえは自分の右腕をためらうことなく与えてくれた。理由を問うような野暮はせんが、その心を俺は信じ、頼る。――こう言うと安くなるが、本心だ」
 アルマは見開いていた目をあわててしばたたいた。喉元まで迫り上がった言ってはならぬことを飲み下し。脳裏で爆ぜかけた思ってはならぬことを抑えこんで、心を整えて。
「おまかせですーっ!!」
 ふっす! 鼻息を噴いてぽん、胸を打った。
「んきゅ、ぼくがぜんりょくでラクニィをさいてきかするです! しばらくおじかんいただくですけど、おしゃべりはごじゆうにです。あ、しんけいさん、みぎうでからいくですよ?」
 と、LUCKの右腕の内で神経が巻き取られ、感覚が失せた。もちろん神経を失おうとも機械の力で動くは動くが、ただそれだけだ。
 LUCKの意思によらず、自ら伸縮して義体を生身同然と化す純金の神経。あいかわらず謎である。アルマの呼びかけで引っ込むとは、もしかして異世界の生命体かなにか――
「――おまえ、俺の神経系のことを知っているのか!?」
 跳ね起きようとしたLUCKだが、力が入らなかった。アルマにより、四肢の接続はすでにカットされていたのだ。もちのくせに、その仕事は正確で鋭い。
「わふわふ、しらないですー。ただラクニィ、ちょっとかわったおからだしてるですからねー」
 すひーすひー。早口でまくしたてながら吹こうとした口笛は音にならず。見事なまでの動揺っぷりである。
 真相はともあれ、ここで訊きほじったところで得られるものはなさそうだ。LUCKは「なら、いい」と言葉を切った。
 時が来れば知れるだろうしな。そう思うよりない。

 LUCKの関節部のアクチュエーターをひとつずつ交換し、元からの人造筋繊維と繋ぎなおしてテスト。結果を踏まえていくつかの部品を足し引きして、またテスト。実に見事な手際である。
「変わった体を相手にしている割に手慣れた作業ぶりだな。どこでそこまでの技術を学んだ?」
 ふと投げられたLUCKの疑問に、アルマは遠くを指差して。
「ずぅーっとあっちです。すごくいっぱいがんばったですよ。だからこそです、ぎじゅつとちしきもだいじですけど、ふぃーりんぐはもっとだいじだなって」
 聞き捨てならないワードを力いっぱい言い切られ、LUCKはさすがに問いを返す。
「……待て。まさか俺の体も今」
「わっふ! ふぃーりんぐです!」
 フィーリングはつまり適当ということだろう。俺はそれでも信じて頼るしかないのか。途方に暮れたLUCKだったが、2秒と少しでさっぱりあきらめた。技師に必要なものは理屈ならず、技術だ。どうこう言いつつ計測やテストも疎かにしてはいないし、主義主張くらいは目を瞑ってやる。
 それに理由こそ不明だが、アルマのフィーリングとやらは、やけにLUCKの心に染み入ってくる。果たしてもたらされるものはあたたかさ、明るさ、やわらかさ――ほのかに彩づいた、いくつもの空白だ。
 この空白、俺の知らんなにかが詰まっていたように思えてならない。いつかの昔、いつかの今、いつかの先、どこかで俺は、もちなのか犬なのか知れんこいつと会っているのかもしれんな。
「ラクニィのぎたいとぼくのみぎうで、せだいでいったらろくせだいのさがあるです。でも、じんぞーきんにくのせいのうにおおきなさはないですから、あくちゅえーたーのこうかんとちょうせいでぜんたいばらんすのようすみするですよ」
「今ひとつ内容が入ってきづらいが、アクチュエーターの交換調整で全体的なバランスを整え、その後は様子を見る、でいいんだな?」
「わふ!」
 うれしげにうなずくアルマ。見た目はただのゆるキャラながら、すでにおおよその作業は終了し、“開いた”LUCKの体を“閉じ”始めていた。
「しんけいさん、とじたとこからよろしくですー」
 そしてアルマの要請を受けた神経は、作業の邪魔をせぬよう中枢神経系の周囲に押し詰めていた“糸”を伸べ、LUCKの空(から)を満たしゆく。
 まったくとんでもない有様だ。出会ったばかりの怪しい技師が手がけた器と、誰のものかも知れない糸で結びつけられ、俺は俺になる。それがまるで悪くない気分なのは、いったいどうしたものなんだろうな。


「わふぅ。ラクニィばーじょんぜろつー、ばくたんです!」
 もっちり胸を張るアルマはさておき、LUCKは自分の動作をチェックした。アクチュエーターの換装と出力コントロールの効率化により、右腕から及ぼされていた負荷は解消、以前よりも高い出力値で安定している。
「これなら今まで以上に戦える。……それでだ、対価についてなんだが」
「わふっ! おかねはいらないです!」
 脚へまとわりついてくるアルマを辟易と見下ろし、LUCKは当然の問いを口にした。
「なら、なにが欲しい?」
「だっこです! だっこをしょもーするです!!」
 だっこ?
 それが「抱っこ」で合っているなら、あれだ。主に成人が幼児を両手で抱え上げる行為。
「ひとつ確認するが、実はおまえ、俺の息子かなにかか?」
「としのはなれたおとうととかおもってくださいです!」
 まあ、この見かけなら無理矢理思い込めないこともないか。やれやれとかがみ込み、アルマを抱え上げて――余談だが、アクチュエーターの駆動音がしなかったことに驚いた――立ち上がった。
「……」
「……」
 ただただ棒立ちのLUCK。彼にインプットされた抱っこはあくまで知識上のものなので、ここからどうすべきかがわからなかったのだ。少なくとも、今現在は。
 ぬー。アルマはもちもちの頬をぷぅと膨らませて。
「ラクニィ、もっとアルマはかしこいなーってよしよしゆすったり、アルマはかわいいなーってたかいたかいしたりするですよ?」
「賢(さか)しさは認めるが、別に血の繋がりがあるわけでなし、情愛はない。というか、いいかげんに“ラクニィ”とかいう珍妙な呼びかたを止めろもち犬」
 にゅうううう。それはもうよく伸びる頬を引っぱられ、アルマは必死でLUCKの腕をタップする。
「あっそれいじょうはぼくのほっぺちぎれちゃうでふぅ」
「おまえは本当に生身か? この伸び具合、埒外だぞ」
 おののくLUCKの手を抜け、無事着床したアルマはぴゅーっと部屋から逃げ出して、一度戻ってきて。
「わふわふ、またちかいうちにです!」
 今度こそ去って行ったアルマに苦笑を送り、LUCKは思う。
 あいつと俺には縁があるということか。
 それにしても、縁か。俺はずいぶん拘っているようだが、いったいどうしてなんだろうな。
 と、今は考え込むより、この体へ完全に馴染むためにも戦場へ行くときだ。
 馴染むため“にも”? それ以外の理由があるのか、俺には――


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2020年05月29日

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