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『RE peat beat heat feat ……』
ケイka4032

 思えば。
 随分と遠くに来たものだ。

「この私がそんなことを考えるようになるなんてね」
 浸るなんて、そんな時間は秒にも満たないだろう。
 口をついて出た言葉は呆れた響きを帯びて、ほんの少しばかり浮かんだだけの馬鹿げた思考を塗りつぶす。
 そう、馬鹿げている。
(感傷? そんな大層なものじゃないわね)
 いためるような心を持ち合わせているつもりはない。
 そんな弱っちい心ならばこの瞬間を生きてはいない。
 だからって強い自信があるわけではないのだけれど。
 ただ己の心の赴くままに生きている自負はヒト数倍。
 倍率の基準はケイ(ka40321)が実際に生き永らえた年月と、己の外見に見合うヒトの年齢を比較して、適当に概算しただけのものだけれど。
「ずっとごろ寝していたわけでもないし」
 それがどんな理由だろうと、歩き続けた結果、全てを一本道に伸ばせたとしたら。
 今居るこの場所は確かに物理的に遠い。
 かつてと同じ顔を見る機会だってない。
 そもそも、ケイは人の多い場所は得意ではないのだけれど。

 カラリ。
 グラスの中の氷が乾いた音を響かせる。

「なんだ、もう空になっちゃった」
 熱くしてくれる酒はいい。
 度数が高ければ高い程その強さに惹かれている……のだと、思う。
 真実酔えているのかは、実際のところよくわからない。
 ただ日に焼かれたことのない己の肌が多少は赤くなるのだから、それなりに影響はあるはずだ。
 どれだけ飲んでも、記憶を失うようなことはそうなかった。
 試してみたことはあるけれど、酷い飲み方を、無茶に重ねるくらいではないと変化を感じることはなかった。
 酒場の主に止められても重ねた杯の数は途中で数えるのを止めたので、本当の酒量限界はケイも把握していない。
 結局、酒は味覚を喜ばせて、軽い酩酊感を楽しむものになった。
 今日もその一環で、いつもの席を占有している。

 ことり。
 ひとりがけのテーブルに影が落ちる。

「注文前だけど?」
 新たに差し出されたグラスはフルーツの飾られたカクテル。運んで来た相手に軽く聞けば目配せが返された。
(面倒ね)
 思いはするが適当な笑みを浮かべておく。
 これはあくまでも店員に向けた労いだ、行きずりの縁なんて求めてはいない。
 御しやすいと思われているのか、すぐに酔うと思われているのか、今日の相手はどんな輩か。
 視線を重ねないままに、適当に想像を働かせて……それも全て意味はないと思いなおした。

 傾ける。
 冷えていようと熱さが喉を通り抜ける。

「……ふ、この程度で落ちるとでも」
 息継ぎなく飲み干すグラスの中身は、甘い見た目に大きく反してきついもの。所謂お持ち帰りの常套手段に小さく唇が緩む。
 頬に熱がこもるのは感じるけれど、それだけ。
 まだ近くに居る店員に視線を向けて、もう少しばかり深めた笑みを向ければ、頷かれた。
(自信があったのでしょう?)
 行きつけは何軒もあり、ここはそのうちのひとつだ。だからケイの酒量を一部とはいえ知っている筈なのだ。
 似たようなことはこれまでに幾度もあって、対応も慣れている。

