▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『敵方』
LUCKla3613

 体機能向上訓練、EXIS習熟訓練、戦術訓練、連携訓練、サバイバル訓練――シミュレーターとトレーニングジム、自習室を巡ってひと通りをこなしたLUCK(la3613)は今、とある喫茶店の一席でコーヒーを味わっていた。
 元々、飲食物に拘る心は持ち合わせていない。が、思いがけず縁を深めることとなった友と過ごす中、味わうということにそれなりの楽しみを見出した。少なくとも、うまいとまずいの間には、けして越えられない溝があるのだと察したのだ。そして。
 ベロニカというペルー産の豆で淹れたコーヒーは、「うまい」の側にある。
 問題は、俺の心情点がどれほど加算されているものかなんだが。
 思いつつ、バイザーに隠した両眼を半ば引き下ろすLUCK。かくて味覚へと意識を集中させれば、酸味のないまろやかさが舌を潤し、喉を滑り落ちていった。
 ああ、うまい。
 しかし、好きでもなかったものを好きになり、楽しむようになるとはな。俺はあれか。実はス――
「もしかしてなんだけど、あんたあたしのことストーキングしてる?」
 唐突に彼の向かいへ座した女がげんなりと顔をしかめ、言い放つ。
 褐色の肌とゆるやかに波打つ黒髪。さまざまな人種の血が入り交じっているのだろう、強い特徴のない、しかし線の鮮やかな相貌。
「自覚しかけたところで先に言われた。だから俺はまだ自覚できていない。後ろめたさを感じることもなく、胸を張って言い返せるわけだ」
 LUCKはそんな女の表情をゆっくりとながめやりつつ薄笑みを浮かべ。
「ストーカー扱いは実に心外だな」
 大げさに肩をすくめた女はLUCKを無視、店主へコーヒーを注文した。銘柄はもちろん、ベロニカだ。
「いっつも思うけど、あんたマジメってよか子どもっぽいのよねぇ。拘り強すぎって感じ」
 イシュキミリ(lz0104)。異世界からの侵略者であり、人類の仇敵であるナイトメアの上位体、エルゴマンサー。しかしその有り様はどうにもナイトメアらしからず、LUCK自身が奇妙な縁を感じていることもあり……ひとりで過ごす休日にはたまたま時折イシュキミリが現われる喫茶店へ赴き、偶然にもコーヒーを楽しむのだ。
「子どもじみているか? 俺には記憶がないから、照らし合わせることもできんが」
「あたしだってあんたのちっさいころとか知んないし。ま、見た感じマジメだったのかなって。そういうのに限ってなんかにハマるとやばいのよねー」
 応えたイシュキミリはチャーチワーデン――吸い口の長いパイプ――へ詰めた煙草へ火を点ける。今日の煙草にはトロピカルフルーツの香りがつけられているようだ。
「おまえの煙草はいつも甘いにおいがするな。煙草をやらん俺も、これなら悪くないと思える」
「ラタキアとかペリクとか、くっさいのもあるけどね。そういうのはひとりでやるのがマナーでしょ」
 かくてイシュキミリは甘い煙を味わい、コーヒーを味わう。その体は鉱物で造られた依代でしかないのだが、彼女が心からそれらを楽しんでいることをLUCKは疑わない。
「今日の体、なにで造った?」
「砂。色がつけやすくて人を真似るには便利だけど、比重が軽いのはダメだわ。しゃべりも思考も軽くなんのよねー」
 依代に使用した鉱石の比重によって彼女の口調が変わることは知っていたが、思考にも影響が出るのか。LUCKは心へ書き留めると共に、イシュキミリを制した。
「その情報を敵である俺へ漏らすのは軽率に過ぎる。もっと自分を大事にしろ」
 言ってしまった1秒後にぐっと詰まり、自身が発した言葉を半数してしまった3秒後に激しくむせた。
 おまえは一群を統率する将だろう、立場を考えて弁えろ。
 砂の体がコーヒーの水分で崩れたら困るだろう、少しは気をつけろ。
 言いたかったふたつが、これ以上イシュキミリが機密を漏らしたり迂闊を演じたりする前に言わなければという焦りで混ざったあげく、ああなった。
 迂闊を演じて困ったのは、俺だ……。
「あんたは言った後で後悔しなくていい生きかた、心がけるべきよね?」
「まったくだな。本当に、心から、そう思う」
 それはもう苦い顔のLUCKへイシュキミリの手が伸びて、あやすように頭をぽんぽん、軽く叩いた。
「素直は男の美徳よね。かわいいかわいい」
 黄金のイシュキミリならばけしてこのようなことはすまい。同じことを思っていたとしても、淡い苦笑に乗せたやわらかな揶揄を返してくる程度で。
 黄金がおまえの真の姿だとはわかっているんだが、この依代もまあ、悪くはないな。
「……あんた、自分で思ってるよりかーなーり、単純だからね?」
 あっさり思考を見透かされた。
 しかしLUCKは悪びれず、「素直を言い換えれば単純になる。それだけのことだ」。
「すぐ開きなおるの男の悪徳よね。かわいくなーい」
 げー、舌を出すイシュキミリに、思わず笑んでしまうLUCKだった。

