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『Ex.snapshot 008 石神・アリス』
石神・アリス7348

 放課後の神聖都学園、美術部室に制服姿の少女が一人居る。姫カットにしている豊かな長い黒髪を背に流した、一見、大人しそうかつ控えめそうな少女である。
 けぶる様に鈍く光るその金色の瞳は何処か底が知れない。更には瞳と同じ色の蛇を象った、意味ありげなペンダントまで装っている。

 石神アリス(7348)15歳。

 彼女は美術部の部長である。
 今、彼女はイーゼルに――キャンバスに向かって絵筆を走らせている所。何をしているのかと言えば、単に部活の時間を利用して授業課題を進めているだけだったりする。……彼女が本格的に“自分の趣味”として美術に向き合うなら、絵画では無く造形美術になるのが本筋だ。
 但しその“趣味”の場合だと、“作り方”について大っぴらには言えない。

 ――その身に具え持っている魔眼を駆使し、対象を自在に石化させ『石像』を作るのが彼女の遣り方である。

 勿論、部活動として“それ”をする訳には行かないし、するつもりも無い。
 ここではあくまでも“普通”に造形美術を嗜んでいる様に振舞っている。
 裏側を――秘密を曝す様な真似は絶対にしない。
 気付かれてもならない。

 このわたくしの、本当の“貌”は。

 ……今はそんな訳で、美術部員にして学生らしく、極々普通に絵を描いている訳である。



 とは言え。

 実は今アリスはこの場所に一人きりで居る訳でも無かったりする。
 幾分離れた位置、アリス同様の事をしている女子学生がこれまた一人居た。転入生にして新入部員、転入初日にアリスがさりげなく声を掛け、それを受ける形であっさりと入部した彼女。
 そちらの彼女もまた、授業の課題として出された絵を今ここで描いている訳だ。

 アリスが一番初めにこの彼女に声を掛けたのは――勿論、理由があったから。
 ……可愛い、と思ったのだ。
 だから、試しに誘いを掛けた。近付く為に。
 そうしたら、彼女の方でも転校してきたばかりで心細かったのかあっさりと釣れ、美術部に入部させる事も出来た。転入し立ての慣れない日々の生活の中、何か困った事があればまずアリスに相談する様にもなり――彼女からの信頼を得る道は順調に進んだ。そもそも、中々終わらない授業課題を進めるのに部活の時間と場所をこっそり利用する事を提案したのもアリスである。
 そして今のこの、真っ当な優等生にしてみれば幾分後ろめたさを感じるだろう、他愛無いながらも共犯者的な状況にまで持ち込めたとなれば。

 気持ちの方でもまた、近付ける。

■ 

「学校、少しは慣れましたか?」
「……あ、うん。石神さんのおかげだよ。今こうやってられるのも、凄く助かったし」
「なら何よりです。貴女みたいに可愛らしい人が困っているのを見るのは忍びないですからね」
「って石神さんの方が私なんかよりよっぽど可愛いと思うけど……そんな事言われたの初めてだから何か照れるな」
「おや、そうなんですか? わたくしから見れば貴女は充分可愛いのですけれどね……と。そろそろ、片付けて帰宅した方がいい時間ですか」
「あ、もうそんななんだ。楽しい時間って過ぎるのが本当に早いなぁ」
「楽しかったですか?」
「うん。楽しいよ。こうやって……一緒に居るって言うより離れた場所で好き勝手やってるのに、石神さんがここにちゃんと居るんだって思うと何かほっとする」
「ふふ。そう言って頂けるのは光栄ですね」



 一通りの片付けを終えてから、転入生とアリスは美術部室を出、帰途に就く。連れ立ってでは無く別々に――単純に家の方角が逆な為、名残惜しいながらも学校前で別れた訳だ。
 そのまま何事も無く二人共、今日が終わる、筈だった。

 帰途の中、転入生のすぐ傍らに黒塗りのリムジンが滑り込んで来るまでは。
 転入生は何事かと思い、足を止める。
 徐に開かれた後部座席扉の奥、座っていたのは――先程学校の前で別れた筈の、石神アリス。