 ことり。
 視界の外れから聞き覚えのある音がした。

(楽しむものでしょうに)
 酒は楽しみへの手段ではなくて、そのものが娯楽だ。
 それを体現するように飲み歩く知人を思い浮かべて、ケイは今度こそ己の求める酒を注文する。
 きまぐれに選んだつもりでも、やはり顔がチラついたのは否めない。
 グラスに満ちるのは、関する名前の通りにどこまでも広がる熱帯の海原。
 聞けば、その知人がかつて求めていた酒を使うらしく。
「こんなに鮮やかじゃない奴だけどね」
 淡い照明に照らしてもなお明るさをもたらす、その色がどこか眩しい。
 確かめるように口に含む。先のグラスの粗雑な扱いに比べればずっとやさしく見える仕草だ。
 見た目通り軽いアルコールに酔いの波は来ないけれど、苦みのある柑橘がゆるりと喉をすべる。
 ビール程爽快な喉腰ではないけれど、嫌いではない。
『楽しく呑めるのが一番』
 そんな主張だっただろうか。
 一人で店の開拓に出かけては、適当に他の酔客と戯れるコミュニケーションスキルは興味深かった。
 実際ケイもそれに幾度かつき合わされた口だ。
 絡み酒なのか、娯楽のための意図的なものか、結局見極めはつかなかったけれど。
 さっさと片付けた杯の贈り主に比べたら、不思議と不快感はなかった。

 ガタリ。
 思い立ったらすぐに動くべきだろう。

 それまでに比べたらゆっくりと開けたグラスには、小さくなった氷が数粒。
 立ち上がるケイに気付いた店員がマイクの位置を変える。
 ホールを見渡し、面倒な客が立ち上がれないところまで把握したらしい。高さを合わせ、視線の重ならない程度の角度に落ち着いた。
 だからケイは見たいとも思わない、聴客ではない者の顔を見ることはない。
 溜めこんだ熱を放ちたくなっただけ。
(煩わしいと思うのは変わらないわよ)
 ゆっくりと歩く。足取りに迷いはないけれど、無駄に力むような生き方は望んでいない。
 緊張は要らない。これは仕事でもなんでもない気紛れのステージで、ただ発散するだけ。

 吸って。
 見回すのは店内ではなく己の視界。

 ♪〜
 言葉だけで終わりにしないで
 確かめて空の向こう知らない場所へ
 立ち止まったままの狭い世界だけで
 満足しているなんて勿体ない

 見ただけで満足しないで
 見つけ出して心ふるえる切欠の場所を
 眺めて受け止めるだけじゃ終わらない
 飛びこんで捕まえる勢いのまま

 触れるもの全てに手を伸ばして
 恐れてばかりでは届かない場所に
 危険のなかにある特別に出会ったら
 鮮やかな世界がきっと待ってる

 風が歌う 空が笑う
 土が赦し 水が流す
 陽が昇り 星が描く
 世界は愛すべきものに溢れてる

 好きなものをかきあつめて
 少しずつ積み上げて大切な場所を
 歩み続けた世界を振り返ったら
 できているのは素晴らしい道筋
 〜♪

 カツン。
 ブーツの音だけが響く中をドアへと向かう。

 場数を重ねたことで自然と仕上げられた歌声が、どんな評価を受けているのか、本当のところをケイは知らない。
 ただチップがわりにはなるらしい。いつも通りに音もなく酒代はカウンターに置いて、誰に呼び止められることもなく店を出る。
(皮肉たっぷりだというのにね)
 心の底から信じているわけではないことを、ケイはそうと知らせぬ顔で歌い続けている。
 ただほんの幼い頃の縁を理由にしているけれど、そこに今も感謝があるのか。その自問は無駄だと知っている。
 生活感の溢れる場所は苦手だ。
 素直に感情を示すこともしたいと思えず。
 人の熱が向けられるなんて鳥肌が立ちそうで。
 ただ生き永らえることに都合よく働くから……もうきっと、ただの建前だ。
 酒で僅かにかすれた声は甘さを足すらしい。
 ゆるい笑みを常に当たり前にできるのだから、声に愛に似せたものを重ねることも簡単だった。
(あなたの願いごとは)
 こういうことではなかったのだとは、知っている。
 わかっていて続けている。

 バタン。
 扉が閉まれば喧騒と切り離される。

「……狭くて十分なんだけどねえ」
 願いと言う建前の柵で呪いだと思うこともあったけれど、結局は楽しんで生きている。
 だから遠いなんてきっと、気紛れが見せたまやかしなのだろう。
 自分の歩んできた道は、同じ場所を何度も繰り返し廻っている。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

【ケイ/女/22歳/疾影撃士/皮肉を肴に終わりまで】
おまかせノベル -
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2020年06月01日

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