「そういえば、イシュキミリはアステカの神の名だったな。メキシコのコーヒーは飲まんのか」
 ペルー同様、メキシコにもコーヒー栽培に適した高地があり、手摘みを売りにした良質な豆が市場へ送られている。その中でもっとも人気の高い豆が「メルセデス」であり、この店でも味わうことができるのだが……果たしてイシュキミリの返答は。
「三つ子の魂じゃないけど、最初の有り様ってのは棄てらんないもんよ。あたしの場合はインカ」
 ベロニカはペルー産。そしてペルーはインカ文明の中心地だ。イシュキミリは自身のルーツを実感したいがため、インカの味を求めているということだ。
「よすがというわけか。俺のタグと同じだな」
 LUCKは胸に下げたドッグタグを指で弾く。「LUCK」のひと言が刻まれただけの、しかしただひとつ、彼が故郷から持ち出すことのできた物。
「今もこのタグに刻まれたLUCKの意味はわからんままだが――それでも俺は、この言葉があればこそ今まで生き延びてきた。幸いに、生きる。かつての俺が思い定めたものか、それとも誰かに言われて約束したものか、それだけでも思い出せたらいいんだが」
 LUCKの沈む声音を「そんなのどうでもいいでしょ」のひと言で吹き飛ばし、イシュキミリは右手の人差し指と中指を立てた。
「とりあえず今生きてるから、それはいいわよね」
 と、中指を折って。
「あとは幸せかどうかだけど、どう?」
「悪くはない」
 彼女の人差し指へ手をかぶせてそっと折らせ、LUCKは笑んだ。
「居場所があり、友がいる。……縁の糸で繋がれた敵も」
 ただの敵ではない、しかし味方ではありえないエルゴマンサー。LUCKは思うのだ。そんな相手を言い表すなら「敵方(あいかた)」がふさわしいだろう。
 そして、聞き終えたイシュキミリは「ならいいわ」、立ち上がる。
「また会えるか?」
 背へ投げかけられたLUCKの言葉へ、イシュキミリは背中越しに返した。
「あんたが待ち伏せしてたらそりゃあね」
 俺がしていることはアンブッシュ。つまりストーカーではないんだな。ひとり納得したLUCKは、去りゆくイシュキミリへもうひと言。
「なら、待つさ」
 なんて単純明快な答だろうか。素直は男の美徳だそうだし、それを全力で発揮してみせたのだから、イシュキミリもさぞや感じ入ったことだろう。
 詮無いことを思いながら、LUCKはゆっくりと“それ”を噛み締めた。


おまかせノベル -
電気石八生 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年06月01日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.