「えっ……何で」
「さっきぶりですね。驚かせて申し訳ありません。はしたなくも我慢出来なくなってしまった物で」

 アリスははにかみつつそんな言い方をすると、乗ってくれませんか? と転入生に乞う。その姿を見た転入生は驚いた。彼女にしてみれば流石にアリスが“ここまでのお嬢様”だとは思っていなかったので。……彼女にしてみれば、こんな状況は“相手がお嬢様であるから”位しか理由が思い付かない。
 ともあれ、転入生は乞われた通りにあっさりリムジンに乗り込んでいる。恐らく、唐突過ぎるこの状況に流された……と言う事かもしれない。いきなりのリムジンに、転校この方色々面倒を見てくれた美術部部長さんからの誘い。ひょっとすると何か、これまで無縁だった世界に連れて行って貰えそうだと憧れ染みた期待も持ってしまったのかもしれない。

 ただ。

 それが致命的な失敗だと気が付くまでに、然程時間は掛からなかっただろう。
 いや、気付く間も無かった……と言う方が正しいか。
 乞われるままに乗り込んだリムジンが再び走り出した所で――転入生の彼女はカーウィンドウが全てスモークガラスになっている事に気付く。後部座席からは運転席側の様子も見えない。そこに、アリス一人だけが幾分紅潮した貌で座っている。
 何処か熱を帯びた金色のその眼差しは、ただ真っ直ぐに転入生の彼女を見据えていた。

「もう少しじっくり信用させてから、と思っていたんですが……貴女が可愛過ぎるのが悪いんですよ?」
「え?」

 可愛過ぎるのが悪い。貴女が――つまり、自分が? 転入生の彼女はアリスに言われた言葉に当惑する。何を言っているの? 問おうと口を開いた――開こうとした所で、たったそれだけの事が出来ない自分に気が付いた。
 口が動かない。……いや、口だけじゃない。座席に座ったそこから、ぴくりとも動けなくなっている。何これ何これ何これ。石神さん助けて――必死の思いでそう伝えようとするが、伝えられていない。ただ――アリスはそんな転入生の彼女の頬へと当たり前の様に指先を伸ばしている。何処か満足そうに。ほら、やっぱりこんなにも可愛らしいじゃないですか――愛おしそうにそう、囁き掛けている。いるが、それは――何処か決定的な違和感を含んだ言葉でもあり。そう、まるで愛蔵する“モノ”に対しての響きがその声には色濃く乗っていた。

「そろそろ意識も消える所でしょうかね。ふふ。素敵な石像に出来ました。これからずっと、貴女はわたくしのモノですからね」

 そう。転入生の彼女の造形がアリスにとって完全にストライク過ぎたのだ。じっくり信用させて、外からの干渉を切り分けて、頼る者をアリスだけにしてから“作る”、と言ういつもの手順も省略してしまいたい程に。幾分拙速だったかとは思うが、勿論、その辺りの不安要素も掻き消せるだけの工作も抜かりは無い。その為に用意したリムジンで、今の状況だ。
 他者から足取りが追えないよう幾つかの工作を経て、リムジンは向かうべき場所へと向かう。……わたくしの大事な大事なコレクションに、新しい“仲間”が増えた。後始末はいつも以上に気を遣わなければならないが、今日、アリスは転入生の少女とは学校前で別れており、それを見ていた証人も沢山居る――最低限の不在証明は作成済み。リムジンも数回擬装はしてあるし乗り換えてもいる。問題は無い。

 後は、誰にも邪魔されない私だけのアトリエで、目一杯鑑賞して愉しむだけ。

 ――絶対に、元には戻さない。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

 石神アリス様にはいつも御世話になっております。
 今回はおまかせノベルでの発注有難う御座いました。

 内容ですが……何となく、石神アリス様の日常はこんな事ありそうかなぁ、と言う初心に帰った様な、そうでもない様な流れにしてみました。
 の割に“黒さ”が足りない……気もしないでも無いのがどう判断頂けるか少し気懸かりなのですが、如何だったでしょうか。

 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いなのですが。
 そろそろ残り期間も少なくなってしまいましたが、またの機会が頂ける時がありましたら、その時は。

 深海残月 拝
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東京怪談
2020年06月03日

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